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三春物語465番「三春丈六焼」


三春城下に丈六という地名があります。
江戸時代にこの地に焼き物の窯場が置かれ、瓦や水瓶、火鉢などの生産が行われていたためについた名で、この焼き物を「丈六焼」と称しました。
黒焼きや赤焼きの比較的低温で焼かれ、瓦と供に同じ窯で焼かれた為と考えれれています。
丈六焼きは、秋田氏の三春入部とともに始められ、万治二年「家中給人知行高扶持切米高覚」に「1,六人口 かわらや 久右衛門」の記述が見られ、秋田氏の秋田十三湊からの国替えに伴い、宍戸(茨城県)を経て連れてきた瓦師と思われ、その技法は「秋田安東焼」の流れをくむものと推測されます。
窯は三春藩作事奉行の支配下にあり、代々作事瓦師の江幡家によって運営されてきました。
かわらや久右衛門はこの江幡家の祖にあたり、その当主は代々久右衛門を世襲することが多かったそうです。
主力商品の瓦は、城や藩庁舎、藩主および重臣の邸宅以外には需要はなく、瓦を焼く合間に多くの日用品や恵比須・大黒・猿・撫で丑などの縁起物を造り、祠や狛犬を焼いていました。
三春城の鯱や寺社の境内にある祠など、三春各地には多くの作品が残されています。
 特に三春江幡家四代目久右衛門の作品が秀作が多いとされています。



地名の丈六の由来は、このちに「丈六仏」が安置されたお堂があったために丈六と呼ばれていましたが、明治の終わりに新町の州傳寺に移されました。
丈六仏とは、
その昔、仏像大きさの基準値を、丈六(丈六は約4.85メートル)
としていました。
丈六の仏様をご本尊とするお堂は、丈六堂と呼ばれます。

 
 
 
  1丈6尺のことを、略して丈六といいます。
つまり坐像と人間が立った大きさが、ほぼ同じになります。そばで見ると、かなり圧倒されます。
仏様の優れていることを表現する、ひとつの方法です。また、お釈迦様は人の倍の背丈があった、という話しもあります。
人間より大きいものを、すべて丈六仏と呼ぶ場合もあります。





| ryuichi | 05:59 | comments (x) | trackback (x) | 三春城下八幡町 |