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三春物語520番「過足村鎮守仁渡神社」




戦国期の三春城主田村氏の要害田村四十八舘の一つ過足舘址に鎮座する菅布禰神社
旧神号を土地の庄屋木幡氏の名木幡神社としていました。




天慶八年勧請ですから古社と呼ぶに相応しいでしょう。
現在は、菅布禰神社と仁渡神社の合祀としています。



仁渡神社は、旧過足村の村鎮守であり、現在でも地元過足の人々によって、祭祀等の行事が行なわれているようである。
祭神は「天之水分神」(あまのみまくり)である。古書をひもとくと「水を恵み与え配分する神」としるされている
古風な「田の神」として人々に信仰されてきた神とおもわれる。



菅布禰神社は、祭神を猿田毘古としています。
古事記では猿田毘古神・猿田毘古大神・猿田毘古之男神、日本書紀では猿田彦命と表記する。ほとんどの祭行列の先頭に見られる。
 猿田彦神は、天照大神の命令で天津彦火瓊瓊杵尊・瓊瓊杵尊・邇邇芸命が降臨の際、鈿女命・鈿女命天宇受賣大神を、天の八衢に出迎え先導し道案内をしたといわれる土地の神・土公神とされている。
 




容貌は魁偉で鼻の長さは7咫、赤ら顔に長い口髭をはやし、目は八咫の鏡のように爛々と輝き、身長7尺余の神通力を持つとされた。その高徳により、「導きの神」「道開きの神」として困った時や物事の始めに、災厄を祓い幸運をもたらす大神としても高名で、全国に猿田彦の名の付いた神社が多数ある。
また、嚮導の神としての信仰があり、神幸行列では、先頭に立って祓い導く。
 




また、猿田彦は、道案内をしたことから、道祖神と同一視されたり、庚申の申と同じ読みの猿と同一視され、庚申信仰ともつながり、村の道端などに猿田彦が祀られているところもある。






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| ryuichi | 04:56 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::春田・狐田・過足 |