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三春物語181番 「萬年山天澤寺」
  「萬年山天澤寺」 (小さな幸せ)
「暑さ、寒さも彼岸まで」
今年は雪が多かった為かいつもより春が遅く、待ち遠しく感じられます。
 
よく「昭進堂さんは何処のお寺だい?」と聞かれます、当昭進堂高橋家は清水にある曹洞宗の萬年山天澤寺の檀家です。
 
天澤寺は室町中期開山の古刹で、三春藩主田村家、秋田家の時代を通じて、この三春領内に末寺十カ寺を数え、三春藩のご意見番的役割を務めたと云われ、御領内曹洞宗之録所として隆盛を極め、その面影は今も室町禅様式建築の本堂や境内に在る安寿と厨子王伝説に因む地蔵堂に見ることが出来ます。

開祖は、曹洞宗加賀(石川県)金剛寺の明林宗哲の法をつぐ。
能登総持寺にのぼり,加賀仏陀寺の住持栄峰覚秀 (えいほう-かくしゅう) ?-1453 室町時代の僧。

室町時代に丹伊田村(現在の郡山市西田町)に開かれ、戦国時代に三春会下谷、江戸時代初期に現在地に移りました。
江戸時代には、領内18の末寺を束ねた曹洞宗寺院。
本堂は壮麗な彫刻で飾られ、境内には安寿と厨子王の伝説にまつわる身代わり地蔵堂や、四軒丁の修験常楽院から移された西国三十三観音巡りの石塔が立ち並んでいます。

 境内の柿の木に地蔵の様なこぶがあり、いつの頃からか柿の木地蔵と呼ばれ、第二保育所へ通う子供たちを温かく見守っていました。

 一昨年、福島県曹洞宗青年会主催による、報恩大授戒会が郡山西田広度寺で開かれ、私も天澤寺住職の勧めで参加させて頂きました、戒名が戴ける修行と聞き少しは覚悟をしていましたが、一日中、畳三分の一の処に座って説法を聞くと云うことがあれほど辛いとは思いもしませんでした、また、普段から偏食気味でしたので、決められた精進のお斎だけというのは、大変辛い修行でした。
 途中龍穏院住職から差し入れの饅頭が美味いこと、私も饅頭屋として、皆様に喜んで貰えるようなうまい饅頭を造りたいと心に刻みました。
坐る、お斎、を通じて、「知足」(我、足りるを知る。)をご教授され、普段の生活においての戒めとしております。
 この時に聞いた説法の中にこのようなものがありました。
十年以上前にご主人と三人のお子さんを残してガンのために亡くなられた北海道のお寺の奥様が残した詩が紹介されました、ガン告知を受けた後に入院先の病室で歌われたものです。

幸せってみんなでちょっぴり味わうが良いですね
一個の柿をほんの少しずつ食べた時、
病室に明るいさだめきがあふれました
私って欲張りだったのですね。
     

                       合掌


| ryuichi | 21:57 | comments (0) | trackback (x) | 三春城下新町::萬年山天澤寺 |
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