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三春物語59番 「塔頭光照寺の小僧」


大元帥明王の塔頭光照寺の小僧
その昔、新町に三春領内総鎮守大元帥明王社の配下に修験光照寺という寺があった。
この寺の役目は、大元帥明王の祭礼も含め年間の社殿維持管理の手伝いをする役目を負い、秋田藩政下では大元帥明王別当真照寺の指揮下にありました。

 ある時、小僧が和尚の使いで明王党屋当番の赤沼集落名主へ書状を持って行く途中、どうしたわけだろうかその書状を失くしてしまい、一晩中捜し求めたが、遂に見当たらず、
小僧は申し訳ないと思い、哀れにも大滝根川に身を投げて果ててしまった。

その後、春のから秋の初めにかけての草木も眠る丑満刻の頃、大滝根川に沿う荒井と斉藤の間の川の堤の上を、突然現れて、ふわりふわりと行きつ戻りつしながら、ふっと一瞬にして消えてしまう怪火が出ることがあります。

 ある年の夏、屈強の若者が数名、盆踊りの帰りに、この怪火の正体を見届けてやろうと、川堤に出かけ、稲の茂みに隠れて見守っていたが、ほとんどのものはその怪火が現れたとたん恐れをなし、その正体を確認することはできなかった。
それでも1人だけ気丈夫の者がいた。

彼は、怖いながらも、その怪火に気付かれぬように後を追い、やっとのことでその正体を確認したところによれば、裾のあたりは、ぼやっとしてはっきり見えなかったが身長が6尺または7尺もあり、蒼白い衣服を着け、ややうつむき加減に、その表情は無限の悲哀、憂愁、怨恨にもだえ苦しんでいるような大男が、足早に過ぎ去った姿であった。
この怪火は、この投身した小僧の怨霊と言われています。

 尚、光照寺は明治維新後の廃仏毀釈により廃寺となりますが、その後火災により伽藍は消失し、後にその地で三春一、二の商いをしていた造り酒屋は二代と持たずに廃業し、残った家屋も不審火により焼けてしましました。

また、三春の寺社仏閣に付き物の「光照寺の枝垂れ桜」も、心ない者のたき火によって半焼けとなり未だに桜花が、二割ほどしか咲きません。





| ryuichi | 06:14 | comments (0) | trackback (x) | 平成版三春怪奇伝説::三春城下夜話 |
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