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三春物語180番 「曹洞宗天翁山州傳寺」   
 
 
「曹洞宗天翁山州傳寺」    
新町の上り口に、小さな墨跡の立て札があります。

これは州傳寺の方丈様が仏様の教えを、通る人々に教授されようと書かれているもので、私なども人生の指針として拝見しております。

曹洞宗天翁山州傳寺は、江戸初期悲劇の三春城主松下石見守長綱が三春入府の際、二本松より移した寺で、重綱公、長綱公、豊綱公と松下家三代の位牌所です。

松下石見守長綱公は三春在籍十七年の間に、最後の戦国大名として三春城や城下町を整備して、現在の城下町三春の基礎を築いたと言われます。
長綱公は豊臣秀吉が日吉丸と名乗る十六の頃、最初に使えた松下加兵衛之綱の孫で、初期徳川幕府にとっては、他の豊臣恩顧の大名と同じく目障りな存在であり、理不尽な理由を徳川幕府より押し付けられ、改易の憂き目に合いました。

その後、江戸時代秋田家藩政下では先の領主菩提寺として厚遇され、全国的に有名な名僧高僧が在籍し、歴代住職への曹洞宗永平寺・総持寺両本山並びに関三箇寺から要職の下命等があり、管内の由緒ある寺院として「録所」を勤めました。

また歴代住職の下へ、徳を慕いその教えを乞いに全国から雲水が参禅し、片法憧(格地)、東北の禅修業道場として名を馳せました。







近年に於いても、先の住職大地玄亀老師や、その弟子現住職石龍木童和尚が在籍し、この三春で禅宗の要として人々を導いておられます。







住職大地玄亀老師




大地玄亀著「最後の説法」


また丈六仏と呼ばれる御本尊の木像阿弥陀如来坐像は、坂上田村麻呂東夷追討に由来し、鎌倉期作とみられます、その昔郡山赤沼に安置され、戦国期田村氏三春入府に伴い、三春町丈六、廃寺万徳寺へ移り、その後丈六堂へ移り、明治期に州伝寺に移された仏像で、その長い歴史の中で、火災や

様々な災難に遭遇しながらも、現存するその福与かな御姿に心が和み、自然と手を合わせます。



州傳寺ご本尊阿彌陀如来坐像は、三春町史一1の640ページ第四編中世第三節「学芸と工芸」小林清治(福島大学教育学部教授)著に下記のように記載されています。



同寺に伝わる保観尼の「丈六堂建立勧請文」(仮題・文政十一年に書き上げられたものと推定される。


丈六阿彌陀如来は、延暦十四年坂上田村麻呂東夷追討のおり、田村麻呂の帰依僧延鎮が戦勝を祈願して自ら脇侍の勝軍地蔵・毘沙門天とともに彫ったもので、延暦二十年第二回東征の帰洛のおり、守山に大元帥明王を勧請し、丈六阿彌陀如来像は赤沼村に安置した。


其の後年降り舞鶴行者(ぶかくぎょうじゃ)が来て赤海山万徳寺を開き(三春町丈六の地か)、そこに丈六仏を移し本尊となした。

その後享保の初めに順国(じゅんこく)という道心者が来て新しく丈六堂を造営して安置したが、明和九(一七七二)年の火災にあい仏像だけが焼け残った。しかし、お堂の再建ができず現在に至っている。そこで文政五(一八二二)年自分がこの寺に移ってきたのを機に是が非でも御堂を再建したい。

その志を訴えてから六年になるが、まだ計画の三分の一を成就したに過ぎない。

自分が生きているうち何としてでも完成させたいので、如来の無量の弘徳を信じ、田村麻呂の霊像を憐れみ、尼の志を助けたいという人は多少ならず寄付をしてほしい。

(概略・原文は文語体)

以上の文書のうち、如来像と田村麻呂、延鎮の関係の部分については俄かに信じ難い。

しかし、赤沼村から三春町丈六に移されたことは確かである。

現在の郡山市中田町赤沼には丈六という地名がのこっており、寺があったという伝説とともに、鎌倉時代の石塔婆二基がのこっている。

三春町丈六の丈六堂から、同尊像が現在の州伝寺に移されたのは明治二十一年のことである。





州傳寺の玄関に「照顧脚下」の墨跡を見つけました、「脚下を照顧せよ」自分の足元を見よ、つまり自分自身をよく見つめなさいと言う教えです。






州傳寺境内には一時地蔵があり、子育て地蔵として、我が子を健やかに育てと願う親達の信仰を集め、八月二十四日には“みたま祭り“が開かれます。

拝む手から 一家円満の ひかりかがやく。    州伝寺立て札より         

合掌
                         






| ryuichi | 22:13 | comments (0) | trackback (x) | 三春城下新町::天翁山州傳寺 |
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