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三春物語439番「三界萬霊供養塔」
 三界萬霊供養
  ・ 三界とは生まれ変わり,死に変わりする三つの世界,すなわち前世,
     現世,来世の迷いの世界をいう。この世界を輪廻する仏の救いの対
     象となる,全ての衆生を供養するのがこの石塔である。飢饉による
     餓死者を弔ったものが多い。


高乾院墓所の三界萬霊供養塔

| ryuichi | 05:25 | comments (x) | trackback (x) | 三春ノ信仰1 |
三春物語438番「御祭厳島神社」


三春城下の北西、旧御祭村の村社厳島神社
旧神号を弁財天としています。


弁財天は学問、芸術、財産の神様です。
古代インドのサラスバティー河が心地よい音を奏でな がら流れているという事から、サラスバティーは音楽の神様とされていました(サバスティーの図像を見る とヴィーナーという、日本でいう琵琶をもった姿で表現されています)。
このため日本の弁財天も琵琶を持った姿 で描かれ、音楽の神様であることから、やがて芸事全般の神様と崇められるようになりました。

芸術の神様なので、古来日本では「弁才天」と書かれていたのですが、やがて「才」と「財」が入れ 替わって「弁財天」と表記されるようになりました。
「銭洗い弁天」に代表される福徳財宝を授ける神 様としての御利益も加わったのはこの為だとされます。
さらに「芸道上達祈願」から「学問追求」の 御利益も派生し、やがて学問の神様ともされるようになったのではないかと思います。



 『金光明最勝王経』には「八臂をもって自らを荘厳し、各弓、
箭、刀、長杵、鉄輪並びに羂索を持し、端正にして見んと楽うこ
と満月の如し」とあります。一方では弁財天の梵名の薩羅薩伐底
(サラスバティー)を妙音と訳し、「妙音を出して衆生を悦ばしむ」
から琵琶を持った姿が描かれるようになり、このお姿がひろく知
られています。

 弁財天が我が国に伝えられた当初は、その豊穣増福の利益が我
が国の産土神である宇迦之御魂神(ウカノミタマ)と同一視されるように
なりました。



 我が国の産土神である宇迦之御魂神(ウカノミタマ)=食稲魂神・稲魂
命=は、素盞鳴尊と神大市比売命の間に生まれた神で、豊宇気昆
売(豊受媛=伊勢外宮)と同一とされます。
 弁財天に稲の信仰と増福の利益信仰が加味され、発展して八臂
の持ち物にも宝珠と鍵が加えられ、更には頭上に人頭蛇身の宇賀
神と鳥居を飾る姿が描かれ次第に定着してきたものです。この信
仰の過程は、稲荷信仰とよく似ています。た。



境内には、天神様も境内末社として合祀されています。
天神講
御祭三区で行われている天神様を祀り、学力向上の願う祭りで、小学一年生から中学三年生までの男子で組織される講です。
春と秋の二回、年長の中学三年生の家を宿として、学問の神様とされる天神様にお祈りしています。
かつては、四区でも行われていました。






| ryuichi | 06:02 | comments (x) | trackback (x) | 旧御木澤村::御祭 |
三春物語437番「北野神社の撫で丑」


北野神社境内には”撫牛(なでうし)”と呼ばれる臥牛の像があります。



境内の撫で牛は、慶応元年(1865)に近江の商人が美濃の石工に作らせ奉納したもので、 子供が生まれた時、よだれかけを奉納し、これを子供に掛けると健康に成長するという言い伝えが残っています。





北野神社よりお城山を望む

| ryuichi | 06:03 | comments (x) | trackback (x) | 三春城下北町::北野神社 |
三春物語435番「李田神社」




三春城下の西、李田村にある李田神社は、
旧神号を皇宮権現とる延暦年間勧請の古社です。
三春城主松下石見守の祈願所と伝わっています。





現神名の天御中主命は、天(高天原)の中央に座する主宰神という意味である。宇宙の根源の神であり、宇宙そのものであるともされる。

『古事記』、『日本書紀』とも、その後の事績は全く書かれておらず、「中空神」とも言われる。『記紀』神話が形成される上で創造された観念的な神と考えられ、それには中国の天帝の思想が影響したものと考えられる。






平田篤胤は禁書であったキリスト教関係の書籍を読み、その万物の創造神という観念の影響を強く受けた。
そして『霊之御柱』において、この世界の姿が確定する天孫降臨以前の万物の創造を天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神の造化三神によるものとした。


この三神は復古神道においては窮極神とされ、なかでも天御中主神は最高位に位置づけられている。



祠が集められて合祀されています。




庚申塔や弁財天、毘沙門天の石碑






馬頭観音の石碑

| ryuichi | 05:59 | comments (x) | trackback (x) | 田村四十八舘2 |
三春物語436番「斉藤松樹神社」


斉藤松樹神社

三春城下の南、斉藤村安養寺の裏山松樹山の山頂に鎮座します。




元亀元年、松樹山上館の城主斉藤大善の軍中勝利を祈願して、嫡子藤原頼位が月見崎に勧請したと伝えられている。





祭神は、妙見大菩薩であったため妙見様と呼ばれています。
近くには、五輪塔があり城主の墓地と推測されています。
 
社殿には、木片の祈願札が多数貼られていますが、先の大戦出兵時の安全祈願が見て取れます。





竹林の風情が雰囲気を創っています




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| ryuichi | 06:08 | comments (x) | trackback (x) | 旧中妻村::斉藤 |
三春物語434番「小浜海道金刀比羅宮」


三春城下から岩代國小浜へむかう海道「小浜海道」
その三春城下口の岩山に金刀比羅宮は鎮座しています。



金刀比羅宮は、香川県仲多度郡琴平町の金刀比羅宮を総本社とし、その祭神である大物主神を祀る神社で、日本各地にみられます。
金刀比羅(ことひら)、琴平(ことひら)と称するもの、「神社」ではなく「宮」と称するものもある金刀比羅宮は、元はその鎮座する象頭山の神を祀るものとされています。



古くから象頭山は瀬戸内海の航行の目印とされてきたことから、象頭山の神は航海安全の神として信仰されるようになったと伝えられています。



なぜ山国の三春にと思いますが、三春は磐城国、そうです海に面している国でして、三春に入る道を海道と呼ぶのはそのためではないかと考えています。



尚、金比羅宮のある山を金比羅山と呼んでいますが、太平洋戦争中はこの山頂に
「防空監視監視指令隊監視哨」が置かれて、三春方面に飛来する敵機を監視していました。



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| ryuichi | 05:58 | comments (x) | trackback (x) | 三春城下荒町 |
三春物語433番「三春城の整備」


磐城国三春城の整備事業が始まりました。
雑木で覆われていた城山を、桜や楓など落葉樹を残し、常緑樹を伐採して往年の城跡が見て取れるようになってきました。



春には桜。
夏にはあじさい。
秋には紅葉や楓。
冬には城跡。
がご覧いただけると思います。



| ryuichi | 05:31 | comments (x) | trackback (x) | 戦国大名 三春田村氏 |