2022-07-04 Mon
舞木のお稲荷さま 高屋敷稲荷神社
「夏越の大祓 茅の輪くぐり」2022
現在、高屋敷稲荷神社さまでは、茅の輪が設置されております。
夏越の大祓とは。半年間のうちに知らず知らずのうちに受けた罪や汚れを落とし、残りの半年を健やかに過ごせる事を祈る儀式、神事で、茅の輪をくぐることで心身を清めて厄を祓い、無病息災を願うというものです。
高屋敷稲荷神社 夏越大祓(なごしたいばつ)
日: 7月31日(日)
時: 午前10時
知らず知らずに犯した罪や心身の穢れを、茅の輪をくぐり紙の人形(ひとがた)に息を吹きかけて、祓い清めるおまつり
お参りの際には茅の輪くぐりをされ、清浄な心身で夏を乗り切り下さいませ。
コロナ禍ということもあり、まだまだ油断できないこの時期だからこそ、無病息災や家内安全の祈願に、是非お立ち寄り下さい。
CJ・monmo2022.7月号に高屋敷神社さんが紹介されています!
三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍
| ryuichi | 03:52 | comments (x) | trackback (x) | 「商売繁盛祈願」高屋敷稲荷神社 |
2022-07-03 Sun
例年より早い梅雨明けの三春城下です。
真夏の空に映えるように三春藩秋田家祈願所「東門院日乗山眞照寺」の紫陽花が見ごろを迎えています。
真照寺は、その季節によって様々な花が顔を覗かせ、参詣者する者の心を和ませてくれています。
春にはあれだけ賑わいを見せた境内も、今がひっそりとして参詣に訪れる方々の癒しを演出してくれています。
人にとって真夏、特に猛暑はうっとうしいと感じますが、木々や野草にとては水分をたっぷり吸いとても元気そうです
山内ではいたるところで山野草花が楽しめます。
梅雨明けと共に山百合の花が咲き始めます。
春陽郷三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍
| ryuichi | 03:53 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主秋田家祈願所 真照寺::祈願所の四季 |
2022-07-02 Sat
先に歴史の話をさせていただいた中妻スズラン学級の神山様より、「中妻歴史を守る会」が昭和57年12月のまとめられた「小社・小祠乃調査」中妻文化愛を守る会発行の写しを拝領いたしました。
中を見ますと、中妻地区(鷹巣・沼澤・斎藤・西方)に残るそれぞれの氏神、屋敷神の祠が詳細に記載されていました。
正に先人が地域の歴史を子々孫々へつたへようとした貴重な証・調書・調べであります。
そして、神山様のご先祖に関する資料も添付されていました。
(1) 伊達天文の乱に際し、暗宗に覚した蒲倉相模守(修験大祥院か) の赦免及び買得地の知行を承認した伊達稙宗方三春城主田村好閑・隆顕・胤義の起請文。
(2) 同じく伊達天文の乱に際し、福原大蔵大輔のたっての懇望に任せ、暗宗に覚した蒲倉相模守の身体を安堵する旨を福原に伝えた伊達稙宗方田村隆顕の起請文。
2 通共に熊野牛王を用いているのが特徴である。
また、これらは、 東京大学資料編纂所が「仙道田村荘史」 の著者青山正方で収録した青山文書に含まれ、 その後原本の所在は不明であったが、 青山一族の神山家に当該文書2通が保存されていた。
塵壺の資料にさせていただきます。
ありがとうございます。
塵壺を発行しているご縁から、饅頭屋の私が高座より歴史のお話する理由は、故郷の歴史を知るということ 自分自身の足元を見る、自分自身を見る「照顧却下」と考えています。
昨今、子供の中で「自己肯定」する割合が低いとされていますが、このような三春のお話をすることによって三春に興味を持ってもらいそれらを自身につなげてもらえればいいなあと考えています。
最後に出席された方々のお願いとして、是非、家に帰ったら子供さん、そしてお孫さんに対してこういうお話をしていただいて、三春で生まれたこと、三春に縁がある事を通じて「どこに行ってもどんな状況でも、自分自身を見失わない」「三春に生まれたことを誇れる」という自身の自己肯定を以て、成長の過程に少しでも寄与していただければと考えています。
「日本の唯一の資源は人であり、人を育てるのは教育しかない」
三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍
2022-06-30 Thu
御城山麓の紫陽花が見頃を迎えています。
毎年行われている三春町つくり協会の方々の手入れによって、今年もきれいに咲き始めました。
三春城址御城山景観整備として、三春町まちづくり協会、旧城山公園整備検討委員、三春町職員等の協力により、平成20年度から約4000本のアジサイなどを植栽してきました。
紫陽花の植樹は平成24年度をもって完了して以降は下草刈り、剪定等の管理作業を行っています。
御城山は、「舞鶴城」として親しまれている三春城のことです。
永正年年間(1504~)に戦国大名の平姓田村義顕(たむらよしあき)が築いたと伝えられ、築城から500年余となります。
築城後、義顕が初めて入城した朝、城の上空を鶴が舞うように羽ばたいていたので、「舞鶴城」と呼ぶようになったともいいます。
周囲の丘陵よりも頭一つ飛び出た急峻な岩山の上に築かれた三春城は、簡単には攻め落とすことができない要害堅固な山城でした。
愛姫の生まれた城です。
三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍
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