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KFB福島放送「シェア」とふくしまFMのコラボ企画「シェア旅×ふくしまFM」ということで・・・・本日、午後3時48分からのシェアで放送で



福島県ローカル番組「シェア!」(月~金 午後3時48分から放送中)

県内59市町村の魅力をアナウンサーが再発見!

ふくしまFMとのコラボ☆矢野真未アナウンサーが【シェア旅】のロケに!


最終回の今回は、食べて食べて食べまくる!!

#シェアkfb #ふくしまFM #矢野真未 #三春町 #グルメンチ #おたりまんじゅう #お寿司&ビール











ふくしまFMの人気パーソナリティー 矢野真未さんにご来店いただきました!


”生・矢野真未”ですよ~ ♪

KFB福島放送「シェア」とふくしまFMのコラボ企画「シェア旅×ふくしまFM」ということで・・・・本日、午後3時48分からのシェアで放送です! 








しかし、ラジオではいつも聴いている”ふくしまFMラジオグルーブ・矢野真未”さんですよ・・・


美人です!


ふくしまFM「ラジオ・グルーブ」にも・・・



本日、放送です!


尚、私の担当する次回ふるさとシェアは、7月27日(木) 放送です。

こちらもお楽しみに~



これも役得、滝桜、そして、三春のお陰です!








三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:11 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::KFB「シェア!」 三春 |
KFB福島放送「シェア」とふくしまFMのコラボ企画「シェア旅×ふくしまFM」ということで・・・・明日6月30日金曜日、午後3時48分からのシェアで放送です! 




ふくしまFMの人気パーソナリティー 矢野真未さんにご来店いただきました!


”生・矢野真未”ですよ~ ♪


声はいつも拝聴していましたが、お目にかかるのは初めてです。

ご来店の際には、パッと見20代前半

今年大学を出研修を終えたkfb 福島放送の新人アナウンサーと思って話をしていましたが、この落ち着き、この声は?もしや〜

まさかの矢野真未さんでした♪


KFB福島放送「シェア」とふくしまFMのコラボ企画「シェア旅×ふくしまFM」ということで・・・・明日6月30日金曜日、午後3時48分からのシェアで放送です! 







丁度、先のシェア三春町編「紫雲閣と山惣」の総括をしていた神設備代表も同席です!


しかし、ラジオではいつも聴いている”ふくしまFMラジオグルーブ・矢野真未”さんですよ・・・


美人です!


ふくしまFM「ラジオ・グルーブ」にも・・・



明日6月30日金曜日の放送です!


これも役得、滝桜、そして、三春のお陰です!







三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:59 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
城下新町鎮守「田村大元神社夏季祭礼」 神社総代さんたちによる注連縄造り!




三春城下新町鎮守「田村大元神社夏季祭礼」 神社総代さんたちによる注連縄造り!


毎年、祭礼前のこの時期田村に大元神社の石造鳥居に掲げる注連縄を総代さんたちが手作りで造って奉納しています。






鳥居、本殿、拝殿、末社熊野宮・八幡宮、そして、仁王門、手水社、さらに・・・社務所


之だけの数を皆さんで仕上げています。





※ 旧三春藩五万石領内総鎮守「大元帥明王」のお祭り

※現在は城下新町の鎮守様 田村大元神社

旧三春藩の領内総鎮守の祭礼 起源は古く戦国末期より500年余続く祭礼
新町字民をはじめ城下を中心に三春の町民が広く氏子として奉仕しています。


7月15日(土) 宵祭 新町縦町

7月16日(日) 夏季例大祭神事 社殿 

       町内神輿渡御 町内一円

    還御(神輿が神社に還る) 新町縦町 




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:46 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社) |
本日火曜日は定休日となっています。


本日火曜日は定休日となっています。

またのご来店をお待ちしています。



三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 03:03 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
可愛らしいお客様のご来店! 三春小学校2年生の児童にご来店いただきました。




可愛らしいお客様のご来店!


総合学習の時間ということで、雨の中三春小学校2年生の児童にご来店いただきました。


三春の将来を担っていく三春健児です。






長い歴史のなかで様々な変化してきた激動の時代を乗り越えてきた三春。

この三春を発展させてきた原動力というのは、どの時代も私たち民衆の強い意志と行動であったことを”歴史”や”仕事”、そして”祭礼などの地域活動等々の中に在るんだろうと思っています。






この様々な成長の場を提供していくのも、私たちがこどもの頃に先人に学んだことへの恩返しになるんだろうと考えています。




さらには、こうした学びの世代交代・繰り返しが、地域の文化を作って行くんだろうという考えの下、私たち三春昭進堂は、そんな願いを込めて活動を進めています。


三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:48 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::地域貢献 学校支援 |
駆け足 洛内三春関連訪問記! 田村堂・清水寺開山堂






京都に行った際に私的な用事が別件でありまして用達.仕事を済ませた後に、その足で、紅葉の名所東福寺さん、そして・・・・

三春藩主の祖とされる安日王「アテルイ」供養に坂上田村麻呂建立とされる清水寺山内にある開山堂「田村堂」参拝





さらに世界遺産にも登録されています東山の清水寺山内にある「田村堂」。

田村堂は清水寺開山堂で、三春秋田氏は安日王阿弖流為(アテルイ)されていますが、征夷大将軍坂上田村麻呂の軍門に下り京都で処刑されますが、その菩提を弔うため建立したのが始まりと云われています。







縁起を見ますと、やがて征夷大将軍に任じられた田村麻呂は多数の将兵を引き連れて奥州蝦夷征伐を開始しますが、阿弖流為の軍勢は地の利も生かしており、容易には落ちないどころか、十余年という長期の戦地に在って田村麻呂の軍勢も疲弊していきます。

一方、阿弖流為も同じく長期間に及ぶ激戦に疲弊した郷民を憂慮し、一族郎党五百余名を従えて田村麻呂の和平案を受け入れ軍門に降ります。







田村麻呂は阿弖流為と副将・磐具公母礼(いわくのきみもれ)を伴い京都に帰還し、蝦夷の両雄の武勇と器量を惜しみ、助命嘆願しますが、朝廷公卿衆の反対により阿弖流為・母礼は八〇二年八月十三日河内国で処刑されます。





三春歴代城主として田村義明公は田村麻呂の末裔を自任し、そして、江戸初期の城主秋田俊季公の祖は阿弖流為(アテルイ)・安日王としています。


田村麻呂と阿弖流為の末裔が同じ三春の城主となるというのも因縁めいた気がいたしま








城下新町 真照寺の御本山「智積院」様を参拝








そして三春城下尼が谷石橋家苗字由来とされる三十三間堂にて石橋探訪!





ついでに伏見といったら“龍繋がり”ということで坂本龍馬が襲われた寺田屋は外せません❗。





黄桜カッパファクトリーで一献❗️








駆け足 洛内三春関連訪問記!




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:15 | comments (x) | trackback (x) | 🌸戦国大名 三春田村氏 |
元正天皇・村上天皇勅願 鳳凰山羽賀寺 安倍安東康季、実季木造座像




先に発行した塵壺385号令和5年8月発行の中で記載に疑問が残りました。


コラム欄の「小浜・鳳聚山羽賀寺 安倍安東康季、実季木造座像」の中で、羽賀寺にある秋田家由来の木造座像を安倍安東愛季、實季父子と記載しましたが、「三春藩初代藩主安東秋田俊季公の実父安倍安東実季公、そして、その8代前の祖先で、羽賀寺を實季公より約150年前に修繕造営・再建した安東康季公の木造座像と記された資料が多数ございます。


 三春歴史民俗資料館第一回企画展 「安東・秋田氏展」図録をみますと、實季僧姿木造座像の背中に陰刻銘文がありとしるされており、凍蚓(とういん)を名乗った晩年の座像だと考えられています。

正式な衣冠束帯の座像は康季とされていますが、従五位上の衣冠束帯の装束からすると實季自身か、実季の父、愛季とも考えられます。


謎が深まるばかりです・・・・










「羽賀寺本堂上葺勧進帳」

永正11年(1514)、羽賀寺本堂上葺の勧誘文、青蓮院入道尊鎮法親王

「又經卅八年永享七年三月失火、衆徒等焦胸墔肝者領土、唯以本尊無恙、雖為懐餘哀未休タ、聞説、奥州十三湊日之本将軍、作壇契、寄巨多之棒、闋功匠成風之功然、然文安四季霜月十八日本尊遷座以来六十余年、于此今般欲致上葺勧誘、挙唱旧貫之旨、

また三十八年を経て、永享七年三月に失火あり、衆徒等胸を焦し肝を墔きたることは両度なり、唯だ以て本尊は恙無し、おもいをなすと雖も余哀は未だ休むことなかりき、説を聞き、奥州十三湊日之本将軍、壇契と作り、巨多の棒を寄す、功匠成風の功をおこること然り、然るに文安四季霜月十八日本尊遷座して以来六十余年、ここに今般上葺の勧誘を致さんと欲して、旧貫の旨を挙唱す」


「中世の青森を旅する~北の両雄、安藤氏と南部氏の世界~」 参照

○羽賀寺本堂上葺勧進帳は、現存最古の羽賀寺縁起、原本は永正11年(1514)作、現存のものは大永4年(1524)頃、青蓮院入道尊鎮法親王の清書本と考えられています。

羽賀寺が永享七年(14535)三月に焼失したこと、奥州十三湊日之本将軍が、多額の経費をかけて羽賀寺を再建したことが読み取れます。

それを指揮した安倍・安東康季公は日之本将軍と称されていました。


塵壺385号「小浜・鳳聚山羽賀寺 安倍安東康季(愛季)、実季木造座像」令和5年8月発行

   


福井若狭湾に面する小浜市。

その羽賀山の麓羽賀の集落にある古刹鳳聚山羽賀寺。


 本堂に安置されている御本尊は、奈良時代の高僧行基が天武天皇の孫で女性天皇の元正天皇(44代)の御影を参考に製作したと伝わる国の重要文化財「十一面観世音菩薩立像木造」.

その堂内の傍らに江戸時代の三春藩秋田氏五万石初代藩主秋田俊季公の実父である実季、そして、その八代前の先祖で小浜寺を再興した中興祖ともいうべき安倍安東康季の木造座像が安置されています。







「本浄山」という”本性清浄なる山”を意味する山号を併せ称するこの羽賀寺(玉川正隆住職)は、元正天皇、そして、“鶯宿梅(大鏡)”で知られる平安時代・村上天皇の勅願と記されているように、奈良時代初期の霊亀2年(716)、元正天皇の勅願で行基和尚(奈良時代の高僧)が開山したのが始まりと伝えられています。


羽賀寺縁起をみますと、長い歴史の中で様々な形で罹災しています。

平安時代の天暦元年(947)に洪水で大破すると村上天皇の勅願で浄蔵和尚が再興しています。

また、鎌倉時代初期には源頼朝が三重塔を寄進した記録も残ります。







鎌倉末期の“元弘の乱”による兵火で焼失すると、延文4年(1359)には、若狭守護職細川氏清(後の三春藩別格家老細川氏祖縁)が再建しています。

応永5年(1398)、伽藍が焼失すると、後花園天皇は永享8年(1436)に当時、十三湊(現・青森県五所川原市十三湖)の東日流(津軽)荘司、安倍・安東盛季、康季父子に再建の勅命を下し11年の歳月をかけ文安4年(1447)に復興します。


応永5年(1398)に焼失し、後花園帝よりその財力と「京役」職責に於いて永亨8年(1436)、安東盛季、康季の父子に「再建の勅命」綸旨を拝受します。

この時分は、盛季死去し宿敵南部氏との交戦中、さらに、本拠地十三湊が津波により壊滅的な被害を受け蝦夷松前に移籍したころと推察できますが,「日ノ本将軍」の称号を同時に受領して安東氏の威信にかけて再建に取り組みました。

この勅命による伽藍の造営・再建は十一年の歳月をかけ、文安4年(1447)に落慶します。

羽賀寺(勅願寺)縁起には、「莫大ナル貨銭ヲ捧加シ」「奥州十三湊日之本将軍安倍康季、伽藍ヲ再興ス・・・」と康季の功を讃えています。








安東氏による羽賀寺庇護の仔細は伝わっていませんが、十三湊を本拠地として鎌倉幕府より「蝦夷探題」の役職を貰い強大な海運力を持つ「安東水軍」を組織して日本海沿岸及び志那、朝鮮、樺太はもちろん遠く東南アジア・インド洋まで貿易の勢力を伸ばした財力が大きな影響を与えたとの伝承もあります。



三春秋田氏の先祖は、前記の平安期の武将安倍貞任の家系とする安東氏で、平安の頃より出羽、東日流(津軽地方)を領有し、強大な海軍戦力を持つ貿易船団「安藤水軍」を率いる海の豪族でした。






安東氏は、その貿易により蓄えた強大な財力を以て文禄2年(1593)、時の青蓮院門跡尊朝法親王の要請により、先祖の御縁により安東実季が盛季(父・愛季?)の追善供養と合わせて羽賀寺の堂宇の修蔵・改修を行っています。

安東氏率いる安東水軍の貿易船が若狭小浜港を畿内への荷揚げ母港としており、朝廷や公卿、そして、羽賀寺との関係が深かったと考えています。



 

また本堂前の梵鐘は、実季の嫡男で三春藩主俊季公が寄進しています。


梵鐘名
若州遠敷郡本浄山羽賀寺者奥州十三湊
安倍康季公再興之地也依是臻
秋田城介實季公八代胤皆其善志然
先師真通雖浦牟百支損日久而不聞
微妙之声兮也九代之檀越秋田河内守
俊季公之以信心心洪鐘令成就有采庶幾
所者檀越貴福寿域千秋牟

銘日
金輪聖皇 地久天長
国家安泰 寺院繁昌
一聞必満 二世願望
洪鐘得益 功徳無量
正保三丙戊年八月吉日
伝燈阿闍梨権大僧都印良秀敬白
大工江州辻村住田中忠兵衛藤原正次


各種資料によれば、実季と俊季の親子仲は大変悪く、戦国武将の気風を残す實季の行跡を俊季以下家臣団が否定し、その行為に實季が憤慨するという資料も多数残っています。

この羽賀寺も例外ではなく三春藩として寄進額を大幅に減らし、それを知った実季が憤る当時の住職に宛てた書状が現存しています。


これは、伊勢朝熊の永松寺も一緒です。






こちらは、山内にある實季の実弟 安東玄蕃亮英季の宝篋印塔です。


大坂の陣では兄實季と共に出陣していますが、その後は小浜藩の家老職となっています。


再建当時、常陸宍戸藩主であった実季が羽賀寺修復に当たって信頼できる弟、英季を伽藍造営修復の管理の為に派遣・常駐させたという文献ものこります。

落慶以降も宍戸、しして、三春へ転封した安東秋田氏の繋がり残りますので、そのまま小浜藩に出仕して両藩や洛内はもちろん畿内との調整役を担っていたのかもしれません。


尚、羽賀寺山内には秋田実季の供養塔もあります。




もう一つ、朝廷・天皇と秋田氏の京都に因む深いご縁を紹介いたします。

三春城下に石橋ハマプラス社長の石橋氏があります。

 以前、先代様より「当家の“石橋”という名字の由来は、津軽安東氏(後の三春城主秋田氏)が、時の天皇(或いは大仏殿方広寺を三十三間堂の北隣に造営した豊臣秀吉)、から修復の依頼を受け京都洛内の蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)「三十三間堂」改修の際に、自分たちの祖先が堀にかかる石造の架け橋を施工した際の石工の棟梁かそれを管理する役人として改修に従事し、この石橋造作の技術力の高さを皇室から讃えられた安東の殿様より“石橋”の氏名を賜ったと伝わっています」とお聞きしていました。





先に放送された「NHKブラタモリ」で京都を特集した際に、歴史的な仔細は伝わっていませんが七条通り等の幹線道路の下に埋設されながらも確かに立派な石橋の存在が紹介されていました。






さらにもう一つ。

時代はぐっと遡りますが、世界遺産にも登録されている清水寺の山内にある開山堂「田村堂」との三春秋田氏の御縁。

平安の頃、征夷大将軍坂上田村麻呂が三春秋田氏(安倍・安東氏)の祖先とする安日王阿弖流為(アテルイ)の菩提を弔うため建立したのがはじまりと云われています。






征夷大将軍に任じられた田村麻呂は多数の将兵を引き連れて奥州蝦夷征伐を開始しますが、阿弖流為の軍勢は地の利も生かしており容易には落ちないどころか、十余年に及ぶ長期戦となって田村麻呂の軍勢も疲弊していきます。








阿弖流為も同じく長期間に及ぶ激戦に疲弊した郷民を憂慮し、一族郎党五百余名を従えて田村麻呂の停戦協議の上、その和平案を受け入れ軍門に降ります。
田村麻呂は、阿弖流為と副将・磐具公母礼(いわくのきみもれ)を伴い京都に帰還し両雄の助命嘆願をしましたが朝廷公卿衆の反対により、阿弖流為・母礼は802年8月に河内国で

処刑となり田村麻呂はその菩提を弔うために田村堂を建立したとされています。






「大人の修学旅行」、旅先で三春の歴史・先人たちに思いを馳せるというのもこれまた一興です。







  蒼龍謹白  来てみねぇげ、田村!   拝




小浜市羽賀 鳳聚山 羽賀寺


〒917-0017 福井県小浜市羽賀83−5


若狭舞鶴自動車道 小浜インターより車で5分

小浜駅よりタクシーで10分


拝観時間  9時~16時

○拝観料

 ひとり 400円

 団 体 360円(20人から)

     330円(50人から)

○北陸三十三観音霊場》 五番

○北陸不動尊霊場》 三十六番

○若狭観音霊場》   十二番

○宝の道七福神霊場》

○数珠巡礼の会》









もう一つ、朝廷・天皇と秋田氏の京都に因む深いご縁を紹介いたします。

三春城下に石橋ハマプラス社長の石橋氏があります。

 以前、先代様より「当家の“石橋”という名字の由来は、津軽安東氏(後の三春城主秋田氏)が、時の天皇(或いは大仏殿方広寺を三十三間堂の北隣に造営した豊臣秀吉)、から修復の依頼を受け京都洛内の蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)「三十三間堂」改修の際に、自分たちの祖先が堀にかかる石造の架け橋を施工した際の石工の棟梁かそれを管理する役人として改修に従事し、この石橋造作の技術力の高さを皇室から讃えられた安東の殿様より“石橋”の氏名を賜ったと伝わっています」とお聞きしていました。





先に放送された「NHKブラタモリ」で京都を特集した際に、歴史的な仔細は伝わっていませんが七条通り等の幹線道路の下に埋設されながらも確かに立派な石橋の存在が紹介されていました。






さらにもう一つ。

時代はぐっと遡りますが、世界遺産にも登録されている清水寺の山内にある開山堂「田村堂」との三春秋田氏の御縁。

平安の頃、征夷大将軍坂上田村麻呂が三春秋田氏(安倍・安東氏)の祖先とする安日王阿弖流為(アテルイ)の菩提を弔うため建立したのがはじまりと云われています。






征夷大将軍に任じられた田村麻呂は多数の将兵を引き連れて奥州蝦夷征伐を開始しますが、阿弖流為の軍勢は地の利も生かしており容易には落ちないどころか、十余年に及ぶ長期戦となって田村麻呂の軍勢も疲弊していきます。








阿弖流為も同じく長期間に及ぶ激戦に疲弊した郷民を憂慮し、一族郎党五百余名を従えて田村麻呂の停戦協議の上、その和平案を受け入れ軍門に降ります。
田村麻呂は、阿弖流為と副将・磐具公母礼(いわくのきみもれ)を伴い京都に帰還し両雄の助命嘆願をしましたが朝廷公卿衆の反対により、阿弖流為・母礼は802年8月に河内国で

処刑となり田村麻呂はその菩提を弔うために田村堂を建立したとされています。






「大人の修学旅行」、旅先で三春の歴史・先人たちに思いを馳せるというのもこれまた一興です。







  蒼龍謹白  来てみねぇげ、田村!   拝




小浜市羽賀 鳳聚山 羽賀寺


〒917-0017 福井県小浜市羽賀83−5


若狭舞鶴自動車道 小浜インターより車で5分

小浜駅よりタクシーで10分


拝観時間  9時~16時

○拝観料

 ひとり 400円

 団 体 360円(20人から)

     330円(50人から)

○北陸三十三観音霊場》 五番

○北陸不動尊霊場》 三十六番

○若狭観音霊場》   十二番

○宝の道七福神霊場》

○数珠巡礼の会》




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:05 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春藩主 安東秋田氏 |