CALENDAR
S M T W T F S
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31       
<<  2023 - 12  >>
CATEGORIES
ARCHIVES
PROFILE
    k1
OTHERS




「高野山奥之院 磐城三春藩秋田家墓所」 令和6年1月号 




塵壺390号「高野山奥之院 磐城三春藩秋田家墓所」 令和6年1月号 


     高野山奥之院 磐城三春藩秋田家墓所 




     高野山奥之院 磐城三春藩秋田家墓所 

今も尚、禅定(永遠の瞑想)を求め入定した空海が生き続ける霊域「高野山奥之院」。その入口「一ノ橋」から弘法大師御廟へと続く参道には厳粛な雰囲気が広がっていて、古木に覆われ静寂な空間の中には20万基を超える五輪塔等の供養塔や墓石群が広がっています。




 

その中に、武田信玄、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉、伊達政宗、そして、結城秀康といった戦国武将・大名の墓所として約110家の墓所があります。

武田の近くに上杉、そして、信長と光秀、徳川と結城等々・・・敵同士として戦った家中であっても関係なく、安らかに眠っているように感じられます。





これは高野山「御廟」に在る空海・弘法大師のそばで眠りたいとの先人たちの願いがこめられていると伝わっています。






 
磐城三春藩秋田家も、同じく高野山に墓所(供養塔)を求めた大名一家で、「奥之院」へ向かう参道「中之橋」のたもと手前右側にあります。









「金剛峯寺境内奥之院地区大名墓総合調査報告(高野町教育委員会編)」を見ますと、三春秋田家の墓所には、大型の五輪塔5基と中型五輪塔9基ほか多数の石塔があると記載されており、秋田家の墓所に五輪塔5基は南北方向に並んでいます。






三春藩初代後室 永壽院殿 本壽院真誉春覚照法 万治3年 盛季母

三春藩初代 真如院殿実岩常固 秋田俊季公 
           慶安2年 勤大阪城番於城中病没 

三春藩2代 陽雲院殿龍天蒼松 秋田盛季公 
            延宝4年 勤大阪城番於城中病没  

三春藩3代 乾元院殿剛山瑞陽 秋田輝季公 享保5年 

三春藩4代 廣運院殿俊徳玄明 秋田頼季公 寛保3年 


 秋田家墓所中之橋の手前右に3代輝季公の嫡子で、秋田伊豆守就季(廣季)公(大通院殿心源自性)の五輪塔もあります。

 就季公は、三春藩家督争いとされる「正徳事件」渦中の人として家督せぬまま正徳5年6月4日に父に先だって亡くなっています。

 この五輪塔は旗本秋田家から秋田本家輝季公の養子を経て4代藩主になった頼季公(家老荒木高村長男)が建立したものです。







 そして、「施主奥州三春城主秋田信濃守安倍頼季 三男秋田安五郎行歳八年而卒」「元文四己未 二月廿三日」と記された供養塔が見えますが、この方は、頼季公の3男で8
歳という幼さで亡くなった慈光院本性長了薫・安五郎・後の秋田民部公です。早世した為でしょうか高野山に供養のための石塔・墓が建てられています。







 尚、5代藩主の秋田延季(治季)公・法名天稟院殿令徳永顕から歴代の藩主は、三春城下秋田家菩提寺高乾院墓所に埋葬されており、以後藩主の高野山への埋葬はありません。(初代俊季公から四代頼季公の分骨された墓も高乾院にあります。)






 しかし、三春8代藩主秋田長季(謐季やすすえ)公だけは、もう一つの秋田家菩提寺である龍穏院の墓所に大仰院殿法鑑高輪大居士の法名で埋葬されています。

4代頼季までは高野山、そして、8代の長季(謐季)公は龍穏院にお墓がありますが、他の歴代の藩主は全て高乾院に埋葬されているというのは、家督騒動絡みの家中混乱や祟り伝説等の事情が見え隠れしているような気がします。






 高野山は空海の御廟を中心とする聖域で、古くから奥之院と呼ばれます。


承和2年(835)に没した空海・弘法大師、弥勒菩薩(みろくぼさつ)が出現するその時まで、衆生救済を目的として永遠の瞑想に入り、現在も高野山奥之院の弘法大師御廟で生き続けていると(宗教的に)信じられていて、弘法大師のもとには「生身供(しょうじんぐ)」称して1日2回の食事が運ばれてきます。







 高野山への分納骨の風習は鎌倉時代から始まったとされており、石造の五輪塔を墓石代とし始めたのが戦国期の室町時代末期。

現在は、江戸時代初期造立した諸大名家の五輪塔が多数見受けられます。

 これは徳川家康が高野山を分骨墓提所と定めたため、諸大名がこぞって高野山に墓石を建てたことに由来するとされています。






      蒼龍謹白  拝  さすけねぇぞい三春!



| ryuichi | 04:04 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春藩主 安東秋田氏 |
塵壺390号「高野山奥之院 磐城三春藩秋田家墓所」 令和6年1月号 




塵壺390号「高野山奥之院 磐城三春藩秋田家墓所」 令和6年1月号 






     高野山奥之院 磐城三春藩秋田家墓所 

今も尚、禅定(永遠の瞑想)を求め入定した空海が生き続ける霊域「高野山奥之院」。その入口「一ノ橋」から弘法大師御廟へと続く参道には厳粛な雰囲気が広がっていて、古木に覆われ静寂な空間の中には20万基を超える五輪塔等の供養塔や墓石群が広がっています。




 

その中に、武田信玄、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉、伊達政宗、そして、結城秀康といった戦国武将・大名の墓所として約110家の墓所があります。

武田の近くに上杉、そして、信長と光秀、徳川と結城等々・・・敵同士として戦った家中であっても関係なく、安らかに眠っているように感じられます。





これは高野山「御廟」に在る空海・弘法大師のそばで眠りたいとの先人たちの願いがこめられていると伝わっています。






 
磐城三春藩秋田家も、同じく高野山に墓所(供養塔)を求めた大名一家で、「奥之院」へ向かう参道「中之橋」のたもと手前右側にあります。









「金剛峯寺境内奥之院地区大名墓総合調査報告(高野町教育委員会編)」を見ますと、三春秋田家の墓所には、大型の五輪塔5基と中型五輪塔9基ほか多数の石塔があると記載されており、秋田家の墓所に五輪塔5基は南北方向に並んでいます。






三春藩初代後室 永壽院殿 本壽院真誉春覚照法 万治3年 盛季母

三春藩初代 真如院殿実岩常固 秋田俊季公 
           慶安2年 勤大阪城番於城中病没 

三春藩2代 陽雲院殿龍天蒼松 秋田盛季公 
            延宝4年 勤大阪城番於城中病没  

三春藩3代 乾元院殿剛山瑞陽 秋田輝季公 享保5年 

三春藩4代 廣運院殿俊徳玄明 秋田頼季公 寛保3年 


 秋田家墓所中之橋の手前右に3代輝季公の嫡子で、秋田伊豆守就季(廣季)公(大通院殿心源自性)の五輪塔もあります。

 就季公は、三春藩家督争いとされる「正徳事件」渦中の人として家督せぬまま正徳5年6月4日に父に先だって亡くなっています。

 この五輪塔は旗本秋田家から秋田本家輝季公の養子を経て4代藩主になった頼季公(家老荒木高村長男)が建立したものです。







 そして、「施主奥州三春城主秋田信濃守安倍頼季 三男秋田安五郎行歳八年而卒」「元文四己未 二月廿三日」と記された供養塔が見えますが、この方は、頼季公の3男で8
歳という幼さで亡くなった慈光院本性長了薫・安五郎・後の秋田民部公です。早世した為でしょうか高野山に供養のための石塔・墓が建てられています。







 尚、5代藩主の秋田延季(治季)公・法名天稟院殿令徳永顕から歴代の藩主は、三春城下秋田家菩提寺高乾院墓所に埋葬されており、以後藩主の高野山への埋葬はありません。(初代俊季公から四代頼季公の分骨された墓も高乾院にあります。)






 しかし、三春8代藩主秋田長季(謐季やすすえ)公だけは、もう一つの秋田家菩提寺である龍穏院の墓所に大仰院殿法鑑高輪大居士の法名で埋葬されています。

4代頼季までは高野山、そして、8代の長季(謐季)公は龍穏院にお墓がありますが、他の歴代の藩主は全て高乾院に埋葬されているというのは、家督騒動絡みの家中混乱や祟り伝説等の事情が見え隠れしているような気がします。






 高野山は空海の御廟を中心とする聖域で、古くから奥之院と呼ばれます。


承和2年(835)に没した空海・弘法大師、弥勒菩薩(みろくぼさつ)が出現するその時まで、衆生救済を目的として永遠の瞑想に入り、現在も高野山奥之院の弘法大師御廟で生き続けていると(宗教的に)信じられていて、弘法大師のもとには「生身供(しょうじんぐ)」称して1日2回の食事が運ばれてきます。







 高野山への分納骨の風習は鎌倉時代から始まったとされており、石造の五輪塔を墓石代とし始めたのが戦国期の室町時代末期。

現在は、江戸時代初期造立した諸大名家の五輪塔が多数見受けられます。

 これは徳川家康が高野山を分骨墓提所と定めたため、諸大名がこぞって高野山に墓石を建てたことに由来するとされています。









高野山 秋田家中 菩提寺 別各本山 金光院


秋田家菩提寺の金光院は、寛政8年(1796年)の『高野山古絵図』によると、一心院谷と呼ばれる場所にありましたが、明治初頭に火災に遭っています。

現在は西室院が建立されています。

金光院は、幕末に発生した「鳥羽伏見の戦い」前後における土佐脱藩浪士を主体として結成された浪士隊・陸援隊・後の高野山義軍(隊長の中岡慎太郎は先に海援隊の坂本竜馬とともに京近江屋にて遭難)に拠る「高野山挙兵」に於いて陸援隊・高野山義軍の本陣地して使われます。

陸援隊は、主将に侍従鷲尾隆聚(わしのおたかつむ)、副将は陸援隊副隊長田中光顕。

慶応3年12月12日(1868年1月6日)、高野山に入った陸援隊は、金光院を本陣と定め、高野山に三〇〇〇両の御用金を命じ、十津川に勅書を伝えて義兵を募るとともに、紀州藩・高取藩・五条代官所にも使者を派遣して、その動きを牽制していますが鳥羽伏見の戦いで幕府軍総崩れを聞き陸援隊側に恭順しています。





付記


「高野山金光院 三春家中過去帳 享保十七年始」 全61折

「三春家中過去帳 自永正十六年 至享保十七年」  
        
「南無大師遍照金剛 高野山 金光院」

   永室妙久大姉  
永壽院殿御局伊井殿為自身逆修
 御石塔奥院有之 萬治三年十一月八日
               
   越山了公禪定門     
施主秋田豊嶋武藏殿立之 永正十六年八月三日

   乗重禪定門       
施主秋田豊嶋惣右衛門殿為逆修立之 永正十六年己卯七月廿六日
                  
   妙光禪定尼       
施主同人 右同時立之
                
   乗泰禪定門       
施主秋田豊嶋惣右衛門立之 永正十六年七月廿六日

   浄雲禪定門       
施主秋田大平坂口次平殿立之 永正十六年七月廿六日
                  
   善祐禪定門       
施主秋田豊嶋孫右衛門殿立之 永正十六年七月廿六日
                  >

   藤参禪定門       
施主秋田豊嶋次郎左衛門殿 大永二年八月
                  
   華月浄春居士      
施主秋田湊藏人殿立之 大永五年九月十八日
                  
   月窓妙光大姉      
施主秋田御屋形様内村松源之焏殿 大永六年六月十七日
                  
   妙高          
施主秋田豊嶋次郎左衛門立之 享禄二年六月十日
                  
   本高          
施主同人 右同時立之
                  
   妙西禪定尼       
施主秋田豊嶋孫右衛門殿立之 大永五年七月
                  >

   道永神居        
施主秋田豊嶋次郎左衛門立之 享禄二年六月十日
                  
   道順禪定門       
施主秋田大平兵右衛門立之 天文三年六月十四日
                  
   那智阿弥陁佛      
施主秋田豊嶋 天文四年八月十日
                  

   舊山妙香定尼      
施主秋田御屋形様内湊左京進殿 天文十九年二月十五日
                  
   妙光大姉        
施主秋田御城内古屋左衛門尉殿立之 天文三年七月廿一日
                  
   志父尊霊        
施主秋田御屋形様内大平左京進殿 天文廿二年四月廿一日
                  
   高範禪定尼       
施主秋田御屋形様内湊伊豫守殿 天文八年八月四日
                 
   高山春公沙弥      
施主秋田御屋形様内石塚衛門四郎殿 天文廿三年四月廿一日
                  
   妙金禪定尼       
施主秋田御屋形様内鎌田河内守殿 天正廿年二月八日
                  
 日 春月宗陽禪定門     
施主秋田御屋形様内湊五郎殿立之 天正十一年六月廿四日
                 
 日 南臺香林童女      
施主秋田御屋形様内大平殿 但為御息女也 天正十六年十一月十九日
                  
   即法禪定門       
施主秋田御屋形様内 取次内膳殿 天正廿年正月十二日
                  
   花心禪定尼       
施主秋田御屋形様内桓崎衛門殿立之 天正十七年三月十四日
                  
   道光禪定門       
施主秋田御屋形様内鎌田河内守殿立之 天正廿年二月八日
                  
 日 高月禪定門       
施主秋田御屋形様内田口彦助殿 但為弥四郎追福立之 天正廿年二月八日
                  
   龍然禪定門       
施主秋田御屋形様内伏部沢二位殿為父 文禄三年七月廿二日
                  
   鉄舩庵殿大虚洪廓庵主  
秋田奉為為御屋形様尭季公御菩提也 
施主石塚衛門四郎立之  天文廿三年七月廿八日 
                          
九月十三日忌
   鉄舩庵殿大虚洪廓庵主  
秋田奉為御屋形様𠒖季公御菩提也
施主湊尾張守立之 天文廿三年七月廿八日
                           
九月十三日忌 
   鉄舩庵殿大虚洪廓庵主  
秋田奉為為御屋形様𠒖季公御追福也
施主金光院 天文十九年二月十五日
                  
九月十三日忌    
源安徹公居士      
施主秋田大平摂津守殿 永禄八年十一月 日
                 
天正十六年九月朔日忌
龍穏院殿萬郷生鉄大居士 
秋田奉為為御屋形様愛季御菩提也 施主桓崎衛門尉 天正十七年三月十四日
                          
天正十六年九月朔日忌
   龍穏院殿萬郷生鉄大居士 
秋田奉為為御屋形様愛季公御菩提也 天正十八年七月一日 城之助殿御父
                  
   湖光妙正大姉      
秋田二郎殿御祖母為御逆修也 施主大平岩見守 天正十八年七月七日
                           
   香林月照大禪定尼    
施主秋田大平岩見守殿 天正十八年七月七日
                  
   高月      
逆修 施主秋田御屋形様内垣崎衛門殿 天正十七年三月十四日
                     
華窓心公大禪定門    
奥州深浦物主木場袋右衛門頭吉季為御菩提也
    御施主安東藤太郎様御老母 文禄二年二月十六日 三十三回忌
                  
   高月大禪定尼      
施主秋田御屋形様内御湊専十郎殿 為老母立之
                  文禄五年四月二日

   壽山妙宗禪定尼     
施主秋田御屋形様内御千代様立之
                  文禄五年四月二日>

   熒月榮公沙弥      
施主秋田御屋形様内傳右衛門殿立之
                  慶長二年八月十一日

   巨海大姉    
逆修  施主同人 為老母立之
                  慶長二年八月十一日

   松月頂上大禪定尼    
施主秋田御屋形様内 相模守殿 取次兵右衛門殿
                  慶長二年八月十一日

   塒清春公大姉      
施主同人
                  右同時立之

   晏叟宗清大居士     
施主同前
                  右同時立之

   心月秋芳大禪定尼    施主同前
                  右同時立之

 日 光含宗圓大禪定門    施同前
                  右同時立之

   雲林宗月大禪定門    
施主秋田御屋形様内勝三郎 但為半兵衛菩提也
                  慶長五年九月廿四日

   榮山宗觀禪定門     
施主秋田御屋形様内新山将監 但為内方立之
                  慶長七年五月十八日>

   高林常秀禪定門     
施主秋田御屋形様内御虎様 但為舎弟立之
                  御使者中村織部
                  慶長十二年閏四月十三日

   月暉      逆修  
施主秋田御屋形様局立之 取次紅梅殿
                  慶長十三年八月朔日

   珎齡永松禪定尼     
施主秋田御菊様 但御局為菩提立之
                  御使者中村織部
                  慶長九年正月十四日

   池盛妙蓮禪定尼     
施主秋田御菊様 但為御老母立之
                  御使者中村織部
                  慶長十二年壬四月十三日

   秋月妙圓禪定尼     
施主秋田御菊様 但為伯母立之
                  御使者中村織部
                  慶長十二年潤月十三日

日牌 春嶺晴雲禪定尼     
施主常州宍戸城主秋田城介様内湊道久息女御宿様
                  但姉中殿為菩提也  取次三光院(金光院)久尊
                  寛永元年二月廿一日忌

      慶長十三年十一月四日 十七回忌
   梅節妙紅禪定尼     
施主常州宍戸城主秋田城介様内秋田仁左衛門子息
                  七兵衛殿 為悲母也   取次久尊
                  寛永元年八月廿三日

      元和九年八月四日忌
日牌 瑞祥院殿東明清関大姉  
常州宍戸城主秋田城介實季公御袋為御菩提
                  施主秋田将監殿
                  元和九年十一月朔日

日牌 瑞祥院殿東明清関大姉  
常州宍戸城主秋田城介實季公御袋為御菩提
                  施主金光院祐實
                  元和九年十一月朔日

   玉窓妙金禪定尼     
施主常州宍戸城主秋田城介様内岡道與内方
                  但為悲母也
                  元和六年庚申二月廿五日

   心庵宗徳沙弥      
施主常州宍戸城主秋田城介様内三光院久尊
                  為父立之
                  寛永二乙夘年七月廿六日>
               (後略)




      蒼龍謹白  拝  さすけねぇぞい三春!


| ryuichi | 04:01 | comments (x) | trackback (x) | 🌸「塵壺」 三春昭進堂 |
師走、晦日を迎えました。



師走、晦日を迎えました。

そして、いよいよ明日は大晦日!

一年は本当に早いもので、年々早く感じます。








元旦からは、未明より初詣でに出かける方も多いかと思います。

三春城下にそれぞれの町内に、寺社仏閣そして氏神様があり、それぞれ初詣となるとおもいます。


毎年、初売りにご来店のお客様から、「初詣に行ったら転んで手や足を折ってしまった・・・」というようなことを聞くことがあります。

くれぐれも初詣は、足元を見つめて安全に留意してお参りください。



”観却下”~年の初め、歩く足元とともに自分自身を見つめなおすいい機会ではないでしょうか?








年始の休業のお知らせ


新春  

1月 1日 (月)元旦 正月休み 

1月 2日 (火) 新春初売り 午前8時から午後5時まで 
      
1月 3日 (水) 新春初売り 午前8時から午後5時まで 
      
1月 4日 (木) 正月休み

1月 5日 (金) 正月休み
      
1月 6日 (土) 通常営業
      
1月 7日 (日) 通常営業

1月 8日 (日) 通常営業 




よろしくお願いいたします。



年内は、明日31日まで、休まず営業いたします。






いちご大福です。

新春2日の「二日市新春初売り」からの販売となります。








三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍






令和6年 高屋敷稲荷神社 「初詣」


〇 体調不良の方、参拝はお控えください。

〇 玉串拝礼・お神酒拝載は控えております。







ご祈祷の受付時間

〇 元旦 0:00~2:00 7:00~17:00

〇 2日以後旧暦小正月の2月26日まで 9:00~17:00


ご祈祷を申し込まれました方は、外のテントにてお待ちいただくこととなります。

  暖かい服装でお出掛けください。


問い合わせ 高屋敷稲荷神社 ☎024-943-6396






高屋敷稲荷神社2024カレンダー 







高屋敷稲荷神社クリアファイル







CJ/monmo 2024.1の表紙は高屋敷稲荷神社さんです。







| ryuichi | 04:34 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
紅白出場決定!「MISIA & Rockon Social Club」 ドラマーは青山英樹くんです!




大みそか恒例『第74回NHK紅白歌合戦』(後7:20~11:45 総合ほか)の出演者が紹介・発表されました。





今年デビュー25周年を迎えたMISIAさんは『紅白スペシャル2023』として紅白だけのスペシャルメドレーを披露します。






その中で、元ジュン・スカイ・ウォーカーズのベース寺岡呼人さんがプロデュースする旧男闘呼組のメンバーを中心とした新バンド・Rockon Social Clubが、コラボレーションして「MISIA & Rockon Social Club」としてスペシャルユニットを結成してNHKラグビーテーマソング「傷だらけの王者」を披露すると発表されました。






 そうです、旧男闘呼組のメンバーを中心としたRockon Social Clubのドラマーは青山英樹くんです!





今年の紅白も目が離せません♪







三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂

| ryuichi | 04:29 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
孫みたいな悠大くんと飛行機見物 in 成田




当店のマスコット、孫みたいな悠大君と成田まで、一泊二日の飛行機見物です。






部屋から飛行機がバッチリ見える滑走路に一番近い成田国際空港の近くのホテルに宿泊して、美味しいご飯を食べて飛行機三昧









ずっと飛行機の離発着が見える12階の部屋です。


孫と二人、悠大君の楽しんでいる様子を見ていると私の方が楽しめました。







翌朝、何と朝2時には目覚めていました。





そして、翌日は成田空港滑走路隣接の航空科学博物館







目的は旅客機操縦体験。






事前に展示物登場ブースでシュミレーション













私も零戦搭乗!












ちゃっかりのおまけ





ボランティアガイドさんのレクチャーを受けて










いざ、コックピットへ











大満足の悠大君です。


それを見てこちらが大満足!



孫に楽しませてもらっています。








ガイドさんが飛行機好きの悠大君を見て、特別講習をしてくれました。


飛行機の免許は17歳から取得可能。

訓練は飛行機学校にて16歳から可能。

最低40時間の飛行訓練が必要で、80時間以上は飛行訓練時間を経験している。

その際一回の飛行訓練費用が3万円で、17歳の試験までの約300万円は使っている。

パイロットになるのも訓練が大事、何事も訓練から~


そして、目の大事さ・・・ゲームのし過ぎで目を悪くしないこと

また、怪我には注意。 体に欠損部分があれば受験資格なし。


それらのアドバイスを本気で聞く悠大君でした。

社長~ お仕事頑張ってね!だって。

飛行学校の費用はたわしが出すんか~い?







また来よう!との約束です。


こんなに楽しい思いをさせてもらって、孫に感謝ですね!


「孫はかわいい」の意味をかみしめています。




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍



| ryuichi | 04:17 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
「舞木のお稲荷さま」 令和6年 「初詣」 高屋敷稲荷神社 




「舞木のお稲荷さま」 令和6年 「初詣」 


高屋敷稲荷神社 


歳旦祭(さいたんさい) 1月1日(月) 午前0時

新年を祝い、皇室の 弥栄と国運の隆昌とを祈念し、併せて氏子崇敬者並びに社会の繁栄と平和を祈るおまつり

 

崇敬者各種御祈祷の受付時間

  元日  7:00~17:00

  2日以降 ~ 9:00~17:00



ご祈祷を申し込まれました方は、外のテントにてお待ちいただくこととなります。

暖かい服装でお出掛けください。

 
問い合わせ 高屋敷稲荷神社 ☎024-943-6396










商売繁盛祈願






参拝のお迎え準備完了です。




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:46 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
本日、火曜日は定休日となっています。



本日火曜日は定休日となっています。


またのご来店をお待ちいしています。



三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:25 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |