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「塵壺~春陽郷三春思ひ附阿津免草~」の福島民報出版文化賞正賞受賞記念 三春町長へ報告と三春町立小中学校へ塵壺を寄贈しました。




「塵壺~春陽郷三春思ひ附阿津免草~」の福島民報出版文化賞正賞を受賞した記念として三春町長や三春町教育長のご臨席をいただいて受賞の報告と三春町の小中学校へ塵壺を寄贈しました。






「見たことがある饅頭屋のおっちゃんが本を出した!」ということで、未来を担う子供たちに本の内容や本そのものに親しんでもらうことはもちろんですが、「自己表現の一つの形式「として「本の出版」ということも頭の片隅に置いてもらえればと考えています。











三春城下御菓子三春昭進堂 100年 菓匠蒼龍

| ryuichi | 03:25 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春昭進堂菓匠蒼龍 ::福島民報出版文化賞正賞受賞「塵壺~春陽郷三春思ひ附阿津免草~」  |
塵壺421号 「戦争体験回顧録  湯浅雄逸氏 湯浅製作所会長」令和8年吉日発行




塵壺421号 「戦争体験回顧録  湯浅雄逸氏 湯浅製作所会長」令和8年吉日発行

 三春に疎開して80年になるという御歳97歳の大御所、湯浅製作所会長の湯浅雄逸さんにご自身の戦争体験や常備消防の話を伺いました。

 昭和3年(1928年)生まれの湯浅さんは、東京は大塚のご出身で護国寺境内にある「青柳小学校」(現文京区大塚)、そして神田小川町にあった「聖橋高等工学校」を卒業。実家は、金属部品加工製作の湯浅製作所を営んでおり、旧日本海軍指定工場で、従業員は15人。海軍の依頼を受けて指定軍需工場として魚雷や飛行機、そして自動車の部品などを製造していました。


 昭和19年末から、米軍B-29による軍需工場や軍事基地などへの本土夜間爆撃が始まり、沖縄陥落後には、F6FグラマンやP-51ムスタングなど航続距離の短い戦闘機の護衛を伴った昼間爆撃も可能になり東京・下町などの市街地へ大規模な無差別焼夷弾爆撃が開始されます。当時、湯浅さんは15歳で、首都東京の戦争・空襲も体験されています。


 一度、空襲があると小さな日本家屋など3分間で燃えてしまう状況であっと言う間に大火となってしまったそうです。周知のようにB-29の大編隊による無差別爆撃です。たちまち東京は火の海と化します。






各々発生した火災鎮圧のために町内会ごとに組織された防火消防隊によって「手押し消火ポンプ」を出動させ、大きな井戸から水をくみ上げ手押しポンプへ注水して消火にあたりますが、若者は兵役に就いていた為に首都の防火任務は残された老人と婦女子、そして少年だけの消防隊。しかも大火の連続で、湯浅少年も消防ホース管槍(筒先)をもって

三昼夜消火活動に従事し、その熱波で顔中に火傷を負ったそうです。

 爆撃で道路を挟んで向かい側は焼け野原になったそうですが、道一本隔てた自宅は消失を免れたとのことです。

 また、上空のB-29は大きくて日本の迎撃戦闘機が豆粒のように見えたとの事ですが、海軍の零戦、雷電、月光、陸軍の飛燕、鐘馗、疾風などの迎撃戦闘機部隊や高高度高射砲部隊の活躍によりB-29が撃墜されるのも見ていたそうです。







 この体験が後の三春町消防団機関部の指揮官として平常心を保つのに生かされたそうです。

 昭和20年8月には、本土爆撃激化に伴って軍からの指示により軍需工場疎開と成り、湯浅製作所も金属加工の機械類を福島県双葉町へ移設しますが、艦砲射撃の危険があるということで、更に三春へ移設移転し、湯浅さんは家族や従業員などと共に三春へ疎開移住し大町の三春町交流館「まほら」付近の空き家に製作所を再開します。


 この頃になると地方都市へ疎開した軍需工場や陸海軍の飛行場などへの爆撃が始まり、B-29に加え戦闘機による軍事関連施設及び、鉄道機関車や自動車、牛馬はもちろん人間までも動くもの全てに機銃掃射やロケット爆撃が実施されるようになり、昭和20年4月から8月まで計4回実施された郡山空襲では、保土谷化学郡山工場、日東紡富久山工場などを中心に攻撃を受けて近隣の国鉄郡山駅周辺まで被害に遭っています。三春でも各地で被害がありました。


 湯浅さんは、仕事の関係で出向いた日東紡で、工場の屋根が穴だらけという場面にも遭遇されています。終戦となりましたが、そのまま三春町に於いて戦後復興に不可欠な各種産業の機械化のため資機材や各種部品の製作加工の製作所を営み、戦後日本の高度成長に寄与されていました。 



 防災に於いても、湯浅さんは、空襲体験を生かし三春町消防団本部機関部の部長(三春町消防団本部分団長)を16年務めた当時のことを伺っています。三春町の合併後からの設立で、その当時は火災や水害などの災害対応や各種会議や会合、そしてポンプ整備や練習など3日を置かず三春町役場や機関部屯所へ出向いていたそうで、郡山広域消防組合が昭和48年4月1日に発足するまで、三春町消防本部機関部(常備消防)の指揮官として三春町の防災の為に尽くされました。


 当時は、人数や資機材不足のために、郡山広域消防組合田村消防署三春分署共に火災出動はもちろんですが、急病やけが人などの救急車の任務も遂行していたと笑って話されていました。

 機関部解散後の消防団春季検閲式には、招集ありませんが、湯浅元部長の指揮の下で自発的に機関部員が参集して列外に整列して町長及び消防団長に辞意と心意気を表したと語っておられました。尚、旧三春城下の火災の際に、その火災防御態勢構築の生命線となっていた桜川敷設の防火用堰は湯浅製作所製でした。


 戦後80余年、湯浅さんに改めて平和の尊さをご教示してもらいました。


      蒼龍謹白 さすけねぇぞい三春! 拝








 第49回福島民報社出版文化賞において「塵壺~春陽郷三春思ひ附阿津免草~」が「正賞」の栄誉をいただきました。これも一重に、皆様方の長年にわたるご指導とご支援の賜物と深く感謝いたしております。
 

今年、手前どもが営む三春昭進堂が100年目を迎えた時に「正賞」をいただきましたことは何よりの記念となりました。

さらに、過去の受賞者には、第4回受賞に大叔父髙橋哲夫の名前もあり、大叔父が当時63歳で私と同年というのも必然的な因縁めいたものを感じ、「温故知新」未来を創造するお手本は、過去にしかないと改めて、ご先祖様、そして天からのご褒美と感謝しているところです。






明治末創業の絹製品商社「磐城商会」から、昭和という改元あわせて店名を「昭進堂」と改名しました。

「真照寺(堂)の門前で、商いを通じて三春を昭(あか)るく照らしながら前に進んでいこう」という意と伝わっていますが、この受賞によって三春へ明るい話題が提供できたかなと思っているところです。

今後もこの栄誉に応えるよう尚一層精進してまいる所存ですので、変わらぬご厚誼を賜りますようお願い申し上げます。




 





 「磐城商会」三春昭進堂 髙橋龍一







| ryuichi | 03:30 | comments (x) | trackback (x) | 🌸「塵壺」 三春昭進堂 |
三春水まんじゅう 「逃水(にげみず)」 





三春水まんじゅう 「逃水(にげみず)」 



三春昭進堂の夏の定番水まんじゅうの「逃水」の販売を始めました。







「塩レモン」も好評に付き定番として販売いたします。



レモンの酸味に塩味でアクセントをつけました。






そして、抹茶小豆

女将が煉った抹茶を生地加えました。

中餡は小豆をよりいっそう感じられる当店特製つぶし餡です。












「逃げ水」というネーミングは、ご存知の方も多いかと思いますが、子母澤寛の小説「逃げ水」から頂きました。


幕末の徳川幕臣で、大政奉還後、徳川幕府十五代将軍徳川慶喜の護衛の任務を最後まで遂行した奥詰、髙橋伊勢守謙三郎泥舟を描いた小説です。









冷凍販売でご案内しています。

これからの時期ですと、お買い上げから約30分~1時間位で食べごろになります。

そのまま冷凍保存もオッケーです!









日持ちは冷蔵庫で2日間位ですので、宜しくお願いいたします。




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:22 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯::季節のお菓子  |
「神拝詞」(はらいことば) 掲示板奉納




「神拝詞」(はらいことば)


「祓(はら)え給い、清(きよ)め給え、神(かむ)ながら守り給い、幸(さきわ)え給え」

「穢れを祓い清めていただき、神さまの御力によって守り、幸いをお与えください」という意味合いだそうです。





田村大元神社に奉納させていただきました。


三春昭進堂100年記念事業








三春城下 磐城商会 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 03:01 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春昭進堂菓匠蒼龍 ::三春昭進堂髙橋 |
本日火曜日は定休日となっています。



本日火曜日は定休日となっています。

又のご来店をお待ちしています。






令和8年熊本地震により、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます

猛暑の中、突然の災害により、不安な日々を過ごされている皆様におかれましては、一日も早く安心して暮らせる日常を取り戻されますよう三春の地より、心よりお祈り申し上げます

被災地支援の一助となればとの思いから、ささやかではございますが義援金をお送りしました。


被災地の一日も早い復旧、復興と皆様のご健康、ご安全をこころよりお祈り申し上げます。







復興支援、安心安全な生活を祈念して、鎮守様 田村大元神社仁王門の側溝掃除



早朝、新鮮な空気に包まれての鎮守様の掃除の時間

神道では 掃除は「清め」のひとつとされ、神様が通る道を整えることは氏子・別火講中にとって大切な務めと伺ったことがあります。

頭がすっきり気持ちも軽やかになるような気がいたします。

掃除は自分自身を整える時間でもあるのだと気づきました

禅の教え「坐禅」と同じです。

只々座る。只々掃除をする。

掃除を通じて自分自身を見つめなおす楽しい時間です。






砂防のために設えた細工が功を奏しているようです。

備えあれば憂いなし



饅頭屋の知恵ですが‥‥(笑)







三春城下 磐城商会三春昭進堂100年 菓匠蒼龍


| ryuichi | 03:07 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
中央ヤマモダン vs きのこ集団Protomass 「サッカー vs 野球 ──エンドランかけてファルカンフェイント──」



中央ヤマモダン vs きのこ集団Protomass

「サッカー vs 野球 ──エンドランかけてファルカンフェイント──」



今年の9月に、新潟を拠点に活動するコント集団「中央ヤマモダン」と福島を拠点に活動する演劇集団「きのこ集団Protomass」による合同公演を新潟市と福島市で開催しますッ!

中央ヤマモダンのサッカーへの思い溢れる短編ときのこ集団Protomassの野球への思い溢れる短編が相対するハートフルな企画デス。

プロトマスはコーンフレークをいじりながら野球の話をしたり、蝉を捜索したりする話を上演しますッ!

詳細・ご予約はプロフィールのリンクから🦭







↓、公演詳細なぞなぞ↓
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中央ヤマモダン vs きのこ集団Protomass

「サッカー vs 野球 ──エンドランかけてファルカンフェイント──」

■新潟公演
・会場
ギャラリー蔵織(新潟市)
(〒951-8062 新潟県新潟市中央区西堀前通1-700)

・日程
9/5(土) 15:00/19:00
9/6(日) 12:30/16:00
※受付15分前

■福島公演
・会場
ATELIERブリコラージュ
(〒960-8034 福島県福島市置賜町8-30 カスタムビル 2F)

・日程
9/12(土)14:00/18:00
9/13(日)14:00
※開場30分前

※上演時間は約90分の予定
※両会場ともに、専用の駐車場はございませんので、お近くの有料駐車場をご利用ください。

・料金
一般 2000円
学生 1500円
当日一律 +500円

・お問い合わせ
メール yama_modern@yahoo.co.jp

きのこ集団Protomass上演作品
『ソーダ色した内野手は振り返らずに』
作・演出 髙橋 成知

役者
辻1 金城 竹彦
辻2 解像度 哲司
辻3 大江 優花
三塁コーチャー 増子 ツグミ(潮汐机案)

裏方
舞台監督・照明 二瓶 碧
音響 髙橋 成知
制作・宣伝美術 大江 優花

あらすじ
なんとなく冷んやりとした冷たい空気の流れる秋の日の午後。
談話室でコーンフレークをいじっていたとき、床に蝉の羽が落ちているのに気づく。本体は捜索したが、どこにも見当たらない。
お金を下ろしに行った同僚に殺虫剤を買ってこれないか電話するも、ひどく取り乱した様子で「ATMでマグロの解体ショー始まってそれどころじゃない」——
そして8回裏、2アウトランナー1塁、3塁コーチャーは守備陣を金属的な決意を秘めた視線で見つめる。
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・定員(求めているところがあれば)
各回20名程度

・予約フォーム
新潟公演
https://r7ticket.jp/121a19eb0c57476/


福島公演
https://r7ticket.jp/13b119eb0ce46c7


| ryuichi | 03:46 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春昭進堂菓匠蒼龍 ::劇団きのこ集団プロトマス |
「御祈祷 御璽(ごきとうぎょじ)」「洞内安全」




「半夏生(はんげしょうず)」の頃、三春城下在の各地の集落入口付近で、細竹の先に「御札」を括り付けて村境付近に建てられているのを目にします。






磐越自動車道と飯野三春石川線の辻



 これは「五穀豊穣」と「村内の安全」を祈願して「夏越の祓(なごしのみそぎ)」として神主さんに「辻切り」の御祈祷を受けた「御札」を、村の入口の「辻」と呼ばれる道の交差するところ、特に鬼門(東北)や裏鬼門(南西)の方角に立てて村外からの疫病などの災厄(さいやく)が、村内に侵入するのを防いでいるものです。





 この御札には「込木見渡神社」等の鎮守名と「御祈祷 御璽(ごきとうぎょじ)」と共に「村内安全」ではなく「洞内安全」と記載されています。

込木洞…この洞(うつろ・ほら)とは、室町期以降の東国の武士、地侍の一族郎党が所領する集落を指しています。






三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 03:33 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春ノ信仰1 |