CALENDAR
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31     
<<  2011 - 05  >>
CATEGORIES
ARCHIVES
PROFILE
OTHERS




高田エージ・ライブ・イン・三春馬場の湯「若松屋旅館」


歌手「高田エージ」ライブ開催します。
恒例となった、初夏の風物詩です。




1ドリンク付2500円(内500円は震災義捐金として寄付します)

三春馬場の湯「若松屋旅館」
5月25日(水)
午後7時半より



| ryuichi | 06:43 | comments (x) | trackback (x) | さすけねぇ三春! |
金平糖菓子「星に願いを」


金平糖で表した「星に願いを」です。
七夕をモチーフにしました。

七タまつりは、日本古来の祖霊まつりと中国の乞巧奠(きっこうでん)の星祭りが習合してできた行事です。多くは七月七日に行いますが、旧暦にはじまった行事なので、その日にあたる八月七日のところもあるようです。

もともと七夕の行事は、七月十五日の祖先をまつる盆行事の準備のためのものでした。
女の子は髪を洗い、神に供える食器類をきれいにし、祖先の霊が降りてくるという、ガマやマコモで「七夕馬」を作って屋根の上に置いたりしていました。
また、お盆に巡幸してくる神のために、選ばれた巫女(みこ)が海辺や池のほとりで神の衣服を織っていました。
棚機(たなばた)は織機のことで、巫女は別名、棚機之女(たなばたつめ)といいます。

一方、中国の乞巧奠の伝説は、よく知られているように、二つの星の物語です。
琴座のベガは織女、鷲座のアルタイルを牽牛といい、二人は仕事も手につかないほどの恋に陥りました。

そのため帝の怒りをかって、離れ離れにされましたが、一年に一度だけ天の川に翼を広げる鵲(かささぎ)に乗って逢うことが許されます。
織女の逢瀬を祝い、同時に機織りの巧〈技術〉がうまくなるように乞う祭りとなって乞巧奠と呼ばれ、旧暦七月七日の行事となっていました。

これでわかるように、日本の「棚機」と、中国の旧暦七月七日の織女の話が混じり合って、七夕というようになったのです。
日本では、奈良時代から宮中で星祭りを行うようになりました。
しかし、当時は七にちなんだ遊びの要素が大きく、裁縫の上達を願うようになったのは、平安時代から。
一般に普及したのは、江戸時代に幕府が七夕を節句の一つにしたことから、庶民の間に普及しました。


| ryuichi | 06:11 | comments (x) | trackback (x) | |
スタジオジブリレイアウト展


県立美術館で開催されている、スタジオジブリレイアウト展に行ってきました。



花見の前に行く予定でしたが、震災の影響で延び延びになっていました。



帰りに、飯坂街道にある塩ラーメンで有名な「伊達屋」で昼食をとりました。


普段なら、一時間待ちは覚悟してといわれていましたが、外の待合に居合わせたお客さんから、今日は少なくてラッキーでしたね。震災で約一ヶ月休んでいたそうで、その影響でお客さんが少ないんでしょうということでしたが、

午後一時過ぎに行った私達が、待ち時間も合わせた滞在時間の40分くらいのあいだに、15組のお客様がではいりしていました。
相変わらずの繁盛振りです。



ラーメンも、どこか懐かしさを感じさせてくれる、大変おいしい塩ラーメンです。
行列が出来るのも納得です。



kizuna.com



| ryuichi | 15:27 | comments (x) | trackback (x) | 「日暮硯」堂守ブログ |
那須湯元温泉紀行


休みの日に、那須温泉にでかけました。
ここ那須町は、震災の被害はほとんどなくいつもと変わらない情景ですが、余震の心配のせいか人影はまばらです。
温泉自体も、被害は無く、湯量・泉質ともに異常なしでした。

那須湯元の温泉組合では、震災支援活動として、那須の温泉を、宮城や岩手の被災避難所に設置されている簡易入浴施設に毎日ローリーで運んでいるそうです。



「鹿の湯」です。
那須高原の殺生石の下流にあるひなびた赤松造りの共同浴場です。
湯川に架けられた渡り廊下を越えて共同浴場に行くと、41℃から48℃の温泉があり温度によって分けられた6つ(女湯は46℃までの5つ)の湯舟があります。
酸性の硫黄泉は乳白色できめ細かく、肌にしっとりと吸い付くような入浴感です。
源泉かけ流しのお湯と昔ながらの風情を残す建物は、全国各地から入浴客が訪れています。


本日の宿「雲海閣」です。
「鹿の湯」が混んでいたら「雲海閣」がお勧めです。
決して綺麗な温泉宿ではありませんが、鹿の湯と同じ源泉からお湯を引いている、那須湯元温泉にある旅館です。

 

数年前に、老松温泉に居合わせた常連のお客さんから教えていただいて以来、すっかり気に入って定宿にしています。
以前は普通の旅館でいたが今は食事を出さない素泊まり専門の旅館になりました。

那須街道を下ったレストランやカフェで食事をしたり、テイクアウトで部屋で食べたり自由気ままに過ごしています。


厨房は、そのまま自由に使用できますので自炊も出来ます。



老松温泉喜楽旅館
老松温泉とは那須湯本にある胃腸病の名湯として知る人ぞ知る秘湯です。



また、鹿の湯とは違うアルカリ性の硫黄泉で、鹿の湯と老松の湯の組み合わせは、アトピー体質には効果絶大で、まず鹿の湯にて皮膚を殺菌し、老松温泉にて消毒と乾燥を繰り返すと効き目絶大です。
 子供のアトピー性皮膚炎に悩む親御さんには、結構人気があります。
 さらに、飲用は、糖尿病を煩っている人たちには大変な評判だといわれています。



「那須の殺生石」
湯元温泉の奥にある、案内板によれば、その昔、玉藻の前なる絶世の美女が時の支配者、鳥羽の院の寵愛を受け、やがては国を滅ぼそうとしたと、謡曲殺生石に謳われます。
 正体を現した玉藻は、白面金毛九尾の狐の姿となり、那須へと逃れ、ついには魔力を持つ矢にて討ち果たされる。


死してなお、九尾の狐の妖力は衰えず、石となった後も瘴気を撒き散らし、源翁和尚なる高僧に三つに砕かれた今も、石の置かれる辺り一面草木も生えぬ白い地獄の様相を呈している伝えられています。



北温泉です。


時間があったので、少し足を伸ばしていってみました。
噂では聞いていましたが、なんとも渋い温泉旅館です。



時代が止まったままです。



| ryuichi | 15:12 | comments (x) | trackback (x) | 蒼龍温泉紀行 |