2026-04-12 Sun
江戸花見散策 三春藩主秋田家江戸城下菩提寺 大雄山海禅寺参拝
三春藩秋田本家の江戸菩提寺は、浅草新鳥越町(現台東区松が谷3-3-3 かっぱ橋本通り) 妙心寺派 大雄山海禅寺
臨済宗系単立寺院の海禅寺は、大雄山と号します。
海禅寺は、慶長8年(1603)に起立、寛永元年(1624年)神田明神北妻恋に草創、寺号は下総国相馬郡に平将門が創建したとされる同名の寺に因んで命名したといいます。
振袖火事の後、当地へ移転しました。
蜂須賀家をはじめ諸侯から厚く庇護を受け、「阿波様寺」とも称され、塔頭4ヶ寺(霊梅軒(霊梅寺)、泊船軒、寒窓軒、瑞光庵)を擁していた他、臨済宗妙心寺末の触頭を湯島麟祥院、高輪東禅寺、牛込松源寺と共に勤めていました。
江戸時代の主な檀家大名
蜂須賀家(阿波国徳島藩25.7万石。菩提寺に準じたが、関東大震災後、墓碑銘を残して徳島に改葬された。)
小笠原家(豊前国小倉藩15万石。分家の小倉新田藩も。同震災後本家は多磨霊園、分家も国元へ改葬。)
土屋家(常陸国土浦藩9.5万石。譜代大名であり、老中や奏者番を務めた。近年土浦市に改葬された。)
加藤家(伊予国大洲藩6万石。分家の新谷藩も。同震災後国元に改葬された。)
秋田家(陸奥国三春藩5万石。同震災後三春町の高乾院に改葬された。)
建部家(播磨国林田藩1万石余。子爵家以降の墓が残る。)
尚、江戸時代、江戸の三春藩邸で亡くなった秋田家の一族は、江戸菩提寺である浅草海禅寺に葬られましたが、それらのお墓は、関東大震災後に雑司が谷霊園へ改葬され、さらに昭和10年5月26日に高乾院へ改葬されました。
そのため、藩主秋田氏一族のほとんどは、現在では三春城下高乾院に埋葬されています。
また、海禅寺は、幕末に吉田松陰などの活動と同様に倒幕の先駆けとなった若狭小浜藩(福井県)藩士出身の尊皇攘夷論者梅田雲浜の墓所としても知られています。
梅田雲浜は若狭国小浜藩士で、大津や京で朱子学を教えていた。幕府を批判したために藩を追われたが、藤田東湖、佐久間象山、高杉晋作らと交際し、尊王攘夷論を唱えました。
幕政を批判し、大老井伊直弼排斥を企てたが、安政の大獄で逮捕され、小倉藩江戸邸の獄中で病没。
藤井尚弼は西園寺家に仕えた地下人(四位、五位の公家)で、尊王の志士と交流したが、やはり安政の大獄で逮捕されて、雲浜と同じく小倉藩邸で獄死。
三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍
| ryuichi | 03:06 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春藩主 安東秋田氏 |
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