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三春物語162番 三春城下 中町鎮守旧愛宕大権見


<中町鎮守旧愛宕大権現>
 京都洛外西北、愛宕山頂に鎮座する迦具土を勧請したものです。
迦具土は、日本書紀によると、伊邪那美命が迦具土を産んだ時に焼け死んだとされる火の神へで火伏せの神として全国に数多く祀られています。




 古代には、愛宕山は修験者の修行場となり、愛宕権現太郎坊という天狗と信じられていました。中世に入り本地仏は「勝軍地蔵尊」とされ。武将たちの信仰を集めたといわれます。
戦国期入府の田村義顕は、本格的な城下町造りにあたって京都と同じく三春城西北の現地に田村氏にとっての勝軍地蔵、城下の火伏せの神として遷宮されたと考えられます。



また、田村家菩提寺福聚寺と参道が食い違いになっている様子は、愛宕権現と福聚寺が一対をなしているかのような配置です。
中町鎮守になった時の勝軍地蔵尊像は、新町の真照寺に納められましたが、勧請の時とみられる勝軍地蔵尊の小像が現愛宕神社に残されています。
三春城東南、清水天澤寺の入り口を右に折れたところに天狗谷と呼ばれる谷があります。
秋田家祈願寺真照寺建立の際に仏像を仮安置した聖地とされている場所ですが、天狗谷の地名から愛宕権現太郎坊が連想され、勝軍地蔵が祀られて武士層の信仰が集めていたと考えられます。



| ryuichi | 04:33 | comments (0) | trackback (x) | 三春城下中町::愛宕神社 |
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