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三春城下 七五三考 天神様の手まり唄 北野神社



三春城下 七五三考 北野神社

天神様と親しまれている北野神社は、古くは「北野天満大自在天神宮」として菅原道真公を祀り「学問の神様」として知られています。


由来は、戦国時代に蒲生氏か松下氏が、京都にある北野天満宮を三春城内に勧請し鎮座していました。

諸説ありますが、秋田公入部の際に現在地へ遷座して、北町の鎮守として、そしてまた学業成就、合格祈願の学問の神様として町民の方々に親しまれています。








天神様の手まり唄

「とおりゃんせ、とおりゃんせ ここは、どこのほそみちじゃ 天神様の細道じゃ ちょっと、とおしてくだしゃんせ・・・」
という童謡をご存知の方も多いはずです。

川越城内の天神様を唄ったとされていますが、三春人としては、三春発祥でもいいと思っています。

歌の中に「御用のないもの 通しゃせぬ」とあります。南北朝末期から江戸期初頭にかけて、大志田山山頂にあった三春城内に天神さまがあり、「この子の七つの お祝いに お札を納めに 
まいります」との歌にある通り、その頃庶民が城内に入り、参詣できたのは年一度の大祭の時に「七五三の祝い」御礼の時だけだった云われています。

「行きはよいよい 帰りはこわい」ようやく城内に入ったのに、見張りの侍の監視の目が鋭く、庶民がおそるおそる帰っていった様子なのかもしれません。



 


三春城下北町にある北野神社境内の「撫で牛」は、慶応元年(1865)に近江の商人が、美濃の石工に作らせ奉納したものです。

天神信仰の中でも、天神さまと牛とは切っても切れないものがあり、古くより様々な縁起・伝承を見られ神使とされています。

それで「神牛・随牛」とも呼ばれます。

後年、親しみを持って撫でたり擦ったりするようになり、「撫で牛」として信仰されています。






境内末社の稲荷様






境内末社火雷様





| ryuichi | 03:24 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春城下歳時・風土記 |