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「柳橋歌舞伎」平成30年度定期公演




「柳橋歌舞伎」平成30年度定期公演


先の柳橋歌舞伎伝承館(黒石荘)に於いて開催された、「柳橋歌舞伎」平成30年度定期公演。


ここ何年か、雨模様が続いていましたが、今年は晴天の中での開催です。


会場となる黒石荘には、天候にも恵まれ大勢の観客が詰めかけ盛んに声援を送っていました。









柳橋は、当三春昭進堂先先代の女将の実家(長岡氏)があり、そこの当主夫妻も柳橋歌舞伎へ出演したり、着付け係、指導者等々の関係者です。



また、会長はじめ関係者の方々には柳橋神楽社中として、新町の田村大元神社夏季例大祭の時には楽人としてご協力をいただいています。


そういってご縁もあり、ご案内をいただいて観劇と相成った次第です。


やはり柳橋は祖母の出宿がある地域なだけあって、親しみを覚えます。









丁度中学生の歌舞伎上演の真っ最中で、来場された会場を埋め尽くす大勢の観客の皆様方で会場内は熱気に包まれていました。



また、会場内には売店が多数出展されていて、大盛り上がりです。






観光協会の資料によると、

柳橋歌舞伎は、柳橋は江戸時代、天領(徳川幕府が、直轄領地として直接支配していた地域)であったために芸能が自由に行われ、菅布禰神社の祭りに村人が芝居や歌などを楽しんでいたことが歌舞伎の始まりになったといわれています。



柳橋歌舞伎の特長は、舞台のセットから台本まですべて柳橋の農民の手で作られたものであること。

また、江戸の歌舞伎と同じく男性のみで演じられることです。 

明治時代、興行の取り締まりや規制が多くなり一時中断しましたが、昭和55年柳橋地区全戸で「柳橋歌舞伎保存会」結成して、の支援を得て復活しています。
現在では、演じる演目は「一ノ谷嫩軍記」など15を数えます。

この秋彼岸の前。

稲刈りの少し前になりますが、この時期に秋の収穫を願って、柳橋の村人が、見様見真似で芝居や歌を楽しんだと伝えられています。









平成の世になっても、目の前で繰り広げられているのかと思っただけで、是には、正直、感動しました!

かつて天領だった柳橋村の民度ともいわれる文化レベルの高さがうかがえます。










尚、御舘小学校や御舘中学校生とも出演し伝統文化の継承に力をいれています。





御舘小・中学校は、平成18年から文部科学省伝統文化補助事業実践モデル校に指定され、御舘小・中では連携して柳橋歌舞伎の授業を行っています。

来月の御舘中学校文化祭でも柳橋歌舞伎が上演されます。









この日も、会場内には、子どもたちから年配者までが、柳橋のほとんどの方々が来場され、一般公開当日の”柳橋の文化祭”的な雰囲気の中で、歴史ある伝統芸能を楽しんでいました。






春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂



| ryuichi | 05:18 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
「ちょっくら市」  2018.9 三春城下中町 本陣本店



「ちょっくら市」 



三春城下中町 本陣本店付近

毎月第3金曜 土曜


今月は、21日(金)と22日(土)です。

10時~16時






三春城下中町にある“本陣本店醤油屋”さん店先で開催されています。

手仕事人による、月に二日間だけの小さな小さなお店です。











新宮百香
9月21日・(金)・22日(土)出展します❣️
なんだか秋の気配です🌾🍁










Kokoiro +kyouhazuki
革かばん 川名京子
9月21日(金)22日(土)のちょくら市は、都合により欠席致しますm(_ _)m






9月22日(土)~30日(日) 
    いわき ギャラリー創芸工房さんにて
    『秋の衣ー10展』に出展します。よろしくお願い致しますm(_ _)m















三春昭進堂は、おはぎ3種盛 こしあん・黄な粉(こしあん)・すりごま(つぶし餡)を一個づつ入れた3っ個パック 360円(税別)







濱津農場です🍀

この度自宅にてカフェオープンしました☕️
cafe lapin(カフェ ラパン)
☕️🐇🍀

土曜日の午後13時から18時のみの営業です。

*10月より毎週月曜日は
リフレクソロジーサロン
AZUL(アスール)さんの日🍀
cafe lapinにて施術が受けられます。











*9月21日(金)ちょっくら市にてプチサロンをオープンいたします。
ハンドリフレ又は首肩リフレどちらか20分2000円(当日受付順にて受けられます)ご来場をお待ちしております🍀







*ちょっくら市 9月21日(金)

濱津農場の野菜、漬物の販売もございます。よろしくお願いいたします。











犬石千草 (バッグ・ミニポーチ・コースター)
9月21日(金)・22日(土)
出展します❣️








つむらや しのぶ








works2v 花仕事+
22日土曜日、午前、わたなべあんりさんの器に花を生けてみるワークショップ。


21.22日両日秋の実りのスワッグで出展









Kokoiro +kyouhazuki
  革かばん 川名京子
 ギャラリー創芸工房 『秋の衣ー10展』
   9月22日(土)~9月30日(日)
      出展します🍀




































春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂


| ryuichi | 04:34 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯::三春のイベント |
お彼岸 




お彼岸

春分、秋分の日をはさむ前後七日間を彼岸です。

初日は彼岸の入り、中心の日は中日、最後の日を彼岸明けといって、合わせてこの七日間は、各寺院、家庭で彼岸会の法要が行なわれています。

「春分の日」は「自然をたたえ生物をいつくしむため」に、また「秋分の日」は「祖先を尊び、亡くなった人をしのぶため」に、国で祝日に定めているように、
彼岸は、あの世(彼岸)の死者の安らかな成仏を願うという意味にあてられているます。






仏教では、生死の苦しみに迷う現世を此岸と言い、悟った捏磐(ねはん)の境地を彼岸と言います。


この彼岸が、なぜ春分、秋分の日と結びついたかというと、浄土三味経に八王日(立春春分、立夏夏至、立秋秋分、立冬冬至に善行を修すべし)の思想があり、また春分と秋分が、昼夜等分で長短のない中道の時で、仏道もまた中道を尊ぶところから、この時に仏事を行なうという考え方が生まれたと言われています。

彼岸の習俗としては、寺参りや墓参りをして亡き人を供養し、家庭では仏壇を清めて精進料理やおはぎ・ぼたもちを供え、親類知人に配るなどが一般的です。









年に2回(春・秋)のお彼岸には、お盆のときのように特別な飾り方などはございません。

お仏壇をきれいに掃除し、お供え物(菓子・花など)も新しくして菩提寺とお墓へのお参りをしましょう。



おはぎ

三春昭進堂では、彼岸の入りの日、9月20日(木)より、中日の23日(祝・日)まで、秋のおはぎを販売いたします。



こしあんこ、黒すりゴマ(粒あん)、こがし黄粉(コシあん)の3種類をご用意。

一個120円です。







焼き饅頭 大 一個 200円税別

焼き饅頭 小 一個 100円税別


こちらは予約販売のみとなります。

前日までにご予約くださいますようお願いいたします。





春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:18 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯::季節のお菓子 |
三春古四王堂修復 写経木板



真照寺山内「三春古四王堂」の修復工事も順調に進んでいます。


柱が立ち始めました。


使える部材を残しつつ、新しい部材での修復です。



大工さんも一苦労ですね!







般若心経を写経した木板が出てきました。



先の修復、戦後か、明治期か、はたまたその前か・・・



戦争に出征する息子の生還を祈願しての願掛けか・・・





奉納願主のお名前までは識別できませんが、写経木版を収めた方々の思いが現代によみがえります。







大切にしたい人への思いのつまった、やさしい人の心の表れだと思います。








春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍




| ryuichi | 05:23 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::古四王堂平成の大改修  |
「STAY ROCK」EIKICHI YAZAWA 69TH ANNIVERSARY TOUR 2018 in 東京ドーム




「STAY ROCK」EIKICHI YAZAWA 69TH ANNIVERSARY TOUR 2018 in 東京ドーム



9月14日、69歳のお誕生日を迎えるロックミュージシャン・矢沢永吉さん。
おめでとうございます!


「69TH ANNIVERSARY TOUR」のファイナルを飾るのは、誕生日の翌日開催の東京ドーム!

やっぱり、年末の永ちゃんのライブに来なけりゃ年が越せませんよ


永ちゃん! 永ちゃん!  永ちゃん! 永ちゃん! 永ちゃん!










永ちゃんのライブは、会場前から大盛り上がりで、郡山からの仲間に加えここは東京、全国から集まった矢沢な輩たちの常連の方々の顔も見えます。


今日もよろしく!の挨拶が飛び交っています。







やはり、E・YAZAWAのライブです。

しかも、武道館が改修のため使えませんので3年ぶりの東京ドーム!

やはり、独特の緊迫した囲気に会場全体が包まれています。








私の席は、抽選で当たったアリーナ席 puremiamuSS席のC10の1番~ど真ん中!


200000分の1200の確立!


持ち前の強運を駆使して見事ゲット!


目の前に移動ステージの通路がある~~


目の前を永ちゃんがトール!


そして、永ちゃんの69歳の誕生日の翌日でしたし、ツアー最終日ということもあって相当な盛り上がりです!








 同世代である友人たちは、永ちゃんのつもりで粋がっていても、しっかりメタボでが、(気持ちはあの頃のままです・・・ん、何か?

 ステージは、永ちゃんの「言葉」であり、「魂」であり、それが全部のドラマを語っている・・・永ちゃん流の言い方でいうと、その奥深さ…分かるかな?


「まだまだ矢沢は走り続けます!70になっても80になっても・・・」その言葉通り、永ちゃんは、あら‘70とは思えないパワフルなステージです。









 目の前に、69歳の矢沢永吉がいる~~。

シワは増えていても、「永ちゃん、かっこいいよな、もしかして今の方がかっこいいんじゃないか」と思えるくらいです。








“世は歌に連れ・・・”という言葉があったかともいますが、正に自分の歩んできた道全てのシーンに永ちゃんの歌やコンサートは欠かせないものです。

永ちゃんのMCにもありましたが、「人生は、いろいろあるよ!」です。


長年永ちゃんのライブに来ていますと、自分自身の人生ってやつの様々なシーンを思い出してしまいます。


そして、この40年いつも側にいて、"夢"を与えてくれる・・・・それが永ちゃんっす!










背中に細い腕をまわし

胸で 泣けるなら

忘れられるさ 何もかもが

つらい想いに Good - bye

酔っているのは お前にさ

やさしい まなざしに 時計がにじむ

二人だけの夜は 流れる

昔こうして 見つめあい同じ夢を 追いかけた

(^^♪











そんなことがありながら、オーラスのラブソングの時には、みんな泣いてたね・・・・・


果てしなく続くハイウェイ飛ばせば

なぜか この空しさは

捨てて来た あいつの面影が いまでも 追いかけてくる

振りきるのさ もう この俺は

振りきるのさ 奴をおもいだすから

気がつけば あいつの好きな歌を
いつか くちずさんでた

♪雨のハイウェイ








流行のスタイルが変わるロック・シーンで、あくまでも1つのスタイルにこだわり続けるのはそう簡単なことではありません。


そして、アンコール!

”止まらないHa-Ha”

”サイコーなRock You!”

”トラベリン・バス”の大合唱とビーチタオル投げ!








ソシテ~ノ、アンコール!

止まらいha~haのタオル投げ~♪

移動ステージが目の前に着た~~~ 🎵

矢沢永吉が目の前に来た~


永ちゃんが目の前で歌っている~

目の前に来たー!

目が合った~!


永ちゃん!永ちゃん‼永ちゃん!永ちゃん!永ちゃん!


永ちゃん最高!









ふたりで 踊ろう

最後に Believe In Me

いつかの この曲 Don't Cry・・・

好きとか 嫌いで いたなら

Easy To Lose

さだめと思えた あの頃~

♪BELIEVE IN ME

最高の夜でした。永ちゃん、ありがとう!




来年も、ヨロシク!



</




私も、御多分に漏れず13・4歳でキャロルのボーカルである矢沢永吉を知り、すっかり魅了されてしまいました。


中坊の時に、キャロルが解散!

その翌年に、今年のツアータイトルと同じ「トラベリング・ツアー」で郡山市民会館(現市民図書館駐車場)に矢沢永吉さんがソロコンサートにやって来ました。






この時には、スタッフ気取りでお客さんの案内掛のアルバイトの手伝いをしました。

この時永ちゃんに「お疲れ様~ありがとね!」といって握手していただいたのは一生忘れられない思い出でとなっています。

永ちゃんのコンサート、生の永ちゃんはこの時が初めてでした。

以来、40年来の矢沢永吉ファンです。









「うぬぼれと言うといやらしく聞こえるけど、

考え方一つ変えていい取り方すれば

うぬぼれ屋ほど自分の主張を大切にしているんですよ。

前向きなうぬぼれならいくらうぬぼれてもかまわないんです。

それは言い換えれば自信だから。

自信ということは何かといえば責任なんですよ」
                              矢沢永吉









永ちゃん! 永ちゃん! 永ちゃん! 永ちゃん! 

「ん!白い寅ちゃん?」・・・・・だから・・違いますよ!










永ちゃん! 永ちゃん!  永ちゃん! 永ちゃん! 永ちゃん!



また一年、思いっきり走れます!


エ、打ち上げですか?


今回は残念ながら、車で直行直帰でした。


湯島天神下、池之端の御用達駐車場(旧越後高田藩榊原家十五万石江戸屋敷跡)に車を預けて、湯島の天神さんの子供たちの学業成就を祈願して・・・


境内に入ると視線を一手に集めてしまいました。


いわゆるアウェー感満載っていうやつですか?

同じく子供の学業成就を願うお父さんやお母さんが多数参拝に訪れていましたが、「今日は矢沢永吉のコンサート?」「白いスーツ」・・・といったささやき声がさざ波のようになって波打つように聞こえてきます。


神官や祢宜さんが白い着物でしたが、さすがに白いスーツは目立ち過ぎました。


とりあえずタクシーで、後楽園、ドームへ。


お昼には、東京大神宮近くにあるしゃれたイタリアンレストラン「ブオンクオーレ」でパスタと気合のマルゲリータ!


これでお腹と気合は十二分にチャージ!








行きはタクシーでまっすぐドームへ行きましたが、帰りはみんなとおしゃべりしながら池之端迄歩いてきました。


小腹も減りましたので、湯島天神の入口にある中国料理 東昇餃子楼でチャーハンとふかひれスープで腹ごしらえ・・・


もちろん車で帰りますのでウーロン茶!


上野広小路や池之端の誘惑に後ろ髪をひかれながら、家路につきました。


丁度この日は根津神社祭礼初日!


祭り三昧の日となりました!



二日目に筋肉痛がやってきたー⁉


酔っているのは〜おまえにさ〜〜♩(^_-)


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:04 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
和三盆糖 御干菓子 「紅白玉」   320円税別




和三盆糖 御干菓子 「紅白玉」   320円税別






日本古来の砂糖である和三盆糖を使い、半円の紅白の御干菓子を組み合わせて紅白の球に見立ててみました。

さっぱりとした甘さと後味の良さ。

細かなきめと、飽きのこない上品さが特徴です。






三春大神宮祭礼に合わせてみました。


三春昭進堂のお東は、味覚だけでなく視覚でも、季節の移ろいをお楽しみください。


紅白玉は、かわいい和紙に紅白を組み合わせて包まれており、ちょっとしたおもたせや、祝い事のプチギフトとしても最適です。



結婚式や敬老会など御目出度い席にもお勧めです。









春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:21 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯::季節のお菓子 |
塵壺326号 三春城下のお葬式 監修 株式会社菊川屋 内藤忠 平成30年9月発行





       三春城下のお葬式        

監修 株式会社菊川屋 内藤忠 

 「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。 死ぬる時節には死ぬがよく候。是はこれ災難から逃れる妙法にて候」

越後の禅僧良寛和尚が友人へ出した見舞の一文です。

 「人として生まれたからには四苦八苦からは逃れることはできず、目をそむけず、あるがままに受け止め、その時々に自分が為すべきことをただ精一杯に為す」という禅の教えだと解していますが、近親者など親しい人の葬儀や法事なども為すべきことであり、その送り方で自身の生き方を見つめ直す機会になっているようにも感じています。


 三春城下でのお葬式は隣組で取り仕切り、葬儀の日程は遺族と隣組長が相談して「友引」と「寅の日」「三隣亡」を避けて、お寺さんや火葬場の都合と照らし合わせて決定します。

 「友引」は友をあの世に一緒に連れて行くとされ、「寅の日」は「寅は千里行って千里帰る」と言われたことから死者が成仏できずに帰って来るとされています。

また、三隣亡(さんりんぼう)凶日として「この日に事を行うと3軒隣まで亡ぼす」という各種行事が避けられていました。

 お葬式ができると、故人の近しい方々や、字内の方々などに葬儀の日取りを知らせる為、 「告げ人」と呼ばれる方々が葬儀の知らせ配りをします。

 「告げ人」は昼間に必ず二人一組(一人は立会人)で歩き、死霊への恐れから決して後ろを振り向かず、尚かつ寄り道をしないと云う慣習が残っています。

お葬式を「ザザンボ」と云うのは、忌・隠語なのでしょう、埋葬・野辺送りの葬列時の先頭にたつ妙鉢の音(ジャン~ジャン~ボー)からの造語からきていると考えられています。






また、三春城下ならではの風習として「差重(さしょうもり)」と称される知らせがあります。

差重とは、その家や故人と特に親しかった方々へのお知らせで差重を受けた人はすぐに駆け付け葬儀の手伝いをします。

本来、差重とは「病い差し重り、お知らせ申し上げます」という意味で、危篤の人を見守るということから差重と呼ぶと伝わっています。     

納棺は、棺の中にサラシの蒲団を敷き、着せる着物は白いサラシの行衣(ぎょうい)で、近親者や近所の女の人たちが手縫いしていました。
この時ハサミや物差しを使わず、サラシを目分量で測り、手で裂いて裁ちます。そして、返し針をしないで玉結びをつけない白い木綿糸で縫い上げます。

これらは、日常忌まれている行為で、行衣は、たたまずに死者に着せることから、日常の生活では「洗濯したものは、一度もたたまずに手を通してはならない。必ず一度はたたむように」と忌を嫌ったと云われています。





仏教思想の浸透から、死は十萬億土への旅立ちだと考えられていて、手甲、脚絆に草鞋(わらじ)女には草履を履かせ、頭陀袋を首からかけます。

頭陀袋には穴あきの六文銭を入れていました。現在では六文銭と紙に書いて入れていますが、本来六文銭とは「死者の小遣い」とも、「三途の川の渡し賃」だとも云われています。

 額には、白いサラシを三角状にして鉢巻きのようにしてつけます。

棺には故人が生前好んだもの、女の場合は櫛や化粧道具など、男の場合は筆やお茶などをいれます。

また、死者の手には数珠を持たせ、脇には金剛杖をおき、死者が動いたりしないように籾殻を詰めた紙袋を入れていました。
 

棺の蓋を閉めるのは出棺前に行い“これから閉める”という触れを出して六尺役の人々か、近親者が小石で釘を打っていました。
小石で打つのは、小石は三途の川の石を意味していて、三途の川を無事に渡れるようにとの思いを込め行うものです。

 出棺は、縁側から送り出し、二度と帰れないという意味を込めて故人の茶碗を割ります。

六尺(ろくしゃく)とは陸尺とも書かれ、その昔、縦棺(座棺)の幅が二尺、深さ四尺の樽で併せて六尺から来ている説と、土葬の深さが六尺だったからと言う説が残りますが、本来は力車(りきしゃ)からの訛りで、故人の棺輿を担ぐ者という意味からだとされています。
古くは、棺に蓋をしてから、きれいな模様の入った布で棺巻きをしていました。

この棺巻きで使った布は埋葬のお礼として六尺の方々に配られたと云います。




竹などを弓状に曲げて作った「仮門(かりもん)」を玄関の脇に用意し、出棺の際、棺や葬列をくぐらせる風習が残っています。
これには死霊との別離を確実にするといった意味が込められており、出棺後にはすぐに壊します。

こうすることで、もし死者が戻ろうとしても、この世とあの世の境になる門がないので、この世に帰って来られないと考えられています。
また、農村部などでは、「仮門」を燃やす「門火(かどび)」を焚く地域もあります。

「門火」をたくことで、故人が迷うことなくあの世へ行けるようにという思いが込められているそうです。


三日七日法要後のお斎、所謂 精進落としとも精進上げともいわれています。

三春城下では、三日七日用の引出物を別に用意してあり、御膳には刺身や肉などの生臭ものも解禁となります。

この時、『お開まんじゅう』と「三角油揚げ」が用意されます。

三春城下には寺社が多くある関係から精進料理と結びつく饅頭屋と豆腐屋が多くあり、その名残とも考えられています。




忌む(いむ)「忌」というのは、「きらい避ける」「遠ざける」という意味があります。

喪中も忌中も故人を追悼し身を慎む期間とされています。
これは親族に不幸があったことで元気がなくなり「気枯れた状態」なので外の人たちと接触しないで慎みなさいという強制の意味を持ったものが「忌」なのです。





三春町史参照  
                蒼龍謹白  さすけねぇぞい三春! 拝



塵壺326号に追記


| ryuichi | 04:13 | comments (x) | trackback (x) | 「塵壺」 三春昭進堂 |