2009-01-07 Wed
当店、旧せり市場側の春陽門です。
冬でも、さんさんとお日様が照らしてくれます。
「座右の銘」 塵壷平成11年四月号より
昔、中国の北方「塞」と言う国に、一人の老人が住んでいました、ある日その老人が大切にしていた馬がどこかへ逃げていってしまいました。気の毒に思った村人は、老人を慰めましたがその老人は、「人生にはいろんなことがあるよ」と言って気にも留めません、
半年後、その馬は、名馬を連れて戻ってきました。村人は、おめでたいことだと言って、老人を祝いましたが、老人は「人間良い事があれば、悪い事もあるよ」と言って特に喜んではいません。
老人には一人息子がいて馬を可愛がっていましたが、ある日、この馬から落馬して、片足が不自由な体になってしまいました。
また村人が、足が不自由になった息子を見舞いましたが、老人は、この時も落胆した様子も無く、それどころか少しも気にかけている様子もありませんでした。
それから一年後、「塞」に外国から軍隊が攻め込み戦争になりました。村の若者たちは、戦に駆りだされ、ほとんどが戦死してしまいました。この息子は、足が不自由な為、兵士となって戦場へ行くことも無く、老人共々、末永く幸せに暮らしたと言う事です。
このように、人生には、不幸と思えることが、幸を招く起因になることも在り、逆に幸いと思っていた事が、不幸の芽を育てていると言う事もあるようです。
先日、福襦寺での説法会のお話の中に「人間生まれて来たときが、始発駅、臨終の時が終着駅として、少しずつ又、確実に臨終に近づいている」とありました。
生きている間は、一時たりとも無駄な時間などない、良いことがあっても有頂天にならずに、不幸が続いても落胆し過ぎたりせず、今を一生懸命、力強く生き抜いて生きたいものです。
「災難に合う時節には、災難に合うがよく候」 良寛
蒼龍謹白 合掌
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