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三春藩主秋田公出郷 村人の山追人足割り当て




三春藩主秋田公出郷 村人の山追人足割り当て

江戸時代、猪や鹿狩などの狩猟は武士の嗜みであり、藩主としての武芸の一つに位置づけられ、心身鍛錬でもありました。

殿様の出郷と称する山追(狩猟)では、猪·鹿などの山追い(狩猟)の際の人足割り当てがありました。

明和七年八月に過足村庄屋宅を本陣として猪追いが行なわれた例です。
この時は猟師14人、勢子(せこ)引の者10人、勢子は過足村中人足と庄屋宅小遣いの者、それに狐田·上石·牛縊村から60人が動員された。

また、高倉村北山も山追いがたびたび行なわれている。

秋には、北山より南の村の勢子は高、倉村庄屋宅詰め、北西側の村の勢子は斎藤村庄屋宅詰めの二手に分かれ、7~8カ村から200人ほどが動員されています。
これが、春の場合となると100人ほどが動員されている。

年不詳ですが、申年十月の堀越村での山追いは、大規模で、七割頭に対し500人を課した。
菅谷割90人·下大越割100人・常業割20人・船引割100人·木目沢割60人·根本割100人·過足割30人が芦沢村に詰めている。

過足割30人は六ヵ村に割り当てられたが、牧野山山追いのときは、過足割50人九ヵ村であるから、もっと大掛かりであったのかもしれない。

天明八年五月二十九日に御巡見使一行が領内に入り常葉村御昼、三春町御泊りで癖日に二本松領小浜村へ抜けた。


三春町史参照


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:44 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春藩始末記 |