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鷹巣の鎮守様の歴史について



鷹巣の鎮守様の歴史について

部落の鎮守「八雲神社」の右側、本殿の社の横の所より、山道を上り裏の小高い所に、先祖の方々が鎮守様として奉っていた社があります。

今も石の宮様とお呼びして、大勢の人がお参りをしております。

十坪ほどの広さの所に、間ロ二尺 奥行き四尺の総石造りのお宮が二社並びて祀られ、さらに周りに十三体の小さな祠が奉られています。






石のお宮に、奉られている神様は、

鷹巣神社、祭神 国之常立命『クニノトコタチノミコト」

五龍神社 祭神 大綿積見命『オオーワダッミノミコト」

神の名祥が板札に記されており、日本の神々の辞典に書き記すところによれば、「大綿積見命」とは、伊邪那岐神、伊邪那美神二神の御子で、家宅の守護神であり又農の神であると記されております。

「国之常立命』とは、神の名の国とは天に対する地の意味で、浮脂の如く漂よう水のに固まった所が十地となり、国土となり、その国をお守りする神であり、神世七代の第一代の神と記されています。

部落でこの神様を勧請建立し奉り始めた年代は、弘仁十年と記されて、『嵯峨天皇の時代」その後社を改築、石のお宮の裏の壁には文政五年九月吉日建立村惣氏子と刻まれ読むことが出来ます。





鷹巣村 総鎮守「大元帥明王」 明治維新により鷹巣神社と改称

祭神 国常立命 (旧 大元帥明王)

由来
當社勧請之儀者 弘任十己亥年二月二十五日
磐城守山より奉還、同藩管内山中村神主柳沼市太夫神勤仕、己亥歳毎に営来
是即ち、一天泰平国家平穏之神事に御座候

その後、文明十七巳年、藩記山中村神主柳沼玄蕃、神人柳沼山ノ守、同民部代則、祭の折に鷹巣村近郷より寄付方控左書綴奉するとの記しあり。


今般(明治三年頃)
王政御一新に付き、柳沼安芸方を明治二年に譲って以来、田村大和、そして、鷹巣村鷹林和泉の両神主を神勤仕して鷹巣神社頭往右勤請


明治三年 庚牛 鷹巣村 神主 田村大和 (威徳院賢晃改名、さらに大和を経て清見と再度改める)田村清見氏は鷹巣小学校初代校長

※明治新政府が神仏分離令を副布告した際の答弁書とおもわれます。


然る處に、嘉元乙己年 再造立之遷宮式








十三体の小さな祠 詳細

・三渡神社 天牟良雲命 琴平様
・熊野神社 伊邪那岐命 伊邪那美命 鎮護社地
・天 神社 天穂日之命 鎮護所
・愛宕神社 火産霊命  鎮護所
・山神神社 大山津見命 鎮護所
・地 神社 埴山毘賣命 鎮護所
・荒 神社 久延比呂神 鎮護所
・地 神社 埴山毘売命 鎮護所
・戸隠之神社 磐戸別命 鎮護所
・神明社  撞賢木厳之御魂天疎向津媛命 北之内
・稲荷神社 宇迦之御魂命 鎮護所
・熊野神社 伊邪那岐命 伊邪那美命 鎮護所
 威徳院賢晃 傳錦汝  右之通御座候也  明治三年 鷹巣村神主 田村大和(威徳院賢晃改名)








時代が明治となり、明治四年、政府は「神仏判然の令』を下し、神道国家の教化の政策を進めて、国中の神々の社格の律令制を確立し、官幣社、国幣社、府県社、郷社、村社、無格社等のよっての定めにより、部落の鎮守神としての、格付の申し渡しが有ったと記されています。

右の様な世代の流れの中で、鷹巣地区の石のお宮の鎮守様が、国の定めによる村社としては認められず、その筋より、鷹巣地区では、沼沢部落の鎮守様「春日神社」を沼沢と一緒に奉るように、との申し渡しがあったと記録に記されています。

この様な神社の移り変わりのなかで、鷹巣の部落では、部落単独の鎮守の建立の会議を重ね、字瀬山にお奉りされていた「牛頭天王様』を部落の鎮守と定め、泉田地区に社を建立し、明治九年牛頭天王を分霊して「八雲神社」と名祥祭神 は『健速須佐男命』

遷座遷宮して、同十年に奥の院本殿を建立、総工費七百拾四円参拾弐銭五厘をもって完一成と書き記されております。また、明治二十二年御輿を買入し代金 五十七円六十二銭と記され、以て村中の渡御を行なって、明治三十五年には猿田彦装束一通りを整えて、金額武十八円と記されています。

その後、昭和四年十月改築工事により、奥の院の覆社、拝殺の屋根を銅版葺に、改築され、工費二千八百八十五円也と記されております。
さらこ、昭和十四年参道の敷石布設工事を行なっており、以上のことが神社記録に記入されております。

瀬山地区の牛頭天王様の勧請は、七竈の首長橋本刑部左ェ門が、尾恊津島より勧請し奉ると記されていますが、尾恊津島の場所とは、愛知県津島市で、八雲神社の総本社は津島神社と推測されます。


津島神社の祭神は、『健速須佐男命』、「津島牛頭天王」社と奉じ、今日でも「津島の牛頭天王様」と尊称され、全国牛頭天王の総社として三千社の御分社があります。

この様に、鎮守様の歴史を知り、建立、改修工事にと、さらに本殿回りの彫刻のあまりにも見事な荘厳さ、拝殿の銅板葺屋根等の工事記録を見聞した時、先人たちが村中一丸となって完成された神殿造にまことに深い感銘を受けます。

昭和の時代になり、私たち(本年齢90)小学生の頃、春のお祭りの時には小学校四年生より以上の人たちによりお祭りの奉納剣道を行っていました。



鷹巣菖蒲作 影山勇氏文書 参照




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 04:53 | comments (x) | trackback (x) | 旧中妻村::鷹巣 |
今年(2021)も中妻・沼澤の清水田様から「柚子(ゆず)」をいただきました。




今年も中妻・沼澤の清水田様から「柚子(ゆず)」をいただきました。

柚子味噌、柚子湯、ポン酢に添えても・・・


冬至を前にあれこれ使い道を考えています。








こんなには食べれませんので、「お裾分け」として店頭で御入用な方に差し上げています。



ご家族分をお持ちいただければと思います。






数に限りがあります。


お早めにどうぞ!




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍




| ryuichi | 05:09 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2021「I'm back!! ~ROCKは止まらない~」 ゼビオアリーナ仙台公演



EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2021「I'm back!! ~ROCKは止まらない~」 ゼビオアリーナ仙台公演



2年ぶりの永ちゃんコンサート

アリーナの最前列です💕

Rock’n’roll いイェ〜 ♬







ライブが始まったら三メートル先、永ちゃんが居る!

目の前に永ちゃんが居る、目が合って微笑んでくれてる❣️






マイクを通さないでも声は聞こえる〜

なんなら鼻毛まで見えるのでは(*_*) というくらいの距離感です。






永ちゃんコールが出来なくても、タオルを放ることが出来なくても・・・・


永ちゃんのライブは最高です!


社会人として酸いも甘いもなんとなく経験してきた還暦近いイイ歳こいたオッサンになった今でも ライブに足を運ぶのは、何もガキ臭くカッコイイってだけの印象で昔のイメージを引きずっているのワケではなく、 一つの職業を自己完結型の仕事としてこなし、且つ第一線で40年以上も全うしている永ちゃんの人間性の素晴らしさに憧れと共感を持てるからに他ならない。






これは神様からのご褒美だと思います。

それを惜しげもなく堪能させていただきました!


永ちゃん最高!

祭は終わりましたが、たくさんエネルギーをもらってきたので、明日からまた頑張ります。







「前向きなうぬぼれ(己惚れ)」という言葉は、私の大好きな永ちゃんの言葉の一つです。

「うぬぼれと言うといやらしく聞こえるけど、
考え方一つ変えていい取り方すれば“うぬぼれ”屋ほど自分の主張を大切にしているんですよ。“前向きな己惚れ”ならいくらうぬぼれてもかまわないんです。それは言い換えれば自信だから。自信ということは何かといえば責任なんですよ」
                              矢沢永吉



三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:49 | comments (x) | trackback (x) | 「前向きな自惚れ」永ちゃん、最高❣️ |
宇賀石様 周辺整備最終段階完了! 2021.11.18



宇賀石様の境内整備 



境内に残っていた桑の切り株を撤去しました。


沼之倉にある吉村管工所代表で、友人の吉村さんのご協力のもと懸案だった「桑の切り株」と撤去と宇賀神桜下の水路確保を完了することが出来ました。






桑の木は生命力が強く、切り株からも成長して、3年もすれば巨木になると云います。

このままほったらかしにしていくと、折角元のお姿に戻った宇賀神様の周辺が、また雑木林に戻る可能性もあります。

私もあと50年はどう足掻いても生きられません。

次世代へつなぐためには、切り株をどうしても撤去しなくてはなりません。






そして、もう一つ気の気がかりは湧き水の排水路です。

こちらも元の姿を取り戻した「宇賀神桜」が根腐れするとも限りません。


私たちが携われる今生の世に、思い切って整備しておかないと次世代へ繋げません。


宇賀神様とのご縁から、テレビ「ナニコレ珍百景」、そして、桜にまとった藤の巨弦及び桑の木伐採撤去、駐車場整備等の周辺整備の最終段階です。







お陰さまで無事作業が終了して、地主である鷹巣北ノ内橋本吉正様にご報告をしてまいりました。







ちょうど、昨今の新型コロナウイルス拡大・発生とと共にご縁をいただいた宇賀石様です。


橋本様や高屋敷稲荷神社様と懇意にしていただけるご縁をいただき、整備に携わった友人たちとの絆もなお一層深くなりました。


そして、コロナ禍の中で商売が順調に推移していることなど、感謝しかありません。


コロナの終息の兆しが見えた昨今に最終の作業完了して、私たちも気持ちが晴れ晴れしたところです。


今後とも、お車、そして足元に注意してお詣りくださいますようお願い申し上げます。





三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍




| ryuichi | 04:12 | comments (x) | trackback (x) | 旧中妻村::宇賀石さま |
本日は、勤労感謝の日祝日の代休とさせていただきます。




本日は、勤労感謝の日祝日の代休とさせていただきます。



またのご連絡をお待ちしています。




御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:10 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
KFB福島放送#シェア 第二回目の三春担当回でした。




KFB福島放送#シェア 第二回目の三春担当回でした。

見ていただきましたか?


真照寺紅葉ライトアップと馬場の湯若松屋の紹介でした💕







孫みたいな豪栄道君も、自然な演技?で名を和ませてくれています!








池が鏡みた稲井家に移りこんだ紅葉をお届けすることが出来ましたでしょうか?







そして、城下飲食店のご案内は馬場の湯の若松屋さんです。


タイミングよく滋賀から来た友人と食事をする機会がありましたので、一緒に出演してもらいました。







さてされ次回はどこにしますか・・・・紹介したいポイントが多すぎて迷ってしまいます!




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:51 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::メディアで紹介されました |
本日、令和3年の「三春昭進堂菓匠蒼龍えびす講祭」です。


 
 令和3年「三春昭進堂菓匠蒼龍えびす講祭」 商売繁盛 祈願  三春昭進堂


令和3年の「三春昭進堂菓匠蒼龍えびす講祭」は、11月23日(祝・火)です。


恵比寿さま縁日の旧暦10月20日は、24日(水)です。

その日は定休日となる為に勤労感謝の日である23日の恵比寿講祭となります。


三春昭進堂では、恵比須様への商売繁盛 祈願、そして、お客様への感謝の記として「えびす講祭」にご来店のお客様には、日ごろの感謝を込めて「一口すあま」をプレゼントいたします。


両日とも、末広がりの八十八名様分を予定しています。









店内にえびす様の掛け軸を飾り、家にあるお金を一升枡に入れて供え、落雁用の魚の木型や旬の野菜なども供え、「えびす様大黒様」に対して、商売繁盛、財運に恵まれ、また子孫繁栄が叶う事を祈願します。





旧暦10月は晩秋ではなく初冬の時期なのであって、この月の行事には1年も、いよいよ終わりに近いという気分が込められている用に思います。


昭和8年生まれの父親は、この日に必ず、商家の小僧や丁稚が足袋を履けるのは、恵比須講の日からといっていました。









恵比須講は商人にとって非常に大事な行事であり、商家の正月のようなものであったようです。


業種によっても異なりますが、多くの商家では春から秋にかけての繁忙期、いわゆる「掻き入れ時」がほぼ済んで一年間の取引状況を総括して次年度への見通しと計画とを立てるべき時期にあたっており、この日に商売の神である恵比須神を祀って繁昌を祈願し、盛大な祝宴を催すことになっていたと伝えられています。





 


商いは、秋に実った果実を交換することに始まったといわれています。

このことから私どもは“手塩にかける”ことを学んでいます。

これこそが商いの原点であると思います。
 




   蒼龍謹白    合掌




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍




| ryuichi | 04:23 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |