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熱塩温泉 202.8 喜多方出張のおまけ



喜多方へ出張がありました。

日帰りはもったいないということで、折角ですので熱塩加納村の熱塩温泉に湯浴みしてきました。





源泉の湯元である曹洞宗護法山示現寺に参詣し、自由民権運動の際の「加波山事件殉難志士顕彰墓碑」に手を合わせてまいりました。






山門には、曹洞宗の根本となる「只管打座」を現す「第一義」の扁額が掲げられてあります。










30数年ぶりとなる熱塩温泉です。

其の昔、三春菓子組合青年部があったころにみんなで宿泊した宿「ふじや」さんです。






塩っぱい熱塩温泉でさっぱり!






美味しい料理に・・・






美味しいお酒・・・








身も心もすっきりとリフレッシュ!




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:29 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録 |
本日火曜日は定休日となっています。

残暑お見舞い申し上げます。


本日火曜日は定休日となっています。




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍



| ryuichi | 04:37 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
平成版三春城下絵図「三春物見遊山」~海道の表記について



平成版三春城下絵図「三春物見遊山」~海道の表記について


江戸時代の絵図を見てみますとほとんどが道に「海道」と記されています。

「街道」ではありません。

「海道」です。

それに則って雰囲気を出すために、当店発行平成版三春城下絵図「三春物見遊山」内に表記された道は「海道」と記しています。


江戸時代の文献を見ますと、東海道・木曽海道・越前海道・伊勢参宮道・水戸海道・甲州海道・大山参詣道・紀州道・日光道中等・・・



現代の通念である「街道」という表記はみあたりません。

海道の表記以外は「道」もしくは「路」と記され「街道」の表記が現れてくるのは、明治以降の地図からとされています。



三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:07 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
小峰満政等二十人連署一揆状 応永十一年(1413年)





小峰満政等二十人連署一揆状 応永十一年(1413年)




一揆契状(けいじょう)を取り交わした国人一揆は、守護などの外部勢力の侵入に反対する在地領主層の軍事同盟として形成されていました。

また、一揆契状に境相論や市井での紛争などに対する解決措置とともに、逃散の領民百姓や下人への対応策なども書かれているのがあり、領域内の農民支配を貫徹するための組織であったと考えられます。




安積郡伊東氏を中心とする一揆諸将 松藩捜古所文書()内は、有造館本結城古文書写 所属氏

須賀川刑部少輔行副 (稲村刑部少輔行嗣)二階堂氏 須賀川市守屋?

篠川藤原滿祐 (佐々川藤原満祐) 伊東氏 安積町笹川?

伊東下野七良藤原祐持(伊東下野七郎藤原祐時)伊東氏 喜久田町堀之内?

窪田修理亮祐守 (窪田修理亮祐守) 伊東氏 郡山市久保田

高倉近江守鎖定 (高倉遠江守顕貞) 田村氏 中田町高倉

大豆生田沙弥通綱 (大豆生田沙弥道綱) 伊東氏 大槻町

小峯藤原滿政 (小峯藤原滿政) 白川氏 白河市

下枝沙弥性善 (下枝沙弥性善) 田村氏 中田町下枝

御代田平季秀 (御代田平李秀) 田村氏 田村町御代田

中津川三河守秀清(中津河参河守秀清)田村氏 中田町中津川

川曲宮內大夫季隆 (河曲宫内大夫季隆)田村氏 中田町川曲

猪苗代三河守盛親 (猪苗代参河守盛親)葦名氏 猪苗代町

河內藤兵衛祐春 (河內藤原祐春)伊東氏 逢瀬町河内

多田野沙弥遲久 (多田野沙弥聖久) 伊東氏 逢瀬町多田野

川田左衛門尉祐義 (河田左衛門尉祐義)伊東氏 三穂田町川田

名倉藤原祐清 (名倉藤原祐清) 伊東氏 名倉町

阿子嶋藤原祐清 (阿子嶋藤原祐善)伊東氏 熱海町安子島

部谷田沙弥勝慶 (社谷田沙弥慶勝)長沼氏 郡山市日和田

中路沙弥性久 (中路沙弥性久) 伊東氏 湖南町中地

稲村藍質滿藤 (藤原滿藤)二階堂氏 須賀川市稲村



石川氏を中心とする一揆諸将 秋田藩家職白川文書

松川源朝光 石川氏 東白川郡古殿

蒲田長門守光重 石川氏 東白川郡古殿

牧源盛光 石川氏 石川郡石川町牧

前田河沙弥祐菊 伊東氏 須賀川市前田川

守屋藤原祐国 二階堂氏 岩瀬郡岩瀬

取平沙弥慈本 

富田藤原祐昌 伊東氏 郡山市富田

早水藤原祐藤 伊東氏 郡山市早水

八俣沙弥長源 石川氏 石川郡平田村

神山沙弥祐金 伊東氏 三春町熊耳

田口民部大輔光顕 石川氏 東白河郡古殿

面川掃部助光高 石川氏 平田村永田?

中畑上野介師光 石川氏 西白河郡矢吹

小貫修理亮光顕 石川氏 石川郡浅川

炭釜源貞光 石川郡玉川

小高源藤光 石川郡玉川

左近将監政光 石川氏 不明



戦国期の田村領では、田村氏の一族である「家門」を中心とした地域的な家臣団編成がなされ、この「家門」は、それぞれの所領を持ちいわゆる「在家」を配下として半自立的な傾向を持ちっていたとみられ、田村領における東西南北の配された各々の要害・城館の配置、そして与力騎馬武者の数や館下における街並み整備等の構造にからも見て取れます。

応永六年(一三九九)、南奥諸将の支配の監視するために、時の鎌倉府政所から篠川公方、そして稲村公方が派遣されます。
応永11年に結ばれた「仙道国人一揆(応永十一)」を見ても判る通り、 南奥の領主は、その両方の差配を受けることになり、安積郡の伊東氏、田村荘の田村氏、岩瀬郡の二階堂氏、石川郡石川氏などは、両方のもとに組織化された。

この一揆状を見ますと、伊東氏を中核として伊東氏以外にも多くの領主が参加した一揆、石川氏を中核とした一揆には、伊東氏と石川氏との連携した一揆であることが解ります。しかし、田村氏を中核とした一揆は、全ての一揆勢が田村氏配下とみられ、この一揆そのものに田村氏の御家門一族一揆であると考えられます。

「仙道国人一揆(応永十一)」から時代は百年ほど後になる戦国時代末期の田村家中が、室町期に結ばれた一族一揆を母体として形成され、田村氏の一族である「家門」を中心として、田村荘(庄)を中心とした田村領(小野保含)の中で編成されていることも納得できます。





三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍



| ryuichi | 04:04 | comments (x) | trackback (x) | 戦国大名 三春田村氏::御春輩(みはるのともがら) 田村武士衆 |
悠大くんと夏休み! 郡山市立美術館で開催されている、超体験型ミュージアム「魔法の美術館」に行ってきました。



孫みたいな悠大くんと夏休み!


郡山市立美術館で開催されている、超体験型ミュージアム「魔法の美術館」に行ってきました。






悠大君も初めての郡山市立美術館ということで、ちょっと緊張している様子でしたが・・・・慣れてくれば何のその!




爺さん役の私も一緒に楽しめました!





子供たちも大きくなったので、子供を対象とした美術館は久しぶりです。


















古都らでラーメン食べて大満足の様子です!



いい夏休みとなりました。



三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:02 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
「身代わり地蔵尊祭礼」 三春城下清水 天沢寺



三春城下清水にある萬年山天澤寺山内にある、安寿と厨子王伝説の残る「身代り地蔵尊」堂です。

地蔵盆の昨日、「身代わり地蔵尊祭礼」が開催され、法要と大数珠繰り、そして、ご詠歌がありました。


地蔵尊祭典では、大数珠繰りが行われます。
参集した方々が大数珠を手繰ります。

大きな房が自分の前に来るまでの間は、お地蔵様の御真言「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ」を一心にお唱え致します。

古来より地蔵盆の大数珠を体に当てると、邪気を払い除け、身を清めてくれると言い伝えられています。





天澤寺山内 「身代わり地蔵尊」

安寿と厨子王の祖母が、三春城下に居たと伝えられて、その子孫がこのお堂を建立して身代わり地蔵尊を安置しました。
 
物語は、平将門の子孫で、相馬藩相馬氏と縁のある岩城判官平政氏は、康保4年に賊将が朝廷に背いたときに、それを討伐した恩賞として奥州の津軽郡、岩城郡、信夫郡を賜って岩城に国守として着任してきました。
 
政氏には2人の子があり、姉は家臣・村岡重額の妻となり、弟の政道は父の後を継ぎました。




この政道が、安寿と厨子王の父親です。

しかし、家臣である村岡の陰謀によって父正道が無実の罪を着せられ西国に流罪となります。

安寿と厨子王、母、乳母の4人は、朝廷に無実を訴えようと京へ向かいますが、越後の直江津にたどり着いた一行は、人買いにだまされ、安寿と厨子王が丹後に、母と乳母は佐渡に売られてしまいます。

 丹後の由良で"山椒太夫"に買い取られた2人は、つらい労働を強いられます。

安寿は、弟の厨子王を密かに逃がしますが、ひどい拷問の末に命を落とします。

一方、厨子王は姉から渡された地蔵菩薩の霊験により身を守られ、無事京都にたどり着きます。




後に、父の無実が晴らされ国守に再任された厨子王は、長い苦難の末、母と再会するというお話ですが、お話の中に2人の災難を身代わりとなって救うお地蔵さまが出てきます。

それは、安寿と厨子王が山椒太夫の屋敷で仕置きを受け、やけどを負ったときのこと。母から預かった家宝の地蔵尊像に祈りを捧げると、不思議や痛みや傷は消えたそうですが、その代りこのお地蔵さまにやけどの傷があったと伝えられています。




 
この話に出てくる地蔵尊像が、天澤寺境内「身代わり地蔵尊」です。

 かつては1月24日の初地蔵と8月24日の地蔵盆には、多くの参拝者でにぎわい、地蔵和讃や御念仏を唱えてお地蔵さまに感謝し、家族の安全を祈願していました。



 
また、戦前には出征兵士の武運長久を願う家族の参拝が絶えなかったといいます。

 今でも参拝する方々やご家族のその身に降りかかる病気や怪我などの災難を身代わりとなって負っていただけるという有り難いお地蔵さまです。

親が子供の代わりに善根を積むことによってを積めず亡くなり、地獄 へ堕ちても、お地蔵 様はやはり身代わり となって地獄 の苦を引き受けてくださるのです。

亡くした我が子のためを思うならば、他の子供たちのためになって善根 (ゼンコン…善い結果をもたらす善い種)を積むことと説かれています。

 こうしたお地蔵 様は「常に衆生の傍らに応現す」と説かれており、心一つでお地蔵 様のご加護をいただけます。
 





春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂




| ryuichi | 03:40 | comments (x) | trackback (x) | 三春城下歳時・風土記::歳時記 |
KFB福島放送  23日放送の「シェア」は、三春担当の私三春昭進堂の髙橋が三春をご紹介します。





KFB福島放送 

23日放送の「シェア」は、三春担当の私三春昭進堂の髙橋が三春をご紹介します。








今回はみちのく霊泉 やわらぎの湯 (yawaragi-no-yu.jp)

やわらぎの湯さんのスタッフのほとんどの方が出演してくれました。
みんなでシェア!

・ランチメニューはラーメンうどん等券売機のみ

・夕食は健康志向のヘルシーメニューで、毎日日替わりの約30種類の手作り料理のバイキング

・現在は、全てさらに一人前ずつ小分けしています。



・浴室、岩盤浴室ともに撮影禁止ですが今回は特別に撮影させていただきました。



・岩盤浴専用の浴衣(自前でも構いません)、ござ(必須・持参可能)は有料の貸出品です。

・お風呂も、健康に良いとされるラジウムが気化して浴室を満たしているということで窓は開放していません。






    みちのく霊泉 やわらぎの湯



1回入浴

午前8時~午後7時30分受付 ●午後8時30分営業終了



風呂600円・岩磐浴600円 ※大広間利用はできません。





1日コース

●午前8時~午後5時まで



1,700円 ※大広間が利用できます。



宿泊:一泊6000円~

チェックイン正午〜 チェックアウト午前10時








本館・大部屋、個室。コテージ・別館

食事付き、自炊 料金は電話にてお問い合わせください



■定休日

年中無休(メンテナンスのため毎年6月末に4日程度休業)

■駐車場

無料駐車場あり(本館・第二駐車場・第三駐車場)総台数220台

※随時送迎いたします。

■電話

TEL.0247-62-2153 FAX.0247-62-8688

〒963-7746 福島県田村郡三春町馬場224






影山功芳(かげやまかつよし)社長

佐藤綾香(さとうあやか)マネージャー

影山芳郎(かげやまよしろう)料理長

渡辺正一(わたなべしょういち)スタッフ

桑原崇(くわばらたかし)私の友人




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍






| ryuichi | 04:27 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::メディアで紹介されました |