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三春物語171番 「三春城下八雲神社」
   八雲神社
八雲神社・建立は戦国時代の天正年間に、京都祇園牛頭天王を勧請(分霊)したもので、牛頭天王として、またその門前を天王町として栄えました。
田村義顕公の時、三春領内に疫病が流行し、医者の手当ても間に合わなくなりました、そこで修験者を京都の祇園社牛頭天王に参拝・祈願をしたところ、「生水を飲まず、胡瓜を食して渇きを癒せ」という御告げが在ったといい、早速三春領内にお触れをだし、その通りにしてみると、疫病が治まったといわれ、それまで富士山と呼ばれていた天王山(後に小浜海道に遷宮)に祇園社牛頭天王の分霊を迎えて祠を建立しました。
この牛頭天王を町の人々は親しみを込めて天王さまと呼んでいましたが、後に明治初期の「神仏分離」の祭に、天王様を武塔天神が詠んだ、聖婚歌
「八雲立つ 八雲八重垣 つまごみに 八重垣つくる 八重垣を」
に因み、明治初期に八雲神社としましたが、元の天王さまの呼称だけが残りました。
八雲神社・天王さまの祭礼(7月26日)は、新町の田村大元帥神社の祭礼(7月20日)と供に三春の代表的な夏祭りで、田村大元神社か八雲神社どちらかの祭礼は雨が降ると言われています。
村社八雲神社・天王さまの夏祭礼は、医学・農業工学・の未発達な時代においては、農家の稲作に重要な雨を乞い、その恵みに感謝すると同時に、夏に発生しやすい疫病の除去を祈願することが中心となって脈々と受け継がれてきたのでしょう。
八雲神社は別名{胡瓜天王}とも呼ばれ、祭礼の時に参拝者は胡瓜二本を持参して神前に供え、帰りに別に一本の胡瓜と境内にある神笹を頂いて帰ります、この胡瓜を食べると、病気にかからないと言われ、笹は養蚕農家では、蚕室に納めておくと、蚕の病気が無くなり、農家では魔除として戸口に差しておきます。また牛馬には笹を餌に混ぜて食べさせると病気をしないと昔から言い伝えられてきました。
また、荒獅子保存会による荒獅子(長獅子)が奉納にされ三春の夏を彩ります。
荒獅子は三春に在る長獅子の中では一番歴史が古く、田村大元神社や八幡神社の長獅子はこれを伝授されたものと伝えられてます。
江戸期には、領内総鎮守田村大元帥明王社の祭礼や、藩内鎮守神明社の祭礼に供奉していましたが、明治初期に取り止めになりました、明治三十年代以降は、三春大神宮の祭礼には、新しく始まった田村大元神社の長獅子と隔年交代の供奉するようになり現在に至っています。
      蒼龍謹白・・・・・・合掌


| ryuichi | 22:06 | comments (0) | trackback (x) | 三春城下荒町::八雲神社 |
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