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三春城下新町鎮守 田村大元神社 令和7年夏季例大祭 




三春城下新町鎮守 田村大元神社 令和7年夏季例大祭 



田村大元神社 「令和7年夏季例大祭」 城下新町鎮守
    
7月19日(土)午後7時  宵祭 新町渡御

7月20日(日)午前10時 御旅所清祓式 

 
御神輿渡御 新町一円 御触れ太鼓、青白天狗、
 
  長獅子・赤天狗・三匹獅子奉納 子供神輿
 

    境内にて例大祭限定「御朱印」


              田村大元神社社務所


   ※参道入口駐車場にて露店、キッチンカー 出店








三春 田村大元神社 写真集


松下修 写真


















旧秋田氏三春藩領内総鎮守であった大元帥明王社7は、田村大元神社の名称が変わり、御神体は「国常立命(くにとこだちのみこと)」となっていますが、旧神号大元帥明王の時代から例大祭時の御神輿渡御では長獅子が先払いとして先頭を練り歩きます。


「大元帥明王」は、敵や悪霊の降伏に絶大な功徳を発揮すると言われています。

その名残で長獅子の髭が災難除けとして町内に配られています。







明治維新後の三春藩解体に伴い、旧三春藩の総鎮守として三春領田村郡内全域と郡山の一部で運営されてきた「田村大元師明王社」を、紆余曲折はあったものの、混沌とした時代が過ぎた、昭和に成って、新町の大先輩たちが、別火講中を組織して、その心意気で一手に担い、今日まで継承してきました。


「別火」、古くは別の日と書きましたが、別火講中とは文字の如く、家と釜戸の火を別ける特別な「ハレの日」を意味しています。

新町の男たちは、家庭や社会から離れ、別火講中の一連の年間行事の中で、講員一同、正に寝食を供にすることにより「田村大元神社」の行事を司り、講中在籍中に実社会では体験出来ないような、様々な体験を通して思慮分別を養っていました。


さらには「真の三春人」となって、実社会においてこの発展に寄与する人間つくりを目的として、新町の先輩たちから、脈々と受け継がれてきた、三春人として、胸を張って誇れる組織だと思います。






世代が変わり薄れつつある事柄ですが、「別火講中」とは「同志、仲間」という意味であると理解してほしいと思います。


決してただ酒を飲んで大騒ぎをする会ではありません。

仲間がいることで「切磋琢磨」互いに良い影響を与え、学び合いながら、人は一人では生きられない。

また、支え合う人・喜びや悲しみを分かち合う人達がいてこそ、自分自身も、成長し、生きることが出来るということを、心に刻み、「別火講中で培った人格と経験を持って社会生活寄与する」という事を学んでいただければと心より思います。  







私は、よく「別火講中はコミニティーの原点だ」と申し上げていますが、別火講中とはまさにコミュニティそのものなのかもしれません。



辞書によれば 「講」とは、民間の金融上の組合、経典を講釈する会、信徒が催す法会や、神仏に参拝に行く団体」とあります。

また、コミュニティー【community】は、「人々が共同体意識を持って共同生活を営む一定の地域,およびその人々の集団。地域社会。共同体。」とあります。







昨今「日本からコミュニティが消えつつある」と言われています。

確かに昔はご近所があり、隣組があり、先輩・後輩があり、それに付随した言葉使い、義理や人情等々人付き合いのスキルがたくさんありました。


現在でも確かに存在はするのですが、個人の権利や自由が叫ばれ、仲間意識は表面的になっているように思われます、しかし、我が新町においては、別火講中があるかぎり、無縁の物の様に思います。





新町の先輩たちが築き上げた、別火講中の、心意気を忘れることなく、両番組力を合わせて、修行の場としての別火講中行事の中で、おのおの意味を見出しながら、時に楽しく、時に厳しく、孫子の代まで、「別火講中」を継承していってくれることを切に、お願いします。




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 03:18 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |