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三春大神宮とシンメイサマ




三春大神宮とシンメイサマ

三春大神宮は、元禄2年(1689)、 三春藩主秋田輝季 (3代)の母正寿院が、日頃信仰厚かった大字貝山字岩田の神明宮を現在地の三春町字馬場に遷して三春藩の総藩社としたとされています。

三春城下では古くから「シンメサマ」と呼び親しんでおり、明治までは神明宮と称した。

「三春神明宮由来」には、
一、 守子と唱ひしもの俗に神明婆という老婦人有り、この者は貝山岩田に住みし伊邪那岐・伊邪那美両神を箱に入守り子をせし為に守子と唱えしや(略)
一、湯立祈祷の験必ず託宣有、神子と申す老婆ありて神の告げなりとて老婆種々の言を陳る(略)
・・・・とあり、神社三春神明宮とオシンメイサマとの関係に関心がもたれるところである。

大神宮の旧社地山字岩田には、今も「神明前」とよばれている所があり、小祠が残されている(現在この場所は畑地となっている) 。
さきの 「三春神明宮由来」によれば、明らかに、オシンメイサマの発祥を伝えているが、今日の三春大神宮と直接結びつけ得るかどうかである。

三春城下および近隣に散在する小祠神明宮の祭礼は9月16日であった。
かつて三春大神宮も同様であったが、現在は10月の体育の日の前日の日曜日に行われている。

また、元禄2年の遷座にあたって奉納された絵馬の中に「湯立神楽の図」があえいますが、由来にいう湯立祈祷の事実を示すものではなかろうか。

大神宮では、代々伝えられてきたという「人形祈祷」を行っていると伝わっています。
この祝詞に一~十までの神明祝詞が入っており、これはオシンメイサマの守子たちもとなえたものである。
オシンメイサマを大神宮に納めたという話や、 お借りしたという話が伝えられている。






三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 03:52 | comments (x) | trackback (x) | 藩社神明社(三春大神宮)::三春大神宮 |