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城下荒町鎮守 「八雲神社 夏季祭礼」 令和7年





城下荒町鎮守 「八雲神社 夏季祭礼」 



荒獅子奉納


7月26日(土)午前10時より








「荒獅子」は、戦国時代の田村氏、江戸初期の松下氏、そして、江戸期秋田藩政下でも三春五万石六十六郷領内総鎮守大元帥明王夏季例大祭にて露払いとして奉納されていた獅子舞です。


城下町として栄えていた三春城下に疫病が侵入するのを防御の祈願のため、天王様(牛頭天王)と荒獅子が、疫病を鎮めるために、町中を練り歩くようになったのが、始まりとされています。

明治維新後の廃仏毀釈等にて神仏離反、廃藩置県から大元帥明王も田村大元神社となり、長獅子も荒町末黒門外の八雲神社(維新前は牛頭天王社)の祭礼に奉納されるようになりました。

また、この八雲神社夏季祭礼だけは曜日に関係なく、7月26日という日にちに固定されています。







当初は、小山村(後の御祭村)の青年達が長獅子を奉納していました。

叉、獅子頭は、小山村(御祭村)の名工によって作られその地名を獅子造りと呼ばれています。

荒獅子は、秋田藩政期には領内総鎮守大元帥明王に露払い(悪魔祓い)として奉納されていた三春独特の獅子舞で、三春に在る長獅子の中では一番歴史が古く、田村大元神社や八幡神社の長獅子はこれを明治期に伝授されたものと伝えられてます。





 
明治維新後の神仏離反、そして廃仏毀釈をうけた明治初期、大元帥明王社は、大志田神社を経て現田村大元神社に改宗改名した際に時の総代といざこざになり、以後荒町の八雲神社だけの奉納となりました。



牛頭天王は、現八雲神社の祭神で、疾病を防ぐ神であり、神道におけるスサノオ神と同体とされています。


医療技術が乏しい時代に、疾病を防ぐ強い力を持つ牛頭天王に対する信仰は、かなり大きかったと思われます。
 

牛頭天王は、単に「天王様」と呼ばれました。









また、荒獅子は一般に、悪魔祓い・疫病退散の役割を担うことが多いが、これが牛頭天王と同一視され、三春の祭礼においては、単に獅子舞ではなく、威勢のよい「荒獅子」になったのかも知れません。








人が死ぬと、「魂が霊となる」との考えは、世界共通の考えで、日本でも縄文時代から信じられていたと、言われています。

奈良時代には、厄災(天変地異や疫病等の災い)は不業の死を遂げた人達の、怨霊のなせる業と考えられる様になり、こうした霊を、丁重に祀り慰める事で、「怨霊」が「御霊」となり
「鎮護の神」となって、平穏をもたらすとする「御霊信仰」が起り、怨霊を慰める儀式 「御霊会」 が行われる様になります。






この「御霊信仰」を背景に、疫病神である 「牛頭天王」を、お祀りし疫病退散を願ったのが 「祇園会」 (ギオンエ) であり、祇園牛頭信仰 のおこりだと考えられています。


 
八雲神社の夏季例大祭の荒獅子奉納は、この半年の罪のけがれを祓い、夏以降の疫病除けを祈願する行事「夏越祓」(なごしのはらえ)の日役割もあるかと思います。





三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 03:32 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |