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文久三年、城下中町「山崎屋」奉納石灯籠 愛宕神社




三春城下中町鎮守である愛宕神社

その境内、参道階段の最上部にある石灯籠です。

文久三年、城下中町「山崎屋」治兵衛の奉納名があります。






文久年間といえば江戸幕府末期、いわゆる幕末です。

京都では、幕末動乱の真っ最中です。

先の生麦事件の報復である「薩英戦争」が勃発し、京都では、三条実美・沢宣嘉など尊王攘夷派公家「七卿」と長州藩兵千余の人が長州に落ち行き、後に「七卿落ち」で知られる薩摩・会津主導による「八月十八日の政変」が起きて、畿内より長州藩が一掃されたころです。








また、これに関連して尊王攘夷による蜂起の「天誅組の変」・「生野の変」などが発生しますが、いずれも討伐されています。

そんな血生臭い情勢も、三春城下にも届いていると思われる時期と思います。







灯篭奉納の十年前にペリー来航以来があり、国難が囁かれはじめ、三春藩でも藩軍備の西洋化が図り新式カノン砲実弾訓練などが行われていました。

また、藩の借財も五万三千五百両と膨大な金額に膨れ上がったころでもあります。





先の本陣川又氏の灯篭奉納が文久二年ですので、世情不安の中で三春城下の守り神である愛宕神社(当時は愛宕権現)に城下平和祈願方の奉納かなあと考えています。

尚、子の翌年の元治元年には、水戸天狗党の乱が発生し三春藩は日光警備を命じられ藩主以下三春藩兵が出張しています。








中央では、新選組による浪士捕縛「池田屋事件」がおこり、先の政変で殻の禁門の変(蛤御門の変)は勃発し、長州藩が御所を攻撃しますが敗走します。
そして、第一次長州征伐、アメリカなどの四国艦隊が長州藩の下関砲台を占拠等々、戊辰の変、そして、明治維新へまっしぐらに突き進んでいきます。







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| ryuichi | 04:36 | comments (x) | trackback (x) | 三春城下中町::愛宕神社 |