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三春物語16番 「三春城下正徳六地蔵」
平安時代、命は六道を転生するという「六道輪廻」の思想が広まると、人界だけではなく、六道全てにおいて救済してくれる存在として、地蔵菩薩が六道それぞれに現れる(これを「六道能化」という)という六地蔵信仰が盛んになりました。
これらの六体の地蔵にはそれぞれ名前がついています。
 文献によって相違点があるようですが、『覚禅鈔』の例を出せば、先の六道の順番で、大定智悲・大徳清浄・大光明・清浄無垢・大清浄・大堅固のお地蔵さまがあります。
また、これらのお地蔵様は、持ち物などで姿からも区別されます。
 
六地蔵が見られるのは、城下町、お寺、墓地の入り口が圧倒的に多く建立されていますが、これは、これから六道に旅立つ死者を守るためと考えられています。
また、六地蔵信仰と直接の関係はないが、死者の世界と現世との境である墓地に立って悪霊などの侵入を防ぐという、地蔵の「塞の神」的な性格も窺われると思われます。
  三春にも、田村公以前から続く城下町として、各寺院の他各所に六地蔵さんが見受けられますが、城下の入り口に当たる各主要海道の分岐点に、城下入り口六地蔵として地蔵堂が立っています。
 その建立は、秋田藩政時代の正徳五年(1715年)時の秋田藩庁に、民衆の代表として浄土宗紫雲寺の住職から、六地蔵建立の願いが出され、藩の許可を得て三春城下の主要海道入り口に建立したそうです。
一、 江戸海道若松海道口は八幡町末、踊場角。
二、 小浜海道本宮海道口は、荒町末小浜海道と平沢道の分岐点、申地蔵付近。
三、 相馬海道口は、北町末相馬海道から平石不動へ分かれる海道右側烏帽子石付近。
四、 入清水口は、清水にある現在地付近。
五、 磐城海道口は、新町末磐城海道と化粧坂(気色坂)の分岐点。
六、 馬場口は、百二十間の馬場があり、その奥の木戸外付近。
三春城下の各海道入り口に建立されました。現在は、荒町末地蔵は龍穏院地内に移転、八幡町末地蔵は雁木田橋(江戸橋)際に移されています。
  この六地蔵の六体という数は、六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天の六界のこと)から来ています。

| ryuichi | 21:47 | comments (0) | trackback (x) | 🌸三春城下北町 |
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