2009-06-27 Sat
大正十四年発行「三春名所案内」より
三春滝桜は、その巨樹とその妖艶なまでの美しさに息をのみます。
国の天然記念物に指定されている巨大な紅しだれ桜で、樹齢は1000年以上といわれています。
花見は枝垂れ桜の下で行なうのがおおもとだった、と聞いたことがあります。
枝垂れ桜は長命で、春陽三春領内各地の寺社などに大木が多く見られます。
平安の昔には、桜の花が散る様子を死んだ人の御霊が荒ぶれているのだとして恐れ、人々はその鎮めのために枝垂れ桜の下に集い、宴を開いたのだという。
枝垂れ桜の優美な姿は、たしかに、この世とあの世をつなぐような聖なる神秘さを深くたたえているように思えてきます。
「その中でも三春滝桜は、あまりにも壮麗なため、江戸時代から今日の公家や歌人の間でも評判になっていたと伝えられています。
また、江戸時代後期の天保年間、三春藩士草川次栄が上京し、公爵などとの会談の折り滝桜が話題にのぼり、この時に詠んだ桜の賛歌が世に名を知らせたという。
「滝の桜に手はとどけども、殿の桜でおられない」
と三春盆歌で歌われるなど沢山の唄が詠まれました。
いわき市出身の詩人・草野心平もその著書の中に「日本一といわれているベニシダレの この見事な美しさ、背景はあやめの空と羊雲」と書いています。
桜の樹高十二メートル。幹回り十一メートル、枝張りは東西へ約二十五メートルもある。滝桜の名前の由来ですが、四方に伸びた枝から紅色の滝がほとばしるように小さな花を無数に咲かせ、その模様は滝が流れ落ちるように見えることからと伝えられている。
艶やかな花姿に訪れる人々は、しばし立ちすくんでしまうほどです。
そばに寄って見れば、その巨大さは圧倒的で、樹形からしても、神霊が宿る木といわれていたことが少しも不思議でなくなる。
江戸時代、三春藩はこの桜を「御用木」とし、周囲の畑を無税地にして柵を設け、保護したという。大正十一年(一九二二)には国の天然記念物に指定されている。
巨大な桜は土地の人々に守られて、長い歳月を生き、山神の依代として畏敬されてきたのである。
「三春滝桜碑」
「此の樹は田村郡中郷村大字滝にあり、樹齢六百年を超え、高さ六丈三尺、周り三丈四尺余、枝垂下して地に及び、その花濃紅艶美なるを以て紅枝垂といふ。四方来り観る者頻る多し。
天保の頃加茂季鷹等の詠歌に入り、その図は恭しくも光格天皇の叡感に上り、ご記録に三春滝桜と認めさせられきといふ。
三春藩領の頃は竹柵を繞らし、制札を建て濫に枝を折ることを禁じ、近傍畑高三斗二升五合の貢租を免除せられたり……」
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