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三春物語170番 「三春城下 中町愛宕神社」
中町愛宕神社
毎年夏に、家内の実家に里帰りに行きますが、帰りは長旅の為、京都に立ち寄ります。
夏の京都は蒸し暑いので市内を避け、嵐山付近に宿を取るようにしていますが、一昨年の夏に泊まった時に、馴染の宿の女将から、嵯峨の愛宕神社にある旧い石柱に三春の文字があったと聞き及び、翌朝早く散歩がてら探索に行ってきました。
嵯峨愛宕神社は、京都御所の西北嵯峨愛宕町愛宕山にあり、火之迦具土命で王城守護、防火の守護神として祭られています。
境内へ続く長い登坂の参道の途中に、防火祈願で奉納された旧い石柱が立ち並び、その中ほどの傾いた石柱に、年号やその他詳細は磨耗の為見えませんでしたが「磐城国三春~」と刻まれていました。
三春の中町愛宕神社は、その嵯峨愛宕神社の末社です。江戸期火災の絶えなかった三春の方々が講中をくみ、代理参拝か何かで、はるばる京都愛宕山まで出かけたのかと思い、消防団に携わる者の一人として先人の予防消防の願いには頭が下がりました。
中町愛宕神社の勧請や由来は不詳とのことですが、江戸初期秋田家移封以前の絵図に現在の地に愛宕社が記載されています。
また、境内には町内のケヤキでは一番太い大ケヤキがあり、社裏にはイニシデの大木があり歴史の長さを感じます。
田村大元神社隋神門彫刻並び仁王像、三春大神宮の木馬の作者で幕末の彫刻師石森出身の伊藤光運作と伝えられる唐獅子像が納められています。
江戸期まで三春愛宕宮の神域には、西福寺・庚申がありましたが、明治維新の神仏離反・廃仏毀釈により廃寺となりました。
現在は中腹に整備された公園の片隅に、三春城から移築した太鼓堂建物と朽ちた石碑、そして地蔵の欠片が横たわっています。
江戸時代までの城下町を形成する、この愛宕社を含め荒町から丈六に至る城下町西縁麓は、荒町新観音・馬頭観音・花正院・龍穏院・光善寺・自性院・高乾院・法蔵寺・専修寺・西福寺・大光寺・愛宕社・庚申・満徳寺・丈六・明王院・大慶寺と並び、寺社が集中した寺町を形成していたと思われます。
また、紫雲寺山麓には、陽照寺・般若寺・紫雲寺があり、新町から御免町に懸けては新町真照寺・成就院・文殊院・州伝寺・大町来迎寺・清水寺・法幢寺・御免町福聚寺が不動山一帯の山麓点在していました。
最近、防火防犯の警戒の為、愛宕神社に上がる機会が多々ありますが、無事を確認し安堵して境内から見渡す町の姿は、その見晴らしの良さに往年の城下町が偲ばれます。
蒼龍謹白  合掌


| ryuichi | 22:21 | comments (0) | trackback (x) | 三春城下中町::愛宕神社 |
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