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三春昭進堂の三春花見団子 2018




三春昭進堂の三春花見団子



三春花見だんご  

あん(大)     500円税別
             
みたらし(大)  500円税別
             
あんこ小パック   300円税別

みたらし小パック   300円税別





     その他、お客さまのご予算により、300円より調製いたします。






     カップ団子(120円税別)も、お作りいたします。

尚、串団子は取り扱っておりません。







春、桜を愛でに三春へ

桜で彩られた小さな城下町三春





滝桜を筆頭に枝垂れ桜が咲き誇り

山桜や染井吉野が彩りを添えます






三春が古より、春陽の郷と呼ばれる由縁です

三春昭進堂の花見だんごで、春爛漫のひとときをお楽しみください



その土地のさくらが開花する頃は、ちょうどその土地にあった農作業が始まる頃です。






特に北国の人々にとっては“お花見”に行き、桜の木の下で集落の皆々と飲食を共にすることは、その行為そのものが神事となり、他の神様を感謝と敬意の念をもって敬ってきたと伝えられています。








三春昭進堂 菓匠蒼龍 


| ryuichi | 04:56 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯::昭進堂のお菓子 |
塵壺321号「三春藩秋田候上席別格年寄衆三春細川(京兆家)氏」平成30年4月




三春藩秋田候上席別格年寄衆三春細川(京兆家)氏

三春藩別格年寄衆(家老)三春細川(京兆家)氏。
祖を清和源氏、室町幕府将軍家足利氏の一門の嫡流細川(京兆家)氏で、御城坂(現在の遠藤病院のお城側の梅花園辺り)に屋敷があり、石高700石でした。

この細川氏、南北朝時代には畿内・四国を中心に一門で8か国の守護職を占める有力大名で、その嫡流である細川京兆家は代々管領に任ぜられ、斯波(しば)氏・畠山氏とともに三管領(三管四職)の1つに数えられた名門です。

尚、細川京兆家の「京兆」(けいちょう)とは、当主が代々右京大夫の官位に任ぜられたことに由来し、官位である“右京大夫”の唐(現中国)名「京兆尹」のことであり、細川右京兆とも呼称されていました。

ご存知「水戸黄門」の徳川光圀の官位が“中納言”で「黄門」様と呼ぶのと同様です。

細川家の年譜からは“人よ空(むな)しい(1467年)”の「応仁の乱」が特筆されます。

室町足利幕府の後継者争いに端を発し、斯波(しば)家、そして畠山家の後継者争いも加わり、全国の守護大名が京都に集結し「応仁の乱」の戦乱が起こります。

西軍と称される時の将軍足利義政の息子の義尚(よしなお)派と、東軍と呼ばれた義政弟の義視(よしみ)派との対立に起因し、四職(ししき)家の山名持豊(宗全)が西軍の統帥を務め、東軍の総帥を三管領家右京大夫細川勝元が務めました。
応仁の乱を描いた平成6年NHK大河ドラマ『花の乱』では、野村萬斎が細川勝元、そして山名宗全は萬屋錦之介が演じていました。この細川氏が三春細川氏の祖となります。

結局、11年にも及ぶ戦いの末に、京都はすっかり焼け野原になり、足利義政の子の足利義尚が9代将軍を継ぐことになりましたが、もはや将軍の威光はなく、中央では有力な守護大名が室町幕府の実権を握るようになっていきます。

戦国期の騒乱を経て安土桃山時代と時は移り、細川京兆家は以前の権勢をすっかり失って衰退してしまいます。
家督を継いだ晴元の嫡子細川昭元は、室町最後の15代将軍足利義昭に仕え、後に織田信長に仕えます。

以後、昭元の嫡子元勝(頼範)は、豊臣秀頼の近臣として大坂城に在り、大坂の役では豊臣方となり、大坂城落城後は讃岐国に隠棲していましたが、後に妹の嫁ぎ先の秋田実季を頼って当時常陸国宍戸城にあった秋田氏に身を寄せて客分として迎え入れられました。






三春藩(宍戸から転封)の元勝の嫡子義元の代の時に、秋田氏の家臣に列して別格年寄衆(上席家老)として仕えます。

尚、細川昭元と信長の妹“お市”の娘である“お犬”夫妻の間に生まれた長女が三春初代藩主秋田俊季の父実季の正室円光院です。

お市は浅井長政との間に、茶々(淀君)、初(京極高次室)、お江(徳川秀忠室)の三姉妹があり、このお江の子である徳川三代将軍家光と、従姉妹である円光院と実季夫妻の長男が三春藩初代の俊季(としすえ)候で、家光とは又従兄弟となります。

 三春秋田氏は、この由緒により外様大名から譜代並の大名へ格上げされ、さらにこの良縁をもたらしたことで、元勝の息子である細川義元は、秋田氏に好待遇で迎えられます。

義元以降は、宣元(義元の子)、忠元(宣元の子)、孚元(三春藩家老・小野寺泰忠の子で忠元の養子)、昌元(三春藩主・秋田延季の七男で孚元の養子)と続きます。







墓所は、三春城下荒町の三春藩主菩提寺高乾院にあります。

尚、桜谷細川氏はこの細川家の分家で、現在の歴史民俗資料館の場所に屋敷がありました。


    さすけねぇぞい三春!  合掌     蒼龍謹白    拝



春陽郷三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍






| ryuichi | 05:09 | comments (x) | trackback (x) | 「塵壺」三春昭進堂 |
「古の 関を越えれば 日乗山 三春の寺に 阿弥陀草咲く」 真照寺方丈庭園の水芭蕉が見頃を迎えました。




「古の 関を越えれば 日乗山 三春の寺に 阿弥陀草咲く」 御詠歌ヨリ


三春城下新町にある旧三春藩所祈願所真照寺方丈庭園の水芭蕉が見頃を迎えました。

少し早い日程での見頃です。







今年の水芭蕉は、昨年夏に修復作庭した方丈の池と相まって、その可憐な花が綺麗に見えます。







このところの暖かい陽気に誘われて、多くの来場者でにぎわっています。








山内の蒼龍桜をはじめとする桜もつぼみもなんとなく膨らんできたように見受けられます。




皆様のお越しをお待ちしています。






尚、お車でお越しの際は真照寺裏手の水芭蕉墓苑駐車場、及び旧セリ市場跡の新町お買い物駐車場をご利用ください。

また、新町お買い物駐車場に隣接している新町消防屯所には、公衆トイレも併設されていますのでご利用ください。



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂  菓匠蒼龍





| ryuichi | 06:33 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所真照寺::祈願所の四季 |
「奥州三春城下 数珠巡り」



春陽郷と呼ばれる三春には、約1万本以上と云われるの桜が咲き誇ります。

三春城下の桜のうち約2,000本が『三春滝桜』と同じ枝垂れ櫻です。

「日本さくらの名所100選(日本さくらの会)」にも選定。

特に江戸時代の城下町の面影が残る中心部には、寺社の境内など樹齢100年を超える桜がたくさんあります。

『三春滝桜』はもちろん、ぜひ町内でもお花見を楽しみたいですね。


その寺院を巡って数珠玉を集める「奥州三春城下 数珠巡り」です。


 この数珠巡りは、三春まちづくり公社が通年型の観光事業として企画しました。

三春城下の散策に楽しみを加えてみました。





三春城下の参加10寺院を巡り、祈願された各寺院名入りの数珠玉を集めるイベントです。

参加するには、同公社が運営する三春なかまち蔵の物産店「花かご」でスタンプ台紙と親玉セットを購入してからのスタートとなります。




 

その後、各寺院に設置された寺紋スタンプを集め、「花かご」にて各寺院の数珠玉を購入する仕組みです。

春夏秋冬の小さな城下町三春の散策を楽しみながら、思い思いに寺院を巡っていただければ幸いです。



 問い合わせ 三春まちづくり公社(電話0247・62・3690)









本日の水芭蕉






ここのところの初夏を思わせる陽気のお陰で、見ごろを迎えています!


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂



| ryuichi | 05:37 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯::春陽郷三春のイベント |
「Team ONS news」 創刊号 ~私たちがons(小野商店)です。~



「Team ONS news」 創刊号 ~私たちがons(小野商店)です。~


当店の菓子造りを陰で支えていただいている和洋製菓材料卸問屋「株式会社小野商店」(郡山市日出山)様が創刊したコーポレーション通信「Team ONS news」 です。


当店担当の柳沼さんが持参してくれました。







小野社長以下、社員の皆様一人一人の似顔絵と共に会社の意志が見えてきます。


コーポレート・アイデンティティ(英: Corporate Identity 略称: CI)の一環ですね!



小野商店様は、私が修行先である郡山市堂前の「坂内菓子舗」、」そして三春昭進堂入社の平成元年以来のお付き合いです。


坂内さんでの修行を終えて、三春昭進堂入社時には材料問屋さんの選定で、真っ先にお願いしたのが小野商店さんでした。

当時は、代表は創業者である先代の社長でした。


そして、三春には直接出向いてはおらず、三春在住の方が代行して菓子店を廻っていた頃です。


三春昭進堂入社当時、現在も看板商品の一つである「いちご大福」が大当たりして入社スタートダッシュに成功していました。


しかし、いちごは季節ものですので、ネクスト商品を模索していた時には、まだ図景にあった小野商店さんの倉庫にお邪魔しました。

倉庫内で新商品の食材を物色していますと、社長や倉庫担当の方には、アドバイスをいただき見本品貰っては試作を繰り返したことは今でも忘れられません。


現在は、しっかりした担当者がいますので倉庫のお邪魔することはなくなりましたが、試作の相談をしますと各メーカーさんや現社長以下会社内で意見を聞いてくれたりして、日頃の菓子製造や新商品開発の中で、製菓材料の基礎知識からトレンドの材料、そして、各種資機材などを教えていただいています。







現在の担当者にも無理難題を言っては、情報提供を頂いたり、様々な形でサポートいただいている大事な取引先でもあります。


創刊された「Team ONS news」 の中に「社長 月いち通信」、そして「今月のトピック」等が記載され小野商店様が身近に感じると共に勉強になります。


ありがとうございます。




次号も楽しみにしています。



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| ryuichi | 04:58 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
『見にも来よ 春の三春の 水ばせう』 水芭蕉が咲き始めました。 ~清水基吉の句碑




木の芽月とはよく言ったもので、寒さに負けじと芽吹く木々に生命の強さを感じます。

春彼岸も過ぎ、春の気配を感じ始めた北国の小さな城下町三春です。

陽射もずいぶん春めいていますが、今週は初夏の天気という予報が出ています!


そんな陽気に誘われるかのように、三春藩主秋田家の祈願所である真照寺の庭園に咲く水芭蕉と座禅草が芽を出し始め、白い蕾が開花し始めて可憐な花弁が顔を覗かせ始めました。






寒さに気を取られて見過ごしがちですけれど 確実に日も延びているんですね

しかし、まだ空気は冷たくて 春の訪れはもう少しかかりそうですが、それほど先のことでもないでしょう。


よく見ると座禅草も茶色い蕾がしっかりと立っていました。

こちらももうすぐ花を咲かせます。





水芭蕉のまっ白な花の芽の力強さに、心も洗われるような思いがしました

水芭蕉の漢字を眺めていると「素(直)な心で」と語りかけられているような気持ちにもなります。
ひねくれないで、真っ直ぐな心と瞳でちゃんと色々な物を見つめなければと日々反省です。





冬の季節もそろそろ終わり。
もうすぐ春ですね・・・・






作家でもあり俳人の清水基吉の句碑が真照寺の庭園にあります。

清水基吉は、昭和19年の芥川賞(第20回芥川賞・『雁立』)の受賞作家であり俳人です。
戦後は小説家として活躍する一方、俳句の世界で活躍しています。



その俳句が碑になって、真照寺の庭園にあります。

碑には

『見にも来よ 春の三春の 水ばせう』  基吉

の俳句が刻まれています。

碑の裏には、建立者である「昭和五十八年吉日  角田和子 山岸勝子 建立之」と刻まれています。



山岸勝子さんとは、現住職の御母堂さまとなります。


御詠歌に「古の 関を越えれば 日乗山 三春の寺に 阿弥陀草咲く」 
いにしえの せきをこえれば にちじょうさん みはるのてらに あみだそうさく」
とあります。

日乗山とは真照寺のことで、阿弥陀草とは水芭蕉のことを指しています。







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| ryuichi | 05:20 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所真照寺::祈願所の四季 |
「旧三春中学校」の解体工事



三春城下郊外日向町にある「旧三春中学校」が取り壊されました。


三春町中学校再編成・合併に伴って空き校舎となっていました。







やはり、私たちこの校舎から卒業した者にとっては、何かとな感慨深いものです。






自分の子供たちもお世話になりましたし、消防団分団長在任期間には、卒業式や入学式に来賓としてお招きを受けていました。


また、震災後の三春小学校校舎耐震補強工事の際には、三春小学校仮校舎としても活用されていました。


また、三春の記憶が一つ新しく変わります。



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| ryuichi | 05:25 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |