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中秋の名月(十五夜)、今年は本日9月13日(金)です





秋を告げる中秋の名月。天が澄みきって清々しく美しい季節。


一年のうちで最も月を意識するこの夜。


中秋の名月(十五夜)は旧暦の8月15日。


新暦では今年は本日9月13日(金)です


一年で最も明るく美しい満月です。








お月見は旧暦の8月15日に月を鑑賞する行事で、古より、月下に酒宴を張り、詩歌を詠じ、すすきを飾り、見団子・里芋・枝豆・栗などを盛って、神酒を備え月を眺めて楽しんだと言われています。









この日の月は「中秋の名月」、「十五夜」と呼ばれます。

また、これから始まる収穫期を前にして、収穫を感謝する初穂祭としての意味あいがありました。



9月頃に収穫される「芋」をお供えすることから「芋の名月」とも呼ばれています。

旧暦を使用していた時代は、月の満ち欠けによっておおよその月日を知り農事を行っていました。










一説によると、欠けたところの無い満月は豊穣の象徴だったそうです。

そのため十五夜の満月の夜は、豊作を祈る祭の行われる大切な節目でもあったようです。












当店では、十五夜月見だんごの他にも、お月見関連の商品を多数取り揃えてお客様のが来店をお待ちしています。







十五夜月見団子 9月13日(金)の1日限りの限定販売となります。










”すあまの十五夜月見団子”

すあま十五夜月見団子 大 750円 15ヶ入

すあま十五夜月見団子 小 250円  5ヶ入







十六夜(いざよい)、立待月(たちまちづき)、居待月(いまちづき)、寝待月(ねまちづき)、臥待月(ふしまちづき)、更待月(ふけまちづき)等々、月が出るのを待っている様を形容した呼び名が示すように、昔の人も月には不思議な力を感じていたのだと思います。









春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:36 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
塵壺338号 令和元年9月発行 真夏の川崎第一屋縁の御神輿紀行 三春城下中町若連 




 真夏の川崎第一屋縁の御神輿紀行 三春城下中町若連 

夏本番8月の第1日曜日、今年も三春城下中町若連さんの川崎市浜町二丁目町会の「夏祭り」、大島の八幡神社祭礼長会連合神輿渡御での神輿担ぎに同行いたしました。

川崎の神輿担ぎとのご縁は、今から30余年ほど前にさかのぼります。

当時、城下中町の桑原商店の桑原さんからお誘いを受けて、祭り好きの同級2人で川崎まで御神輿を担ぎに二泊三日で出張したことに始まります。

さらには、11月の市民祭への浜町睦会の神輿出場・・・

以後、私は所用と重なりなかなか機会に恵まれませんでしたが、昨年夏に 30年ぶりに川崎へお邪魔することができました。






久しぶりでしたが川崎浜町の懐かしい顔ぶれに温かく迎えていただき、時間が一気に巻き戻り、昨日もここへ来ていたような感覚になるのは不思議です。
 
それだけ第一屋さんのご家族、そして、川崎浜町の方々の人情の温かみがあってのことだと思います。

人と人のつながりって本当にありがたいものです。








30年前にお邪魔した際の御神輿は、現在の三春城下中町若連が三春大神宮祭礼で担いでいる御宮造の御神輿です。

大太鼓用欅(ケヤキ)の無垢材を使用、豊満な屋根と、キュッと引き締まった腰を持つ素敵な宮造り御神輿で、真夏の日の光を浴びると目が眩むほどのきらびやかな真鍮(しんちゅう)で錺(かざり)板金を施され、羽根一枚々々手仕事で仕上げた今にも飛び立ちそうに見える鳳凰、台輪には十二支をめぐらせ屋根の蕨手を飾る黄金のツバメや折り鶴等々が輝いていました。

 例えるならば、抜群のプロポーションの粋でイナセな姉さんを思わせる代物で、各神社宮神輿を除けば関東で一番の大きさで知られ、この宮神輿を担ぎたくて関東一円から様々な団体・個人が仁義を切って出頭していました。






 川崎の祭礼で担がれていたときにも江戸前の夏祭りらしく町内巡行の折には家々からは水がバシャバシャかけられますが、この神輿はビクともしません!
 
それもそのはずです。この御神輿は、浜町睦会会長で第一屋2代目社長”勝ちゃん”こと橋本勝通さん、そして板金屋の粳田三郎さん、大工の秋元長吉さんが心血を注いで作った御宮造の本格派の御神輿ですから…


 この第一屋さんというのは、当時関東一円に商いを広げていた三春城下中町の衣料品屋「桑原商店」で大番頭を務めていた橋本亀義(勝通さんの父)さんとその妻ヨネおばちゃんが、独立して大都会川崎は、川崎大師、日本鋼管に程近い浜町通り商店街に出店した洋品店です。






 この三春とのご縁がすごいと思いませんか?

 後に紆余曲折の経緯の中、まさにご縁なのでしょう桑原商店経由で中町若連に嫁いできたという次第で、この御神輿が三春へ来て以来、中町若連として有志がここ20年余にわたって川崎へ神輿担ぎに出頭し、秋の三春大神宮祭礼には川崎から浜町の方々が三春へその神輿を担ぎに来るといった交流が続いています。

 また、中町若連の川崎出張では、御神輿担ぎだけではなく「三春盆太鼓」、そして「山車太鼓」を数か所で披露しますが、福島も含め東北県人の多い川崎で盆踊りの輪が出来るほどの盛況です。

 この神輿が中町に譲渡されるという段になって中町若連では、ある程度の謝礼を用意したみたいですが、「これはお金じゃないんだ、人と人の心で譲るんだ!大事にしてくれればそれでいい!」と第一屋さんにピシャッと断られた話しを伺いました。







 御神輿とは、文字通り神様の乗り物です。

そして、その神輿を保管し、祭礼時には組み上げ・担ぐ・それに付随する準備や片付けをする人など、様々な願いや想いがあります。

 神輿を作った第一屋さんら浜町睦会の想い、そして、「大切に使わせてもらう」といって譲り受けた中町若連・桑原商店の想いなど、打算や表面上の付き合いではない、本当の人と人の絆がありました。
 カッコのいい粋な大人がいるものです。





 
それは、神輿に携わる人々の希望と情熱、そして意地と見栄(みえ)が造り上げたかけがえのない宝です。
 
さあ、来月は三春大神宮祭礼です。皆々様の願いと共に、今年も宙を舞います。    

ホイサーッ!ホイサーッ!ホイサーッ!







      蒼龍謹白  さすけねぇぞい三春!  拝


| ryuichi | 04:51 | comments (x) | trackback (x) | 「塵壺」 三春昭進堂 |
BABYMETALの神バンド(バックバンド)の超人気ドラマー青山英樹さんにご来店いただきました。




先日、当店HPを見て先祖探しをされているおじいさまが白岩町のご出身とする東京在住の青山氏ご家族にご来店いただきました。

ミュージシャンの青山英樹さんです。


英樹さんは、世界的なドラマー故青山純氏の長男さんです。

純氏は、山下達郎さんや竹内まりやさんをはじめ、MISIAのツアーのバンドマスター的な存在になっていたミュージックシーンには欠かせない日本を代表するドラマーです。


そして、ご自身も世界的に活躍するBABYMETALの神バンド(バックバンド)のメンバーとして活動している超人気ドラマーです!


青山英樹






https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B1%B1%E8%8B%B1%E6%A8%B9

青山純
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B1%B1%E7%B4%94









郡山市白岩町出身の祖父のルーツを探るために当店ホームページからのご来店でした。

ご来店ありがとうございます。

青山さんは、戸籍などから旧三春藩領で現郡山市白岩町舘という住所にて江戸後期まで遡られて自筆の家系図を作っておられました

また、その筆頭者である初代が三春町鷹巣の影山氏から養子に入っているみたいで、そのお墓参りもしたいとのことでした。

白岩町出身の青山という高校の同級生(偶然にも住所が同じで直径の親戚!)がいたり、同じ白岩出身で舞木に在住のお客様で青山さん(体調を崩されていたのでこの日午前中に半年ぶりにご来店)がいました。

また、江戸末期の戸籍上に縁戚のある鷹巣の影山さんも当店の長年のお客様です。


さらに、田村四十八舘を調べている中でも白岩舘や関本舘関連に青山氏があったので知りうる限りでお話をさせていただきました。

偶然が重なりすぎるような、不思議なご縁を感じます。

三春青山氏は、戦国期には常葉の山根にあった関本舘主で青山氏
旧山根村(田村市常葉町山根)大字関本上野にありました。


三春城主田村氏の臣 青山忠興が居舘していました。

天正年間、岩城城主 岩城常隆の田村侵攻の際に落城しています。

後、青山氏は、田村四十八舘白岩館新舘に居舘します。

豊臣秀吉による田村仕置によって田村家が伊達に去ってから青山氏は帰農して白岩村の名主として明治維新を迎えます。

三春青山氏の嫡男は代々名前に「忠」の文字が使われていることから徳川譜代や郡上八幡城主青山氏と祖先を同じくする上野国吾妻郡青山郷(現・群馬県吾妻郡中之条町青山)の出身の家系ではないかと考えられます。

旧白岩舘は「風神館」ともいわれる。

田村氏四十八館のひとつで、白岩主膳、後に久賀肥前守の居城。

この三春地方でも戦国乱世といわれたこの時代、三春城主田村氏を取り囲む環境は、群雄割拠、会津芦名、須賀川二階堂、相馬氏、伊達氏、佐竹氏等々周囲に強大な敵があり、正に四面楚歌の状況でした。





白岩風神舘は、三春城主田村義顕が築いた領内防備の後に云う「田村四十八舘」の一角で、須賀川二階堂氏への備えとして三春本城南西の重要な防御の要で、田村家中でも信頼できる城主として駐留させていました。

須賀川勢を率いる二階堂氏は常陸佐竹氏を最前線になったのが、三春城の南西にある斉藤舘と白岩風神舘です。
 二階堂氏の須賀川勢、岩瀬勢は、このそれぞれの侵攻口から斉藤、白岩舘に猛攻を加えます。

 しかし、久我肥前は、さすが三春田村氏の中で一、二を争うほどの戦巧者と言われた名将です。それぞれ与力衆を率いて神出鬼没の戦術を使い必死の防衛戦を展開し二階堂勢を苦しめます。さらには、野戦においても勇猛果敢に打って出て、それぞれの総大将めがけて突撃し死闘を繰り広げ、須賀川・岩瀬の二階堂勢は、次第に劣勢となり多数の戦死者を出すという痛手を被って敗退します。

この戦は三春田村氏の存亡にかかわる未曽有の危機から救った輝かしい武功だったと伝えられています。

 なぜ、白岩舘が「風神舘」と呼ばれているかといえば、舘北西一帯の安山岩が露出した断崖にある風穴から風が吹き出す音が、風神の風の音の様に聞こえるところから付いたとされています。

後にこの音は、この舘の攻防で戦死した兵の悲しみの叫び声が聞こえてくるとも伝えられるようになり、その激戦の様を今に伝えています。






    
後に白岩舘新舘を築城し青山氏が居舘しますが、青山氏は旧白岩舘をよく保護して戦没者を慰霊しています。

 現在、白岩舘の址には、白岩神明宮、御嶽神社が祀られます。

青山庄右門が、慶応二年奉納した灯籠を見ることができます。



先輩から聞かされた昔、年寄りから聞かされていた話として、

一族のルーツ、長男青山--白岩、二男神山---沼沢、三男影山---斎藤

これを調べてみたいと思います。









美濃郡上八幡青山氏や篠山青山氏(宗家)と祖を同じくする名門です。

東京青山の地名の由来にもなっています。

江戸の古地図をみると、青山の各地に青山家が点在し、現在の青山中学校や青山霊園、乃木坂などの地に青山家の屋敷がありました。


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:30 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録 |
遠くにいても親戚はありがたい親せき 2019.9




遠くの親戚もまた親戚!

先ごろ、大叔母である故萩元ギンちゃんの次男さん(御年70歳)ご家族にご来店いただきました。

おたりばあさんの孫で、当店3代目とは従妹という関係です。

私は初対面でしたが一目見ておぎんちゃんの息子さんだとわかりました。

新幹線好きのお孫さんを伴って新幹線を乗り継いでのご来店でした。

遠いところをありがとうございました!







大叔母のおギンちゃんには生前の母にはいつも気にかけてお声をかけていただいたのが今でも忘れられません。

お姉さんの博美さんには、時折おたりまんじゅうのご注文をいただいています。

「うちの三春のおばあちゃんの名前の付いたまんじゅうだよ~」と知人に配っていただいています。


ありがとうございます。








令和元年後半もいい年になりそうです。


またのご来店をお待ちしています!



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:57 | comments (x) | trackback (x) | 三春昭進堂 菓匠蒼龍 髙橋::三春昭進堂髙橋氏 |
月見団子のご予約承り中!中秋の名月(十五夜)は令和元年は9月13日(金)です。





秋を告げる中秋の名月。天が澄みきって清々しく美しい季節。


一年のうちで最も月を意識するこの夜。


中秋の名月(十五夜)は旧暦の8月15日。


新暦では令和元年は9月13日(金)です


一年で最も明るく美しい満月です。








お月見は旧暦の8月15日に月を鑑賞する行事で、古より、月下に酒宴を張り、詩歌を詠じ、すすきを飾り、見団子・里芋・枝豆・栗などを盛って、神酒を備え月を眺めて楽しんだと言われています。









この日の月は「中秋の名月」、「十五夜」と呼ばれます。

また、これから始まる収穫期を前にして、収穫を感謝する初穂祭としての意味あいがありました。



9月頃に収穫される「芋」をお供えすることから「芋の名月」とも呼ばれています。

旧暦を使用していた時代は、月の満ち欠けによっておおよその月日を知り農事を行っていました。










一説によると、欠けたところの無い満月は豊穣の象徴だったそうです。

そのため十五夜の満月の夜は、豊作を祈る祭の行われる大切な節目でもあったようです。












当店では、十五夜月見だんごの他にも、お月見関連の商品を多数取り揃えてお客様のが来店をお待ちしています。







十五夜月見団子 9月13日(金)の1日限りの限定販売となります。










”すあまの十五夜月見団子”

すあま十五夜月見団子 大 750円 15ヶ入

すあま十五夜月見団子 小 250円  5ヶ入







十六夜(いざよい)、立待月(たちまちづき)、居待月(いまちづき)、寝待月(ねまちづき)、臥待月(ふしまちづき)、更待月(ふけまちづき)等々、月が出るのを待っている様を形容した呼び名が示すように、昔の人も月には不思議な力を感じていたのだと思います。









春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:39 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
矢沢永吉 7年ぶりの待望のNEW ALBUM「いつか、その日が来る日まで...」2019年10月12日 (土)東京・日比谷野外音楽堂




矢沢永吉 7年ぶりの待望のNEW ALBUM「いつか、その日が来る日まで...」

永ちゃん.ニューアルバム購入しました^ ^

待ちに待ったニューアルバム^ ^「本物の大人のロックンロール&ロマンス 矢沢永吉が今ここに贈ります。」






『向き合え。感じろ。震えろ。これがYAZAWAのど真ん中』 

いよいよYAZAWA.な季節になってきましたね。

メディア露出も増えています😄








9月は、永ちゃんのお誕生日ありますね~🎂

ソロデビュー44周年ですね~💐

走り続けるStill Rock Singer

矢沢がオリジナルアルバムをリリースするのは前作『Last Song』から7年ぶり、まさに満を持しての待望のNEW ALBUMリリースとなる。
今年デビュー47周年を迎えた「今」だからこそ描くことのできるロックンロール&ロマンスの数々を堪能せよ!






初回限定盤A(Blu-rayorDVD)、初回限定盤B(Blu-rayorDVD)、通常盤という5形態での発売。
矢沢と言えばやはり圧巻のステージ!初回限定盤A、Bは、ファンからの要望が非常に多かった歴代ライヴの未発売映像セレクション!

2019年10月12日 (土)東京・日比谷野外音楽堂






ニューアルバムをご購入して、アルバムに封入されているシリアルナンバーで応募すると、
10月12日に完全限定で行われるスペシャルライヴ

伝説となっている1976年7月24日ソロ凱旋ライヴ「ザ・スター・イン・ヒビヤ」以来、
なんと43年の時を経て、矢沢永吉があの野音のステージに立つ。






9月4日発売の矢沢永吉 ニューアルバム「いつか、その日が来る日まで...」に封入されているシリアルナンバーで応募された方から抽選ご招待!


やった〜 今日待ちに待ったBoss のCD&DVDが遂に我が家にも届きました。

さっそく日比谷の申し込みをして、CDを聴きました。






やっぱ歌上手いし、カッコいい 感動しました。

ありがとうございます。


あとは日比谷が当たればいいのになぁ🙏

よろしくお願いします。









春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:20 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
令和元年夏 紅蓮山観音寺参禅 龍吟初夜後




龍吟初夜後

山陰の浜田へ帰省の折に観音寺様で義祖母の二十三回忌法要を営んでいただきました。

その際の塔婆の裏に表記の「龍吟初夜後」と記されていました。

法要後、方丈様にこの「龍吟初夜後」の意味をお聞きしました。







禅語の一説で、語句「龍吟初夜後 虎嘯五更前」

龍は吟ず初夜の後、虎うそぶく五更の前

という禅語の一説です。






禅では夜を初夜、中夜、 後夜と三つに分けています。

その夜に仏の教えがあり、お釈迦様も明け方の明星に悟りひらいたとされています。

注 一夜を、初更(甲夜)・二更(乙夜(いつや))・三更(丙夜)・四更(丁夜)・五更(戊夜(ぼや))に五等分した称。

そして、「龍吟雲起 虎嘯風生」と解され、

初夜の後に「竜吟雲起~」(竜が唸ると雲が起る)がつく。

暁天(後夜・戊夜寅(とら)の刻)虎が吼えると風が生じる。

その後に禅修行の雲水への尊い悟りが待っている。と訳されていました。








「龍」は九つの動物の特質をかねそなえた聖獣・霊獣と云われています。

仏法を守護する天部八部衆の中でも、八大龍王は仏法を護る八体の龍神です。

三隅龍雲寺「法堂」の龍雲図のように、寺院の障壁や天井によく龍が描かれるのはそのためです。


古くより「龍」が一度鳴けばにわかに空がかき曇り、雷雲、嵐を呼ぶといわれています。


私の名前にも、龍の文字が入っているものですから他人事でゃありません。









「板塔婆」とは、故人の供養のため、梵字や経文などを書いて法要の時などに墓に立てる細長い板のことで、卒塔婆 (そとば)ともよばれています 。

板塔婆を建てることは良いこと善行をすることにつながり、その功徳を故人に廻らすという供養の一つの形ということのようです。

年回法要の時に、一回の法要に一枚だけ建立と思っていましたが、実は、花やお供物などと同じように、故人の供養と施主自身の功徳のために建立するということでした。




建てる数も施主が一本のみというところもありますし、建てたいという親戚も建てて20本くらい一度に建てるところもあります。
つまり、故人が親ならば法要の施主のみならず、兄弟や子供たちが各一枚ずつ建立というのもあり得るということでした。

また、建てなければ供養にならないということでもないということです。

そういえば、都内の墓地を見ますとやたら板塔婆の数が多いことを思い出しました。

当家でも本家ですので、先祖供養の年忌法要を多々施させていただいていますが、初めて聞くことでした。

どおりで板塔婆の料金が別に必要なわけですね。




この板塔婆を、よくよく調べてみますと、年忌法要や彼岸などに、お墓の周りに立てて、故人の冥福を願って建立するもので、サンスクリット語の“ストゥーバ”が語源と伝わっています。
その昔、お釈迦さまが入滅したあと、その舎利(遺骨)を納めた塔(ストゥーパ)を建てて供養したのが始まりとされ、それが日本に伝わり、三重塔や五重塔、多宝塔の意味となり、五重塔を模して五輪塔が建てられましたと記され、板塔婆とは、その五重の塔などの塔の簡略化したものです。










また一つ心が洗われました。


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 04:42 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田 曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |