2025-09-21 Sun
田村太元神社境内文化12年(1815)乙亥(きのとい )建立の石燈籠です。
永正の子年、元年(1504)か13年(1516)、田村義顕が三春に移城するに際し、仮殿を建て大元明王を祀ったと伝わっています。
天文年間(1532-1554)には伽藍を新建しますが、天明五年(1785)、そして寛政10年(1798)の大火災により罹災し焼失してしまいます。その後に再建されています。
境内に再建を記念して町衆と戦国武将田村氏の遺臣である北方在郷衆(青石、實沢)から奉納された文化11(1814)と翌12年(1815)に奉納された石灯籠が残っています。
天明五年(1785)「天明の大火災」は、三春本城以下、家中屋敷、下御屋敷を含め、城下六町のほとんどを消失、藩主御座所を真照寺に移すという大火で、大元帥明王も消失しました。
この時には、再建途中か、仮堂のままかはわかりませんが、天明の火災より13年後の寛政10年(1798)の大火でも罹災しています。
その再建復興の記念に、芳名から高木帝釈天鎮守府である青石、実沢、(当時、富沢村は秋田五千石領地に付き村名表記御遠慮?)などの御春輩北方衆の奉納されたものと推察しています。
秋田氏の三春入府の際、元城主田村氏配下の御春輩衆の力が侮れず、人心掌握として秋田氏の守護神「古四王」ではなく田村氏の守護神「大元帥明王」をそのまま領内鎮守として城内にそのまま鎮座した背景が想像できます。
先の震災で被災し割れてしまいましたが、修復しました。
石灯籠は一対で奉納されています。
右は、新城~、油屋~など、城下の商人など町衆の奉納・寄進だと見て取れます。
左石燈籠奉納の前年、文化11年4月(1814)の奉納です。
藩の維持大事業に際して、自分の家屋の再建と同時進行で、領内鎮守の大元帥明王の再建にあたって多額の金品を寄進をしたものと考えられます。
初秋を迎えるにあたって落ち葉掃除も本格的になってきました!
三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍
| ryuichi | 03:14 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社) |
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