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三春城下時宗「法蔵寺のカレンダー」


三春城下荒町の時宗「法蔵寺」の方丈さまより平成26年度版のカレンダーを頂戴いたしました。

今年は、少し趣向を変えて花と仏様、そして仏詩が取り上げられています。



「お・ま・か・せ」 
人としての一切のはからいを捨て 仏や三宝に帰依して 全てをお任せする。


法蔵寺暦(お寺ホームページより)




店内に配していますのでご自由にご覧ください。

| ryuichi | 14:55 | comments (x) | trackback (x) | 春陽三春歳時記 |
「削り花の彼岸花」


三春地方の春彼岸で、墓前に供える「削り花・彼岸花」と呼ばれる彼岸花の造花です。

今年から取り扱うことになりました。

5本 630円

以前、祖母が存命で元気の頃は取り扱っていましたが、、ここしばらく取り扱ってはいませんでした。
しかし、お客様のご要望もあり、知人に頼んで販売させていただくことにしました。

木材を削り、それに色を塗り、花びら・葉っぱを作り、竹の棒に緑のテープを巻き、花びらと葉っぱをつけた造花。
三春など東北南部の春の彼岸には、無くてはならない造花です。



まるで秋の彼岸に咲く曼珠沙華のような雰囲気があります。
今では生花も入手できますが、昔からの風習で造花の『削り彼岸花』を
お供えします。



昔は、春の彼岸の頃はまだ寒く、生花が手に入らなかったため
代わりに造花をお供えしたそうです。
この削り花は春だけで、秋の彼岸には生花をお供えします。

北国ならではの生活の知恵ですね。



| ryuichi | 05:38 | comments (x) | trackback (x) | 春陽三春歳時記 |
平成24年度 三春昭進堂“恵比寿講祭”
平成24年度 三春昭進堂“恵比寿講祭”



旧暦の十月二十日(平成24年の三春昭進堂では12月3日月曜日に挙行します)

七福神のひとつ恵比須神の祭礼。
神無月にすべての神が出雲へ行ってしまう中、出雲に里帰りをしないで留守番をする例外的な神様、「留守神」様も考えられました。
 例えば、農村の村境などに祭られている塞の神も、里帰りの費用もないほど貧乏で子だくさんだったから、などという理由がつけられ、出雲帰りをしない神と言われています。



 なかでも、一般庶民に台所の神、家の神として祭られる「恵比寿」は、留守神としてよく知られています。
 恵比寿は、「夷」や「戎」とも書き、異郷からやってきて、人々に幸福をもたらしてくれる来訪神(まれびと)としてあがめられ、もともと漁業の神として漁民に信仰されましたが、農村では田の神として信仰され、都市では商いの神、市神として、特に商人の信仰が厚かったのです。



 そこで、留守をあずかる恵比寿神を慰めるため、十月には「恵比寿講」を行って盛大に祭ります。

恵比寿講祭の日。
商家では、店を早じまいし、えびす神や大黒天に鯛、お神酒、餅、果物などを供え、出入りの商人や親類縁者とともに、盛大な祝宴を催します。その席で、座敷にある品物などに値段をつけ、売り手と買い手に分かれ、商売のまねごとをするしきたりもありました。



また、在方では田の神として信仰を集め、恵比寿様に田植えの後の苗を供えたり、稲刈り後の稲を供えるなどしました。



当日、12月3日(月)ご来店のお客様に、恵比寿講祭のおすそ分けとして“紅白すあま”を進呈します。



そして、いよいよ明日です。
福島中央テレビの夕方3:50分から放送の情報番組「ゴジてれChu!」に三春昭進堂が登場します。

「ふくしまグルメ旅」コーナーです。
こうご期待ください!

| ryuichi | 05:15 | comments (x) | trackback (x) | 春陽三春歳時記 |
夏越と半夏生


「夏越(なごし)」
一年を半分に分けて考えられていた時代の産物で、「夏越の大祓い」の行事はいわば大晦日にあたります。



「夏越祓」は「水無月の祓い」とも呼ばれ、1年のちょうど折り返しにあたる6月30日にこの半年の罪や穢れを祓い、残り半年の無病息災を祈願する神事です。

名越しは「夏越し」とも書かれ、この日を「六月祓い」「荒和(あらにご)の祓い」「夏越節供」「輪越祭り」とも呼んだりします。
 また、ナゴシという名称は、神様の気持ちを和らげるという意味の「和し」からきているとも言われています。



大晦日が新年を迎えるための大切な日であったのとおなじように、六月晦日も、神に年の前半のあいだの無事を感謝し、収穫までの後半年の無事を祈るための物忌みの日、祓いの日と考えられていました。

今日でも、境内に作られた茅ノ輪をくぐって厄除けをし、本格的に到来する真夏へこころを新しくして準備をするものといえそうです。

昔、宮廷では十二月晦日と六月晦日の年二回、「大祓い」の神事が行われていました。祓いは、日本の神祭りの基本とも言える作法で、大祓いの本来の意義は、年間を通じて最も大切な正月と七月の祖霊迎えの行事を前にして、物忌みを行うことでした。
 そして、十二月のほうを「年越し」と呼ぶのに対し、六月のほうを「名越
し」と呼んだのです。

7月1日は半夏生(はんげしょう)にあたります。
七十二候の半夏生は、中国から伝えられたものですが、七十二侯から取りいれられた雑節の半夏生は日本の生活に必要なものとして独立して暦に組み入れられたものです。



夏至から11日目、農家では田植えが終わるころで、この日の天候によって稲作を占ったり、この日雨が降れば大雨が続くとか、この日以降の田植えをすると収穫できないとか、この日田圃の仕事を休むとか、地方によっていろいろの風習や物忌みが守られていますが、五穀豊穣を祈るための神事でしょう。

また、「半夏生」は半夏という植物が生える日とされ、この日は天から毒気が降り、地上に毒が満ちる日とされていました。
このためこの日に採った山菜や野菜は食べてはならないとか、井戸から水を汲んではいけないなどの言い伝えがありました。

農家は、この日までに農作業を終え、この日から5日間を休みとするところもあるそうです。
農家の骨休めだったのかもしれません。



古くから小豆には魔除けの力があるとされ、夏越祓には小豆をつかった和菓を食べる習慣があります。
また、小豆を薬膳的にみても

利水利湿・・・・利尿作用でカラダのむくみを改善
解毒排膿・・・カラダの毒素を消して、膿を排出

という効能があります。

特に利尿作用は強く、小豆の煮汁ごと食べたほうが効果が高いといわれています。

和菓子の餡は小豆を煮汁ごといただけますから、美味しいだけでなくむくみにも効果が期待できます。



| ryuichi | 05:48 | comments (x) | trackback (x) | 春陽三春歳時記 |
三春馬場の湯若松屋イベント「エージ&テツLIVE」
三春馬場の湯「若松屋旅館」恒例イベント

今月28日月曜日夜7時より、ライブを開催します。

毎年恒例の高田エージが今回は杉原徹とのユニット「エージ&テツ」でのライブです。

エージ&テツ「20年旅行」



1992年、結成から20年。
2002年、「10年旅行」から10年ぶり。
2012年、エージ&テツの旅、「20年旅行」。

活動停止から、10年ぶりに、エージ&テツの旅が始まります。
1/3横浜サムズアップから、11/3下北沢CLUB QUEまでの全国15カ所、限定復活!
これを見逃すと、次は、10年後???


料金は2千円1ドリンク付きです。
皆様、ぜひお誘い合わせてのお越しをお待ちしております。


神様のいない島〜EIJI & TETSU 20年旅行Tour at 会津若松 風街亭

湯煙がたちのぼる源泉掛け流しの名湯「三春馬場の湯」は、和みを求める三春の人々に古より親しまれた。
疲れを癒し心なごませる時間・・・
旬の食材を活かしたボリューム満点の手作り料理。じっくりと堪能した後は、ラジウム温泉でゆったりとお温まりください。

また、お帰りの際のお土産には三春昭進堂の「おたりまんじゅう」をご用命ください。


盛り上がりました!



| ryuichi | 14:32 | comments (x) | trackback (x) | 春陽三春歳時記 |
福島テレビ「サタふくー自転車でGO!三春昭進堂」^youtube
福島テレビ「サタふくー自転車でGO!三春昭進堂」を
youtubeで見れるようになりました。



福島テレビ サタふく「自転車でGO!」は、如何だったでしょうか?
番組終了と同時に、大勢のお客様のご来店とともに、電話が鳴り響きました。
「テレビ見たよ!」「ずいぶん長い放送だね」「これコマーシャルだったら幾ら係るんだろうね?」「饅頭発送ください!」等々、皆様方の声が届きました。
本当にありがとうございました。


| ryuichi | 10:51 | comments (x) | trackback (x) | 春陽三春歳時記 |
「三春城御旗立て作戦」


三春ウォーク2011が「勤労感謝の日」の11月23日(水)に開催されました。
10キロのハイキングコースでしたが、山間の城下町の寺社仏閣巡りの上に、集合場所が旧三春城(舞鶴城)のお城山公園ですので、トレッキングと呼んだ方が正確だったかもしれません。



第3チェックポイントの真照寺の参道入り口にある当三春昭進堂には、大勢のお客様がウォークの途中ご来店いただきました。
ありがとうございます。
また、お帰りの際もお土産等をお買い上げありがとうございました。

事前の昨日、三春城下のシンボル「お城山」に沢山の方が入城するというので、我らが親分赤井氏の数年来の念願だった「三春城御旗立て作戦」を実行しました。
赤井親分引率の元、いそいそと竹伐りからの旗竿つくりあら設置までと半日お城山で格闘していました。

初めてで、手さぐりの試みということで、試行錯誤を重ねながらの決行でしたが、何とか6本をお城山に、2本を真照寺参道に建立しました。
その後の反省会では、来年の成功を祈願し一献傾けました。

メンバーですか?あと一人「チャンチキ」がいます。

次年度に向けてメンバーを募集します!




| ryuichi | 05:50 | comments (x) | trackback (x) | 春陽三春歳時記 |
三春歳時記「七五三と鬼宿日」

北方守護古四王堂(真照寺境内)

11月は七五三ですね。
これから、七五三のお祝いをされるご家庭も多いのではないでしょうか。

七五三は室町時代から始まったといわれています。

七五三の祝いは十一月の鬼宿日に
 11/15 が七五三の日となったのは江戸時代のこと。
 それまで七五三の祝いは「十一月の吉日を選んで行う」とされていたそうです。


三春藩主菩提寺高乾院(荒町)

これが「十一月十五日」に固定されるようになったのは江戸時代、三代将軍家光が後の五代将軍綱吉の袴着(はかまぎ)の儀式をこの日に行ったからだと言われます。
 ちなみに、袴着の儀式と七五三の祝いの一つで、男児 5歳の祝いとされます。
 初めて袴という男子の公的な場での着衣を着けるというものです。

 将軍家の七五三がこの日となったのは、十一月十五日が「鬼宿日」と呼ばれ
 る吉日にあたっていたためです。

3・5・7といった奇数は、古くから陽数として縁起がよいとされていたため、
三歳・五歳・七歳の節目に、無事に成長したことを感謝し
成長をお祝いする行事が定着だといわれています。


七五三が庶民の間に広まったのは、江戸日本橋の呉服屋の宣伝効果によるもの伝えられ、元禄以降の話とされています。江戸中期に発信されたものが、昭和の三十年代になって定着しました。
行事そのものはあっても、着飾って寺社仏閣にお参りをするようになったのは高度成長期以降で現在に至っています。



尚、今年の七五三は、11月15日(火)です。
当三春昭進堂は火曜日定休ですが休まず営業いたします。



また、この日はえびす講でもありますので、ご来店のお客様に「紅白まんじゅう」をプレゼントいたします。
ご来店をお待ちしています。





| ryuichi | 17:55 | comments (x) | trackback (x) | 春陽三春歳時記 |
「山手のドルフィン」海を見ていた午後・・・
「海を見ていた午後」ユーミン

山手のドルフィンは 静かなレストラン
晴れた午後には 遠く三浦岬も見える
ソーダ水の中を 貨物船がとおる

今月、文部科学省主催の平成23年度「地域とともにある学校づくり」推進協議会が横浜の山下公園近くの横浜開港記念館で開催されます。
私も三春小学校運営協議会の会長という役目がら出席してきます。



横浜は久しぶりです。
数年前に、出張があった時以来の訪問になります。

前回は宿泊で、しかも、車での移動だったので、時間を取って山下公園付近の散策に行きました。
山下公園から外人墓地やら山手十番館やら、そしてお目当てはほろ苦い思い出のある「山手のドルフィン」でした。

1961(昭和36)年創業のカフェレストラン。
海を見下ろす夜景が楽しめるので、横浜ドライブの帰り道に寄るのにぴったりの、
デートスポットとして最適のロケーションにあります。
ユーミン(荒井由実時代)の「海を見ていた午後」で歌われています。

最後にお邪魔したのは、もう30年位前の茅ヶ崎での洋菓子修業時代(茅ヶ崎駅前サフラン洋菓子店)でした。
高校を卒業して福島の田舎から出てきたばかりのケーキ職人見習いに、休みのたびに神奈川在住の先輩方は、やさしくいろんな場所に連れていってくれました。
横浜山下公園や外人墓地、港の見える丘公園。
江の島や鎌倉、葉山マリーナとベンチャーズや、1978年にTBSドラマの『やあ!かもめ』の舞台にもなった「ラ・マーレ・ド・茶屋(金曜ロードショウのオープニングにも使われた)」、はたまた大磯ロングビーチなどなど・・・・

何故か、サザンやユーミンの歌を聴きながらです。
サザンではパシフィックホテルや烏帽子岩の解説を聞き、ユーミンでは中央フリーウェイなどなど・・・[山手のドルフィン]もこの類です。

その頃は、もっと小さい喫茶店で、平日の午後は割と空いていて、
修行先の洋菓子店の定休日に、ガールフレンドを誘って、デートでのドライブの途中に海を眺めに何回か行ったことがありました。

しばらく来ないうちに、お店は大型リニューアルが施されていましたが、青臭かったケーキ修業時代を懐かしく思い出していました。

夢や希望にあふれ、何もかも楽しく、煌びやかだったあの頃・・・
ここ「山手のドルフィン」が一番の思い出の場所です。
店の雰囲気や客層、景色までもずいぶん変わってしまって、何となく切ない、少し寂しいドルフィンでした。

あの頃は、若者特有の夢や希望であふれていたような気がしていましたが、アラ50’の年代になった今の方が夢や希望が多いように感じます。
若いころの夢とは、不安の裏返しで夢を探していたような気がします。
しかし、今は、経験値の中で自信が出てきたのでしょう、実現を前提にした夢が見れるようになった様な気がします。


矢沢永吉の語録は数知れませんが、その中一つでこう語っています。

「うぬぼれと言うといやらしく聞こえるけど、
考え方一つ変えていい取り方すれば
うぬぼれ屋ほど自分の主張を大切にしているんですよ。
前向きなうぬぼれならいくらうぬぼれてもかまわないんです。
それは言い換えれば自信だから。
自信ということは何かといえば責任なんですよ」

   永ちゃん最高! 


今回は時間がとれそうもないのでドルフィンにはいきませんが、やはり「思い出は綺麗なまま」がいいですね。


なんでハートカクテル?
それっぽいでしょ!




| ryuichi | 06:38 | comments (x) | trackback (x) | 春陽三春歳時記 |
三春歳時記「秋分の日と秋彼岸」

三春城下「身代わり地蔵堂」(天澤寺宇内)

「春分の日」と「秋分の日」を中心とした、それぞれ前後3日間の計7日間が「彼岸」です。
春分の日・秋分の日を「彼岸の中日」といい、彼岸の初日を「彼岸の入り」、最終日を「彼岸の明け」といいます。
彼岸とは、元々は梵語の波羅蜜多を漢訳した「到彼岸(とうひがん)」のことだと伝えられています。
現世と来世の境を川にたとえ、煩悩の多い現世を川のこちらの岸「此岸(しがん)」、悟りの境地である来世を川の向こう岸「彼岸」と呼ばれています。


旧「常楽院西国三十三観音石仏」(天澤寺宇内)

煩悩に満ちた現世「此岸」から解脱した悟りの世界、涅槃を指します。
こちら(此方)の岸とあちら(彼方)の岸と言う意味だと説かれています。
 さらに煩悩に満ちたこちらの世界を現世、涅槃の世界を死後の極楽浄土ととらえ、あちらの世界と考えたところから、亡くなった先祖たちの霊が住む世界を「彼岸」と考えるようになりました。
このことから「彼岸に墓参り」と伝えられてゆきました。
 なお、この時期には「彼岸会」という仏教の法会が開かれ、これが現在の「彼岸」の由来となります。


天澤寺本堂より三春舞鶴城を望む

仏教では、西の彼方に極楽浄土があるとされています。
春分・秋分には太陽が真西に沈むので、極楽浄土の場所がよくわかり阿弥陀仏を礼拝するのにふさわしい、また昼夜の時間が等しくなるので「中道」の教えにかなう、などと考えられてきました。
最初に行われた彼岸会は大同元年 に平城天皇が霊を鎮めるために行ったと言われております。


天澤寺「柿木地蔵」と六地蔵

一般の家庭でもお仏壇を清め、お供えをして、ご先祖様のお墓参りに行きます。

これらの彼岸の習慣は日本独特のもので、仏教の発祥地・インドや、日本に多くの行事を伝えた支那にも無いそうです。
「寒さ暑さも彼岸まで」の言葉のように、彼岸は季節の節目です。

農作業の区切りとして行われていた祭りなどが仏教と結びついて、年中行事として定着したのであろうと考えられています。




| ryuichi | 07:04 | comments (x) | trackback (x) | 春陽三春歳時記 |