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三春物語117番 「庚申信仰」
神社やお寺の片隅や、道端に庚申と刻まれた古い石碑を見かけます。
これは、庚申信仰から来ています。
これは道教から発生したもので、道教では人間の体内に三尸(さんし)というものがおり、これが庚申の日(60日ごとに巡ってくる)、人間が寝ている間に、天の神にその人の行いを報告しにいく、と信じられていました。天の神はその報告をもとに、その人間の寿命を決めるわけです。
しかもこの三尸、その人の悪い行いを重点的に報告するらしいので、人間はなんとかして、報告に行かせない方法はないものかと知恵を絞りました。
そこで考えついたのが、庚申の日には寝なきゃよかんべ、でした。これを守庚申と言います。
それとは別に、薬や呪いで三尸を駆除する方法も考えられていました。
 日本にこの庚申信仰がいつ伝わったのかははっきりとはわかりませんが、円仁の入唐求法巡礼行記に夜,「人みな睡らず。本国正月庚中の夜と同じ」とあるところから、平安時代には守庚申の習わしがあったのだと思います。
その後15世紀後半、守庚申の手引きみたいなものが「庚申縁起」という形で僧侶によって編まれ、ここで仏教と結びつくことになります。仏教と結びつくと、偶像が作られるのは自然の流れ、「青面金剛(しょうめんこんごう)」という庚申塔が建てられるようになります。
そしていつの間にか青面金剛の代わりに猿を彫ったものが現れます。
何故、猿かというと庚[申]信仰だからなのです。
そして、最初は一体だった猿が、三尸の「三」と結びつき三体になりました。
 日光東照宮陽明門にある左甚五郎作の「参猿」は、「見ざる」「言さる」「聞かざる」と三匹の猿が彫られていますが、道教でいうともう一匹猿がいます。
それは、「施ざる」です。
論語の顔淵第十二の冒頭部分に「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、非礼勿動」という言葉がありますが、そこから来ているのでしょう。「礼の規則からはずれたものに目を向けてはいけない、礼の規則からはずれたものに耳を傾けてはいけない、礼の規則からはずれた発言をしてはいけない、礼の規則からはずれた動作をしてはいけない」という意味です。
これから察すると、「施ざる」とは「礼の規則にはずれた動作はしない」という意味だと考えています。


| ryuichi | 20:09 | comments (0) | trackback (x) | 三春ノ信仰1 |
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