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三春物語178番 「馬頭観音」 別当天台寺門宗華正院とせり場
「馬頭観音」別当天台寺門宗華正院とせり場
 山並みの木々が色めき、三春の里は、秋の収穫で満ち足り、正に「天高く馬肥ゆる秋」。
荒町の馬頭観音は坂上田村麻呂の愛馬を祭ったという縁起を持ち、荒町はその門前町として栄えたといわれます、維新後、明治政府は陸軍の整備に伴い軍馬や農耕馬として馬の需要が高まり、三春駒として名高い三春では馬の飼育に力が注ぎ込められました。
三春駒全盛期の馬頭観音祭礼は、旧暦三月十七日で、田村郡内より各講中の代表者が前夜から夜篭りの為、泊り込みで参拝に訪れ、そのため別当職(馬頭観音を取り仕切る役)天台寺門宗華正院は夜を徹して、終日参拝の人々で混雑したと言われます。当時、北町の北野神社とは祭礼の期日が近い事で、馬頭観音様が馬の神であり、北野天神様の使いが牛である事から、祭礼の賑やかさや人出を競い合い、馬か牛かどちらが勝つかと、町民の季節の話題になり期待でもあったと三春町史は伝えています。
現在、華正院馬頭観音には八十余枚の絵馬と伴に静かな佇まいを見せ、訪れる人々を和ませています。
 当昭進堂の脇、私ども新町住人は何気に“せり場”と呼んでいますが、旧三春家畜せり市場跡地のことで、三春駒として古の征夷大将軍坂之上田村麻呂東夷追討由来し、全国に名を馳せた三春産馬のせり市場です。
「奥州三春に 庚申坂なけりゃ 旅の馬喰も 金残す」旧遊郭庚申坂と伴に三春甚句にうたわれ、近年になっては三春牛の競り市が二月に一回開かれ、郡内から馬喰や酪農家が多数訪れで賑わいを見せ、当店なども大変な混雑で、おたりまんじゅうは飛ぶように売れるし、おでんは売るはで、饅頭屋なのか食堂なのか判らない有様でしたが、約20年前に牛の競り市も本宮に移り、せり市場跡は新町のイベントで使用したり、お買い物駐車場として活用しています。私などは幼き頃より嗅いだ、牛糞の匂いが懐かしく感じられます。
先の三春大神宮祭礼でもこのせり場は活躍し、新町睦会による新町花車の無事奉納を祈念して第9回大宴会が昭進堂脇の“せり場”に於いて催され、字委員をはじめ、400人を越す字内外の老若男女が見守る中、大道芸人の芸や、婦人会、新寿会の歌や踊りに、こども達も大喜びでお祭り気分の盛り上がる楽しい一夜となりました。
 
          合掌


| ryuichi | 22:22 | comments (0) | trackback (x) | 三春城下荒町::馬頭観音別当華正院 |
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