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「三春町キャリア・スタート・ウィーク」三春町立沢石中学校職場体験
昨日からの三日間、三春町立沢石中学校二年生の生徒2名が、三春町キャリア・スタートウィーク推進事業で当三春昭進堂にて職業体験をしています。
 素直で、とてもやる気のある子供たちです。
器用に教えた仕事をこなしていきます。



朝礼後、店内外の掃除から、饅頭つくり体験、焼物の仕上げと製造補助、一日明るくきびきびとしながら、楽しく仕事をしていました。
そんな姿を見ていると親御さんの温かい子育ての姿が、垣間見てます。
3日間という短い時間ですが、何かを感じてもらえればいいなあと思います。



「 他 人 の 飯 を 食 べ さ せ る 」 と か 「 か わ い い 子 に は 旅 を さ せ よ 」
と か い い ま す 。
私も、菓子屋の跡取り息子として、「他人の飯を食って、一人前になれ」と高校を出たら菓子修業に行けと小さい頃から言われてきました。
止宿して師匠と起居を共にし、技術だけではなく、人間的な面も含めて修業をする。いわゆる親もとを離れて、他人の間で苦労を味わい、社会の経験を積むということだったのでしょう。

親 元 を 離 れ 他 人 の 間 で 苦 労 を 味 わ う こ と は 決 し て 無 駄 に は なら な い と い う こ と で す 。
先 人 の 言 葉 は 実 に 含 蓄 が あ り 、 自 分 の 経 験 か ら し ても そ の 通 り だ と 思 い ま す 。
自 分 の テ リ ト リ ー の 中 で は ど ん な に 元 気 が あ っ て も 、 一 歩 外 界 に 出 る と 、社 会 の 冷 た い 風 に 当 た ら な け れ ば な ら な い し 、 我 が 儘 も き か な い と い う こ とで し た く な い 我 慢 も し な け れ ば な ら な い 。
こ う し た 経 験 が 、 自 分 を 精 神 的 にも 強 く し ま す し 、 何 よ り 、 様 々 な 考 え 方 や ル ー ル が あ る こ と を 身 に し み て 知る こ と が 重 要 なことだと思っています。

体験で作った饅頭は、家族へのお土産としてもって帰ってもらいます。
わが子が作る饅頭はどんな味がするのでしょうか?





次世代を担う子どもたちに、夢や喜びを与えることのできる社会であることが理想だと思います。
私たちもお菓子を通してこれに貢献したいと願っています。

「三春町キャリア・スタート・ウィーク」とは、生徒に将来社会人として自立できるよう、勤労観、職業観を身に付けてもらおうというもので、中学校生徒が企業のオフィスや工場、店舗に赴き、5日間以上の職場体験を実施する産学官の連携のプログラムです。
文部科学省が厚生労働省、経済産業省等関係行政機関や経済団体などの協力を得て、2005年度よりこのプログラムの取り組みを開始しており、今後、全国の公立中学校に普及・促進することを目指しているものです。
職場体験学習は、中学校生徒を対象とし、社会において働くことの大切さ、さまざまな仕事を通して社会の成り立ちを理解する重要な役割です。
地域と密接に結びついた三春昭進堂という職場での体験学習を通じて、さまざまな課題について学んでもらえるよう、中学校と協力して進めています。

目  的
社会で働く人々の真剣な姿を見て、どんな思いで働いているのかを知る。
仕事の一部を体験して、働くことの大切さや厳しさについて学ぶ。
働く人に接することにより、社会人としてのマナーを身につける。

仕事をする上で、参考にしている言葉があります。
株式会社ワコールホールディングス代表取締役の塚本能交さんのことばです。

人はなぜ仕事をするのかと言えば、
報酬をえるためだけではなく、自分の誠意を役立てるため。
私は本気でそう思っています。
それをきれいごとだと笑うようなら、
あなたはまだ、あなたの仕事に出会っていない。
本当ですよ。


仕事とは、お金のため、生活のため、という側面も当然あるかと思います。
しかし、今考えなければならないのは、そういう側面ではなく、自分にとっての仕事の意味です。
ほとんどの人が将来、仕事というものに、平日の大半の時間を費やすものです。
それが楽しいと思えるものだったら、楽しい人生を、つまらないと感じるものだったら、
つまらないと感じる人生を歩むことになってしまいます。
自分が幸せだと思える人生を歩みたいのであれば、どういう状態で働いていれば
幸せを実感できるのか、自分なりのモノサシを形作っていくことで、その道が開かれていくものです。

働くということは、社会や人と大きく関わり、つながっていくことです。
社会や人とどのように関わり、自分という存在をどのように存在させたいのか、
それが自分の人生にとってどれ位意味があることなのか、
そういう面で仕事を考えていくことがとても大切です。



「働くことは、大変だけど楽しい」
職場体験では、そんな感想を得て返ってきてもらいたいものです。

一つ目の幸せは、してもらう幸せです。
二つ目の幸せは、自分でできるようになった幸せです。
三つ目の幸せは、人にしてあげる幸せです。

人がしてほしいことをしてあげれば喜ばれます。そんな人は頼りにされます。人にものを差し上げる、自分の身体と時間を使って何かをして差し上げる、相手の喜びをわが喜びとする。この幸せを大事にしていただきたいのです。
        『掃除道』鍵山 秀三郎より

「してあげる幸せ」は三つの幸せの中でも最高の幸せです。
"自分でできるようになる"といった「能力」「仕事」「成長」を報酬として得ることも充実した人生かもしれません。






| ryuichi | 12:43 | comments (x) | trackback (x) | 「洗心洞箚記」三春散歩 |
三春町キャリア教育推進事業・岩江中学校


本日と明日の二日間、三春町立岩江中学校二年生の生徒3名が、三春町キャリア・スタートウィーク推進事業で当三春昭進堂にて職業体験をしています。
 とてもやる気のある女の子たちで、大変器用に仕事をこなしていきます。



朝の掃除から、饅頭つくり体験、焼物の仕上げと製造補助と、一日明るくきびきびとしながら、楽しく仕事をしていました。
そんな姿を見ていると親御さんの温かい子育ての姿が、垣間見てます。
二日間という短い時間ですが、何かを感じてもらえればいいなあと思います。

饅頭造り体験で作った饅頭は、ご家族にお土産として持ち帰ってもらいました。
わが子が作る饅頭はどんな味がするのでしょうか?

次世代を担う子どもたちに、夢や喜びを与えることのできる社会であることが理想だと思います。
私たちもお菓子を通してこれに貢献したいと願っています。

かつての子どもたちは,保護者の働く姿を日常的に目にし,そこから多くのことを学んでいました。
昨今,社会の変化が目まぐるしく,核家族化や価値観の多様化等で,家庭生活も変わってきています。
家事の合理化,外部化により,子どもたちが家事などの仕事を果たす経験も少なくなり,親子の会話も少なくなっていることも事実でしょう。

家庭は,子どもたちの成長・発達を支える重要な場であり,様々な職業生活の実際や仕事には困難もあるが大きなやりがいもあることを,有形無形のうちに感じとらせることが重要だと思います。

かつて三春人は、教育、人間育成ということには驚くほどの力の入れようでございました。次代を担う若い人々に夢を持たせ、キャリア実務教育を施し一つ一つ形にしていくことの重要性を教え社会に送り出していきたいと思います。

キャリア教育は生活基盤である地域や周囲の大人や社会,産業等とのかかわり無しには考えることはできません。
子どもたちは,家庭や地域での人間関係や生活体験を通して,社会性を身に付け,「生き方」の基礎を培っていくと考えています。


尚、三春町キャリア教育実行委員会は、昨年度の文部科学省からキャリア教育充実優良団体として、文部科学大臣賞表彰を受けています。

また、ちょうど三春小学校の児童3名も総合学習の一環として当店のおたりまんじゅうについての取材をかねた職場訪問があり、楽しい一日でした。



総合学習の発表会「はばたけ三春っ子」が楽しみです。





| ryuichi | 20:30 | comments (x) | trackback (x) | 「洗心洞箚記」三春散歩 |
訃報、「百鬼どんどろ」岡本芳一
先日、「百鬼どんどろ」の岡本芳一氏が亡くなったことを知りました。
聞けば、昨年秋より「骨髄異形成症候群」という難病で、松本の信州大学付属病院にて闘病していましたが2010年7月6日享年62才にて永眠したということでした。

岡本芳一氏は、「卍」を長野で見たのが始まりで、等身大の人形演じる女の美しさが一種異様な光景でした。
以来、個性的なパフォーマンスに魅了されてきた隠れファンです。

「百鬼どんどろ」とは、
HPによれば、1974年に岡本芳一が創立。
80年より「百鬼人形芝居どんどろ」と改名し荷車を引いて芝居道具、生活道具をつんで歩く旅芸人生活開始。
野宿、自炊の生活をしながら神社の境内等で 丸太小屋を掛けての見せ物人形芝居を展開。
農山村での暮らしと風土の中から、人間の内面に潜む情念をあつかった多くの作品を生む。代表作『清姫曼荼羅』では、有名な伝説を題材とし、執着のあまり蛇身に変じて男を焼き殺した女の情念を描く。
女は人形、男は遣い手によって演じられ、両者の動きは様式性を帯びて、エロティシズムを漂わせる。
上演の会場も寺社の境内や河川敷など、豊かな自然や土俗的精神性を宿すような場所が好んで選ばれる。
とあります。

等身大人形を遣うと同時に、遣い手自身も人形遣い としてではなく、 演技者として舞台を勤めています。
その独自のパフォーマンススタイルは、すべての既成のジャンルに属せず、人形そのものの持つ不思議な魅力を引き出す事により、 普遍的な人間の内面世界、幻想的な妖美の世界を描き出し、 カンヌ国際人形劇祭で最優秀賞を受賞する等、 世界各国で高い評価を受けています。

調べましたところ、今年の7月に、遺作となった映画「VEIN-静脈」が上映されるみたいです。
「VEIN-静脈-映し出されるのは、あなた自身の心」と題されたこの映画には、一連の百鬼どんどろ作品と同じく、セリフというものが一切ありません。
出演者は岡本芳一と少女人形のみ。人形師と少女人形の儚(はかな)い愛の物語とされています。


 
案内によれば、そこに漂うのは命のある人形師と命のない(はずの)少女人形のエロスとタナトスの世界。死の世界と生の世界の境界線を漂う愛と痛みの世界を表現しているようにも思える。岡本芳一と少女人形の動きは、アングラ演劇者のようでもあり、暗黒舞踏であるようにも見える。
ずっと舞台で表現を続けて来た彼が、まるで自分の運命を受け入れるかのように、最後に映像という形に残る媒体で作品を遺しました。
と、興味をそそられる言葉が並んでいます。
 
そして映画は、“モノ”(人形)と“生きモノ”(人形師)の間にしか生まれない「禁断の領域」で、愛と痛みの物語が交錯し、そこに刻まれたのは一人の表現者が己の運命を受け入れていくかのようにも見える「極限の愛と痛みの物語」をぜひ見に行きたいと思います。


私は人形に《念》(おもい)をこめない。
人の形に似せた《器》をつくる。
空でなければ《器》は用をなさない。
魂の入れモノだ。
観る人の心が内部(なか)に映ってはじめて
人形は舞台で《生きモノ》になる。

百鬼どんどろ 岡本芳一

ご冥福をお祈りいたします。
合掌



| ryuichi | 14:28 | comments (x) | trackback (x) | 「日暮硯」堂守ブログ |