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本日、56回目の誕生日を迎えることが出来ました。



本日、56回目の誕生日を迎えることが出来ました。






これもひとえに家族、お客様、友人知人など様々な方々のお引き立てのたまものです。


心より感謝申し上げます。







「自分で引いたレールもあるだろうし、人に引かれたレールもあるだろう。実はこのレールとは有縁無縁の様々なご縁に導かれた見えない力が作用してに構築された人生のレール。このレールに乗っていられるということは幸せなことだよ!」

人生に先輩からの言葉です。






心に響きました。

そして、私もそうありたく思います。






ディナーは愛妻の手料理です。







昨年の出来事を思い返していました。

仕事に、地域貢献に、趣味に、各種おつきあいに〜と動き回れたことに感謝しています。






コレも、全力で走られる身体を家族のサポートがあり、神仏やご先祖様の御加護のおかげだと思います。

コレは幸せということなんだと思います。






ある程度キツイ目にあわなきゃいかんのよ。

萎縮しちゃうやつもいるけど、バイタリティになる。

「なにくそ、冗談じゃない!」と、そう思えるだけ、オレは幸せだったかもしれないね。


矢沢永吉さんの言葉にあります。






正にその通りだと思っています。










今日(大寒の1月20日)を迎え、あっという間に、56歳になったような気がします。






東遠の親戚の方々にもご来店いただき





息災を祝い









1月生まれの方に共通している感覚かと思いますが、新年と誕生日が重なります。







年が明けた一年間と、自分の一歳の一年間、そして商いの決算期がリンクして、今年はどんな良い年になるんだろう?とワクワクして新年を迎えることが出来ます。

ちょっと得した気分です。






仲間に助けられ、引き立てられ






中々大人にはなれません(^.^)












2種類の人間がいる。

やりたいことやっちゃう人とやらない人。

やりたいことやってきたこの人生。

おかげで痛い目にもあってきた。

散々恥もかいてきた。

誰かの言うことを素直に聞いてりゃ、今よりずっと楽だったかもしれない。

でもね、これだけは言える。

やりたいことやっちゃう人生のほうが、間違いなく面白い。 

俺はこれからもやっちゃうよ あんたはどうする?

  矢沢永吉語録~(日産自動車CMより引用)  





















さて、ことしはどんな一年になるのか? ワクワクがしています!





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| ryuichi | 05:36 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
「秋田屋敷の猫塚」の現地確認と写真撮影 村田町歴史みらい館(宮城県村田町)専門員の石黒様にご来店いただきました




村田町歴史みらい館(宮城県村田町)
専門員の石黒様と、猫好きのサポート・アシスタント菊田様にご来店いただきました。


先の石黒さんは、東北地方の猫神・猫絵馬・猫供養等の研究で、「秋田屋敷の猫塚」の現地確認と写真撮影の帰りにご来店いただきました。


秋田家の庭園管理を任されている磐梯造園三春代表古川さんに秋田さんとの連絡を取っていただき、当日も現地案内及び立ち合いに付き合ってもらいました。







石黒様には、資料として先に水害に見舞われた丸森町文化財友の会発行、石黒様編集の「丸森町の猫碑めぐり」の小冊子と村田町歴史みらい館で平成30年開催の「企画展 再びオオカミ現る!ー東北地方の狼進行」のパンフレットを持参していただきました。


益々興味がわいてきました!







猫神とは、かつて絹製品が主要産業だったころに、ネズミがカイコの幼虫や繭の中のさなぎを食べるため、駆除する飼い猫を大切にしていたと関連して猫を神格化して祀ったということでした。







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| ryuichi | 05:40 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
三春舞鶴通信 第16号 令和2年1月14日発行



三春舞鶴通信 第16号 令和2年1月14日発行

三春に縁のある首都圏をはじめとする県外の方々が中心となって結成された三春舞鶴会の会報誌「三春舞鶴通信第16号」が前編集長の佐久間健さまから届きました。

佐久間様は、この会報立ち上げ時より編集長を長年務められ、第15号の発行をもってその職務を退任されました。
立ち上げの苦労、そして8年にも及ぶ長期にわたる編集長の職務遂行には大変お疲れさまでした。
お陰様で楽しい会報誌を拝読することができました。
心より御礼申し上げます。






第16号より、代表者織方郁映会長以下、吉田公寿編集長、菅野吉雄編集員、小川知子編集員、きりえカットに小倉修子さまという陣容で三春舞鶴通信の発行を担って頂きます。


「座談会 三春舞鶴会の現状と今後 ~三春舞鶴通信を巡って~ 」と題されて、当号に記載されていますが、皆々様の熱意ある行動で益々当会が盛り上がて行きますことをご祈念申し上げます。

楽しみにしています。
どうぞよろしくお願いいたします。







さて、第16号では、冒頭に玄侑宗久さまによる“令和の「治水」へ”と題された寄稿に始まり、会員の方々の文章を楽しく拝読させていただきました。

そして、長年本田技研でデザインを担当されていた日向野隆三様の三春での疎開体験の文章と絵を拝読させていただきました。
また、先日(2019.12・21)、「The Japan News」に、「ホンダ スーパー・カブ 世界生産累計4億台 突破 」の記事が載っていました。
日向野さんは、この「スーパー・カブ」のデザインにも関わったと聞き及んでいます。





今回は、わたくしも菅野編集員の推挙もあって会員寄稿文「三春を語る」に「おたりまんじゅう おタリさん」と題しておたり饅頭の由来、そして三春初?となるオリンピック出場候補近内三幸君に関連した文と、「ペンリレー ペンをバトンに代えて繋ぐ」のコーナーに菅野様からのバトンリレーということで当店発行の宣伝チラシ「塵壺」の名前の由来についてと2コマに寄稿させていただきました。
発表の場をいただきありがとうございました。

店内に配していますのでご自由にお持ちください。






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| ryuichi | 05:59 | comments (x) | trackback (x) | 三春舞鶴会 |
令和2年 三春城下 正月の“ちょっくら市”




令和2年 三春城下 正月の“ちょっくら市”

今年も宜しくお願いいたします。

1月17日㈮・18日㈯ 開催です。








19日㈰には年に1回の三春だるま市が開催されますよ💖





皆様どうぞお出かけください。










お待ちしております🙋 










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| ryuichi | 05:13 | comments (x) | trackback (x) | 三春ちょっくら市 |
会津若松城下の十日市縁起物「風車」




今年も会津から会津若松城下の十日市縁起物「風車」が届きました。

細い竹を編んで骨組みを作り、赤、青、黒の鮮やかな色紙を張り付けた風車。

羽の上には金文字で「福の神寿」の4文字が書き入れられています。






一つ一つの文字に「1年間、風車のようにまめに働けるように」との願いが込められています

若松城下の十日市は、会津地域最大の初市で400年以上も続く会津の伝統行事で、約400店舗もの露店が並び、通りは大勢の人で賑わいます。

市神に一年の家族の無事を祈り、「起き上がり小法師」「風車」「市飴」などの縁起物を買い求めます。







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| ryuichi | 05:25 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
2020 小袋干菓子「節分」 180円税別




小袋干菓子「節分」 180円税別


季節限定販売商品です。







鬼の面と、福の神を表した御干菓子に、白とピンクの金平糖で節分を表してみました。





真照寺の節分会は2月3日です。

節分の御茶請けにいかがでしょうか?




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| ryuichi | 05:47 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
「美正貫一郎建臣之碑」 三春町歴史民俗資料館・三春自由民権運動記念館




「美正貫一郎建臣之碑」 三春町歴史民俗資料館・三春自由民権運動記念館

土佐断金隊隊長 美正 貫一郎(みしょう かんいちろう)、美正建臣とも称す。
土佐藩士。土佐迅衝隊一番司令。

1868年(慶応4年)3月、甲州の旧武田家臣の子孫らが、同じ旧武田家臣の子孫である板垣退助の元へ与力すべく約150名が出頭し、土佐藩ではこれらにて遊撃隊を組織し、3月17日江戸に転じて後、この部隊(総勢約150人)を断金隊と名付けてその隊長に任ぜられた。

1868年(慶応4年)閏4月21日、日光の今市で合戦し、転じて北上する。

当時、三春藩は奥羽列藩同盟に加っていたが藩論は二分していましたが、三春藩の下級藩士である河野卯右衛門や、河野広中(信次郎)らは、密かに使者を仕立て官軍総督の板垣退助らと会いうべく奔走しますが、各武士であり河野らが藩の全権を委託されているとは思えず美正が窓口となり、三春藩の帰順を受諾していました。

貫一郎は、三春城の無血開城に尽力して、三春藩は、7月26日に奥羽越列藩同盟を離脱、これによって三春藩は帰順し、三春城下が戦火に晒されることも避けられて多くの人命・財産が救われました。





三春開城の後、三春藩首脳は、貫一郎の功を慕い滞留を求めたが、貫一郎はこれを固辞して二本松城攻略のため本宮市へ向かう。

1868年(慶応4年)7月27日、増水した阿武隈川を渡る際に、鉢巻を巻いた頭に日章旗を立て濁流に飛び込み、忠勇無比にして壮絶なる討死を遂げた。享年25。

三春藩では、戊辰線の戦火から城下を守った美正貫一郎の徳を讃えて「美正貫一郎頌徳碑」が三春城内に建てられ、さらにその功を偲び、美正神社が創建されたが、のち荒廃して取り壊され、代わりに、この1984年(昭和59年)12月、「美正貫一郎建臣之碑」が建立された。

また、毎年、春と秋の彼岸の期間中に、龍穏院小書院には土佐断金隊隊長「美正貫一朗」の掛け軸が掲げられます。


貫一郎の討死後は、尾崎彦四郎行正(尾崎行雄の父)が断金隊の隊長となりさらに転戦しました。







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| ryuichi | 05:30 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春藩始末記 |