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松島・愛姫、五郎八姫墓参紀行



新年会出席のため、松島海岸まで出張してまいりました。


丁度、定休日前日と重なっていました。

もちろん、早めに松島入りして定宿である「絶景の館」さんに車と荷物を置いて、松島散策。

政宗を祀る瑞巌寺、愛姫の眠る陽徳院、五郎八姫墓所天隣院参詣です。






修復の終えた松島海岸にある五大堂付近はきれいに整備さて例ます。







瑞巌寺も、1月の平日とあってゆったりしています。








瑞巌寺の掲示板に「祥風 今年一年 清らかな風を 起こしましょう」とありました。


今年のテーマが決まりました。







宝物殿では、「達磨展 一華五葉を開く」が開催されていました。


この宝物殿には、三春町歴史民俗資料館で先春に開催されていた『陽徳院 愛姫』~439年ぶりに愛姫が帰ってきます~ の時に展示されていた陽徳院木像、そして「伝 田村殿愛用赤楽茶碗」が展示されています。





天正7年(1579)、三春城主田村清顕の娘愛姫は、12歳の時に三春田村家の存亡をかけて、米沢城主(当時)伊達輝宗の嫡男、後の仙台藩祖・伊達政宗の元へ嫁ぎました。

伊達家当主となった政宗は破竹の勢いで南奥羽を制覇しますが、時はすでに織田~豊臣と移り変わり、同18年(1590)、小田原の合戦後に豊臣秀吉の軍門に下り、奥羽仕置・田村仕置にて田村家は改易されます。





寛永13年(1636)に政宗が亡くなると、菩提を弔うため出家し、法名陽徳院として仏門に入り、承応2年(1653)に江戸で86歳で生涯を終えました。







こちらは、愛姫の娘で、西館殿とも呼ばれた五郎八姫(いろはひめ)・法名天麟院(てんりんいん) が眠る天麟院内の定照殿(じょうしょうでん)(御霊屋)
五郎八姫の御霊屋


天麟院は、伊達政宗の正室・愛姫(めごひめ)との間に生まれた娘・五郎八姫(いろはひめ)の菩提寺です。

瑞巌寺の並びにあります。

陽徳院、円通院と並んで松島の三霊廟に数えられています。


五郎八姫は、徳川家康の六男、松平忠輝の正室でした。

忠輝とは仲睦まじかったが子供は生まれなかったと言われています。

そして1616年、忠輝が改易されると離縁され、父の政宗のもとに戻り、以後は仙台で暮らします。

このとき、仙台城本丸西館に住んだことから、西館殿とも呼ばれていました。









本堂、境内は小さいですが横の参道から山に登ると霊廟の”定照”や樹齢300年以上の”はりもみ”の巨木や伊達一族供養塔がある”天燐院洞窟群”などがあります。








松平忠輝は、徳川家康の六男で越後高田六十万石の城主。

大阪夏の陣直後の元和元年(1605)、家康から勘当を申し渡されます。

翌年、幕府から高田藩も改易され、正室である五郎八姫(伊達政宗の長女)とも離別、飛騨高山から諏訪に流されます。

天和三年(1683)、諏訪大社のある諏訪にて九十三歳の生涯をここで閉じ、諏訪にある貞松院に葬られます。

尚、改易の理由は乱暴な振舞とも、大久保長安等と組んで天下取りを企てたとも伝えられています。









さて、瑞巌寺、陽徳院、天隣院を廻っていたらお腹がすいているのに気づきました。

お昼がまだだったんですね~。

新年会までは時間があります。






ここいらで朝自習といきますが・・・・


五大堂の袂にある「げんぞう」さんにて松島冬の味覚「牡蠣フライ」







そして、船乗り御用達・海の駅「松島玉手箱」にて、「焼き牡蠣」、そして「焼き蛤」








最高です!








夕暮れの松島湾で一献!といいたいところですが、厳冬の1月です。

そこは無理がりました。







宿に入って、絶景の松島湾を拝見!






夕暮れの松島







そして、日の出の松島







これが見たくて、ここ「絶景の館」を定宿にしているのかもしれません。







翌朝は、塩釜に用事がありましたので、塩釜神社まで足を延ばして新年参り。






なんと、境内の早咲きの四季桜が咲いていました。







この日は、スーツから普段着の作務衣に着替えて塩釜神社を散策していましたら観光で来日中の外国の方から声をかけられました。



作務衣という格好でいるせいでしょうか、観光地では必ず体験する光景です。



トイレはどこですか?


次の見どころは?・・・・


今回も「近くのパワースポットはどこですか?」というものでした。


昨夜の宴会でも、「宮城に着たら金運上昇、商売繁盛、財力向上を祈願して竹駒稲荷(現竹駒神社)と金蛇水神社に参拝して帰りなさい」と教わったので、そのことを教えてみました。








私も、帰り道ということもあり「竹駒神社」参拝に行ってみました。







ここでも、桜が咲いていました。







小野篁が創設という竹駒神社です。


初めての参拝となります。


竹駒神社は、京都府の伏見稲荷・茨城県の笠間稲荷と並び日本三稲荷の一つに数えられています。

大鳥居をくぐり石畳の参道を進むと江戸時代に建てられて随身門、それに続いて向唐門があり奥に本殿・拝殿があります。


向唐門に向って右には「竹駒の神のみやしろ もうできてほころびひそめし初桜みる」と彫られた土居晩翠の歌碑があります。









そして、幼き頃より身近なところで「竹駒講中」という名称を聞いていたのでなじみはあったんですが、訪れたことはありませんでした。







竹駒の駒・・・・・・・竹駒神社にある馬事資料館



これは三春駒に関する竹駒講中があってもおかしくはありませんね?


三春家畜セリ市場の目の前で商いをしていた祖父も「竹駒講中」として行っていたわけですね。



私も、改めて商売繁盛祈願と御礼をしてまいりました。






竹駒神社といえば真照時の法会で世話になっている須賀川白山寺住職松木和尚のご実家が、竹駒神社にほど近い真言宗寶窟山竹駒寺です。







これは参詣しなくては・・・

江戸時代までは竹駒神社の別当寺でした。

明治2年(1869年)の神仏分離政策で、竹駒神社に隣接する位置から現在の場所に移っています。









大きな会館も備えた大きなお寺さんです。








竹駒稲荷神社に参拝の折には、竹駒寺もお参りしたいものです。







そして、金蛇水神社



竹駒神社から車で5分くらいのところにあります。







商売繁盛、金運アップを祈願する方々でにぎわっていました。







金蛇水神社の社殿手前にある、金蛇水弁天様があります。

参拝のお客さんにこちらもお参りしないとご利益がないよ!と教えていただきました。


弁財天堂の横には、自然木のうろの中に白蛇がいるような切株が奉納されています。


この白蛇のご神木からは、開運幸福、金運上昇、商売繁盛のご利益を授かると言われています。

特に最近は金運のご利益で有名なようで、境内の脇にある蛇を彫った石に自分の財布を撫で付けて金運を祈る人もいました。



これで金運アップまちがいなしです!




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 05:19 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録 |