CALENDAR
S M T W T F S
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30    
<<  2021 - 06  >>
CATEGORIES
ARCHIVES
PROFILE
    k1
OTHERS




堀越舘 田村四十八舘 堀越




堀越舘 田村四十八舘 堀越

七郷村大字堀越に在ありました。

三春城主田村氏の臣、堀越尾張守の居城。


三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:33 | comments (x) | trackback (x) | 田村四十八舘2 |
本日火曜日は定休日となっています。



いつも当三春昭進堂のホームページをご覧いただき、ありがとうございます。


本日火曜日は定休日となっています。

お客様にはご不便とご迷惑をお掛けいたしますが、ご了承の程、よろしくお願いいたします。


またのご来店をお願いいたします。







梅雨の朝霧に沈む滝桜です。


天候(降雨予想)を見ながらの早朝散歩です。



時折りルートを変えて歩いていますが、磐越高速道路側道を通ると気なって仕方がないのはやはり「ゴミ」です。












画像では判りずらいかもしれませんが、刈りっぱなしの草の下には何層にもなった古い草とゴミのミルフィーユが////

しかもアルコールの空き缶が多いように思えます。


高速道路を走行中の車両からのポイ捨てか?側道からのポイ捨てか?


いずれにしても、何とも解せないのはアルコールの空き缶です。


滝桜までの一般道にも落ちています。







さすがにこの中は立ち入り禁止ですので手は出せませんが、道路維持の草刈りはごみは管轄外ということなのでしょうか?


三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:33 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
谷田川舘  旧二瀬村大字田谷田川 田村四十八舘




谷田川舘  旧二瀬村大字田谷田川 田村四十八舘



三春城主田村清顕の臣、石井豊前守(通称彌八郎と称す)の居舘

  旧二瀬村大字田谷田川字西曲淵にありました。

舘は、回字形を成しており一見では舘とは知られず、天正年間の会津城主芦名盛氏との戦いではその舘機能が活躍し防戦したと伝わっています。


田村家の家臣達は、田村庄及び小野保(現在の小野町)に、後に云う田村四十八舘を築き、それぞれ本拠として防備の為に領していた。

又、重臣である田村一族や直参などは三春城下にも屋敷を与えられ、三春城の一郭を成し非常時に備えていました。

月斎以下重臣屋敷が城近くに配置され三春城の防御の要を成し、常に田村家に近侍する直属の旗本不断衆千騎の屋敷も城近くに集中していました。


三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:16 | comments (x) | trackback (x) | 田村四十八舘2 |
6月の「ちょっくら市」はお休みです。




6月の「ちょっくら市」はお休みです。

7月は

7月16日㈮



三春の里 自然観察ステーション

で開催しますので宜しくお願いします

詳しい内容はインスタで

| ryuichi | 04:27 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
”team yammy” supportersTシャツ2021が届きました。




白河出身(安積女子高合唱部)で、京都を拠点にワールドワイドに活躍されているシンガー yammy* (ヤミー)


その応援隊ともいうべき”team yammy” supportersTシャツ2021が届きました。








もちろん当店の”おたりまんじゅう”のロゴもしっかり入っています!

3月には、Yammy* - GUITAR & A MICROPHONEとして 三春城下馬場の湯温泉・若松屋旅館にて、しっかりとソーシャルディスタンスを確保して、無事に故幕田専務の追悼追善供養のコンサ-ト行なう事が出来ました。





本当にありがとうございました。









三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:10 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
2021 梅雨時期の宇賀石様の整備






コロナ禍で会議や会食などの夜の外出も少なくなり、就寝時間が早くなっています。さらには、歳のせいでしょうか、毎朝3時には目覚めています。

夜遊びを忘れてしまいそうです💕





今朝も何とか4時までベットに中で目を閉じて寝ているふりをして、仕事の事や、毎朝の滝桜までの散歩、そして、宇賀神さん草刈りや、宇賀神桜の根元付近を流れる湧き水の排水整備等々のシュミレーション😀をしています。







今朝は降雨レーダーでは小雨模様でしたので宇賀神さんへ桜の根元水路整備に行って来ました。

水草の猛繁殖と先の雨での土砂流入の為か水の流れが滞っています。











農面道路及び農道整備に関わる新田再開発等によって約40年位この様な現状です。


湧き水は近くにあり、地理的条件はそんなに変化はない様に思いますが、やはり長い年月このままですと桜のためには根グサリが心配です。





施工前




施工前


先の周辺整備に中で排水路を確保しましたが、先の大雨で土砂が流入しているようです。


現在のところいくらか流れている様ですが、既存の排水経路を掃除して長期的に安定した排水路確保に向け時間を作って整備をしたいと考えています。

また、水が溜まりやすい社前の踏石を嵩上げして土砂に埋もれるのを回避する様に細工してみました。








あとは、宇賀神桜の下枝(ヤゴ)の除去です。


「桜伐るバカ、梅伐らぬバカ」と言いますように、桜は病害虫に弱く、剪定や摘枝による切り口等から、害虫の侵入や病気の感染への耐性が弱いと聞いています。


ここで磐梯造園三春さんにアドバイスをいただき切り方と場所、そして、傷口補修剤を教えてもらいました。






何だか楽しく庭いじり、作庭している感じです。

以前知り合いに「ここも龍一さんのテリトリーですね💕」「神仏に奉仕させてもらえるなんて幸せだよ〜」などとと言われたことがありますが、我ながら楽しくて仕方がありません。







桜の根本から水が流れ出し、休耕田に水が回っています。


「根腐れ防止」という観点から排水処理の為に手掘りで側溝を造ってみました。









毎朝少しずつの作業です。


朝靄の中、小鳥のさえずりや水の音を聴きながら小一時間、これが楽しいのなんのって~ 言葉には云い表せません






剪定鋏での手刈りですが、少しずつ草刈りして、景観と道路の見通し確保に努めています。








駐車場側の側溝掃除も行いました。





アスファルト舗装の大きな塊が側溝の7土砂の中から掘り出しました。

土砂や落ち葉などの堆積物をせき止めていましたが、これで少しはスムーズになるでしょう。







道路にある側溝を勝手に掃除すると役所の方から何か注意を受けるかもしれませんが、側溝つまりで同の土砂や雨水が道路に溢れ出るのを防いで車のスムーズ通行に寄与したいと考えています。


また、旧道と農免道路の組み合わせにより側溝の構造が少し無理がある様に思います。

農免道路ですのでしたかがありませんが、宇賀神様の周辺整備の原因で道路に不都合があるというのだけはさせたいと考えています。









宇賀神様も道路に相対して建立されているのも、目前を通る方々の安全を願っているのかもしれません。


これらは、奉仕作業をさせていただかせてもらっていることへの感謝と、御布施行だと思っています。


そして、商売繁盛祈願。








宇賀神様ナニコレ珍百景登録記念奉仕のメンバーである、LCサービスの佐久間氏は草刈り、根本看板店の根本氏も側溝の土砂上げ・・・ お疲れさまでした。




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:22 | comments (x) | trackback (x) | 宇賀石 宇賀神さま |
下枝脇舘  御舘村下枝 田村四十八舘




下枝脇舘  御舘村下枝 田村四十八舘



三春城主田村氏の重臣、横田盛尊・平内左衛門の居舘

現郡山市中田町下枝にありました。


横田盛尊は、会津城主芦名盛實の出で、盛實の二男綱實で、安積郡横田城に在って横田氏を名乗ります。

其の五世の孫にあたる盛兼の代になって、須賀川城主二階堂遠江守によって横田城は陥落、平姓田村満顕に属します。

以来、代々田村氏に仕え金屋平舘に居住します。

盛兼の孫、盛尊になって下枝脇舘に移居し、後の綱晴の代、天正十八年に三春田村氏の没落により帰農し、柳橋村字篠坂(現中田町柳橋字篠坂)居住します。

以来、その子孫が継承して十四代(明治期)当代の朝右衛門まで横田氏伝来の寶を伝承していまと伝わっています。

三春田村氏没落後に廃城となります。



田村家の家臣達は、田村庄及び小野保(現在の小野町)に、後に云う田村四十八舘を築き、それぞれ本拠として防備の為に領していたが、三春城下にも屋敷を与えられ、三春城の一郭を成し非常時に備えていました。月斎以下重臣屋敷が城近くに配置され三春城の防御の要を成し、常に田村家に近侍する直属の旗本不断衆千騎の屋敷も城近くに集中していました。

三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍




| ryuichi | 04:00 | comments (x) | trackback (x) | 田村四十八舘1 |