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塵壺10月号「東北ちんどん夢乃屋」一座三春巡業
 

三春大神宮祭礼「東北ちんどん夢乃屋」一座三春興業
先の三春大神宮祭礼で、城下中町若連では宮城県垣理町出身で、被災者でもある日本クラウン所属の演歌歌手「渡辺亮子」歌謡ショー。
当店のある新町睦会は、姉妹都市一関市出身の魔女伝説「瞳ナナ」マジックショーと趣向を凝らした奉納興業を催し祭りをより楽ませてくれました。
毎年、祭礼を盛り上げるため新町睦会は、ちんどん屋「東北夢乃屋」さんによる三春城下巡業を行っています。
今では珍しくなったちんどん屋。この興業で初めて見た方もいらっしゃるでしょう。
私の子供の頃、母の実家のある本宮(現本宮市本宮)では、奥州街道の宿場町という歴史もあって、昔から各種大売出しや安達太良神社や太郎丸の観音様の祭りなどでは歌手や旅役者、そして大道芸人の興業をちんどん屋が賑やかに巡業して知らせていたものでした。

母の実家は、「小山菓子店」という太郎丸にある和菓子屋で、祭りの賑わいや商店街の繁盛に、叔父の粋張りを感じていました。
私もそうでしたが多くの子供たちがあの哀愁のあるメロディーにのって後をついて歩いたのが懐かしく思い出されます。
また、ちんどん屋全国大会が本宮で開かれたのもこのころだったと記憶しています。
昔は『バーカ、カーバ、チンドン屋、お前のかあちゃんでーべーそ♪』と囃子言葉に使われるほど身近だったちんどん屋・・・子供心にちょっと怖かったり、でも楽しげだったり、なんともミステリアスでした。
『ちんどん屋』とは、演奏する楽器の「ちんどん太鼓」、これについている鉦(かね)を叩くと鳴る「ちん」という音色と、太鼓を叩くと鳴る「どん」という音色が合わさって、ちんどん屋と言うようになったとか。
商店やイベントなどの広告・宣伝を行うのが仕事のちんどん屋ですが、そもそも江戸時代に大阪の飴売りの「飴勝」という人が自分の声を売る商売として寄席の客寄せを請け負うようになったのが始まりで、「東西屋」「広目屋」とも呼ばれる ていたそうです。
 三春大神宮の祭礼の宵祭りで新町睦会さんが「新町大宴会」を催して20年近くなります。私も睦会の役員だったころ、どうしてもちんどん屋を今の子供たちに見せたくて、新町大宴会のイベントをお願いしている郡山Navi・ステーションの憲ノ介さんに相談したところ、なんと三春出身のちんどん屋さんがいるということを聞きつけて実現してから早10年になります。
「東北夢乃屋」さんは、三春出身の日本を代表するフリージャズの第一人者ジミー稲葉さんと、ちんどん娘のみこさん、そしてチャーリー金田さんの三人組のユニットです。
以来、三春城下挙げての三春大神宮祭礼ですので、三春城下一円を巡業してもらっています。
初めての巡業の時は、子供の頃にタイムスリップしたような空間で、ちんどん屋さんと家族連れの観客そして商店街の人達が触れ合う風景は、どこか懐かしくそして温かい雰囲気でお客様の心を優しく包み込んでいるようで、商人として嬉しくて涙がこみ上げてきたことを覚えています。
“ちんどんの音色”は、活気のあった「商都三春」に、もう一度元気をとのエールに聞こえます。      
 がんばっぺない三春!    
                 蒼龍謹白   合掌





| ryuichi | 06:48 | comments (x) | trackback (x) | |
赤い戦闘機(アウディーカブリオレ)「私がオバさんになっても・・・」


6年ほど乗った、平成3年型のアウディーのカブリオレをとうとう手放してしまいました。
オープンカー好きの私には完全に趣味の車で、計理士の先生から店の経費には一切認めてはもらえず、経費には組み入れていませんでした。
アメ車から乗り継いで、小さい日産フィガロからのスイッチした、ドイツ車です。
以前も、アウディーを所有していました。
この車も大変乗りやすい車で、普段の足として、北は岩手、西は新潟、南は東京・横浜など高速クルージングを楽しみました。

しかし、禁煙してから約三年、この度エコに目覚めた私は、トヨタのプリウスαを予約したのを期に、とうとう赤い戦闘機から降りてしまいました。



この車を入手以来、屋内車庫で保管。
リヤのシールド交換やナビやetcの装着。
タイヤ交換や小まめのオイル交換等々、たくさんの方の手助けを得て、ずいぶんと手をかけました。
夏は暑いし、冬は車庫で冬眠。
手間のかかる車ですが、かえって愛着がわくもんなんですね。




このアウディーでは、避暑地で活躍しました・・・・
特に那須高原や裏磐梯での活躍を忘れるわけにはまいりません。
インターを降りると屋根を開けてオープン・エアーを満喫していました。
しかし、紫外線アレルギーの私は、日焼け止めクリームにサングラスそして帽子にと・・・フル装備でのドライブでしたが、
さらには、普段着である作務衣にハンチングハット、そして雪駄といういでたちで、変わった格好ですよね!
知らない女の子に写真を撮られたり、そこら辺をドライブさせられたりと、随分楽しませていただきました。

チャラチャラ?
ですよねー!

森高千里「私がオバさんになっても」ですよ・・・



すみません」>」」
森高ファンなものですから・・・・







| ryuichi | 06:40 | comments (x) | trackback (x) | 「日暮硯」堂守ブログ |
三春歳時記「十三夜」


十三夜
 日本では、古くから秋の名月を鑑賞する「お月見」の風習があります。お月見というと旧暦八月十五日の十五夜がもっとも有名ですが、日本では古来もうひとつ旧暦九月十三日の十三夜もまた美しい月であると重んじていました。
 中秋の名月(十五夜)はもともと中国で行われていた行事が日本に伝来したものですが、この十三夜の月見は日本独特の風習だそうで、一説には宇多法皇が九月十三夜の月を愛で「無双」と賞したことが始まりとも、醍醐天皇の時代(延喜十九年:西暦919年)に開かれた観月の宴が風習化したものとも言われています。

 一般に十五夜に月見をしたら、必ず十三夜にも月見をするものともされていました。
これは十五夜だけでは、「片月見」といって嫌われていたからです。
 


十五夜はサトイモなどを供えることが多いため「芋名月」と呼ばれていますが、十三夜は「栗名月」とか「豆名月」と呼ばれています。
これはお供えとして栗や豆を、神棚などに供えるからだそうです。



十三夜月見団子
 13ヶ入り 650円
  5ヶ入り 300円
  当日、10月9日(日)のみの限定販売となります。

中秋の名月の後なので、「後の月」と言われたり、「小麦の名月」と呼ぶ地方もあります。これは旧暦九月十三日の晩のお天気で、翌年の小麦の豊作、凶作を占う習慣から来ています。
 十五夜はあまりすっきりしない夜空であることが多いのに対し、十三夜の夜は晴れることが多いようで、「十三夜に曇り無し」という言葉もあります。

今年平成23年の十三夜は、10月9日日曜日です。



| ryuichi | 06:00 | comments (x) | trackback (x) | |
「ローマの休日」相変わらず綺麗だなぁ!


先日、BSで「ローマの休日」が放映されていました。
DVDは持っていましたが、つい、録画していたのを見ました。
1953年制作の白黒フィルムですが、白黒ゆえにいっそうオードリーヘプバーンの清楚さが際立って見えます。
ある国の王女と新聞記者のおとぎ話のようなラブロマンスは、公開と同時に彼女は世界中を魅了しました。

そう云えば~
という感覚とともに遠い記憶がよみがえってきました。
主演のオードリー・ペップバーンに似ていた奴が居たなぁ?とおぼろげな記憶を辿っていくと、少しずつ霧が晴れて紐解けて行きました。

小学からの同級生が、当店に買い物に来てくれますが、正しくこの娘でした。
この娘といっても、当然同年代のアラフォー(50’?)世代ですが、知的で大人の女性の色気のある方です。

この同級生は小学校の時の転校生で、「ローマの休日」での上品でやんちゃでお転婆なお姫様を演じたオードリー・ペップバーンに似ているなあと子供ながらに見とれていました。
今から思えば普通の女の子でしたが、妖精のようにチャーミングな言葉と仕草などは、何か輝いていたように記憶しています。
まさに、チャーミングな笑顔が素敵な、そして勉強も良くできた、みんなのあこがれのマドンナでした。

アラ50’世代と呼ばれ始めた昨今でも、全然変わってなくて、あいかわらずオシャレで可愛い・・・というよりは、彼女の周りだけ時間が止まってしまったのでは?というくらい綺麗です。
ウン十年という時間が経過していますが、「可愛いという思い出」が全く崩れることなく、さらに綺麗なままでいてくれて本当に嬉しい限りです。
思い出は美しいままがいいですよね・・・・

懐かしさ、チョット苦い記憶が蘇る甘酸っぱい想い出。
青くさい時代を思い出します。

女性のの内面からにじみ出る美しさというものは、年を重ねるごとにごとにその輝きを増し、色あせることはないものなんですね。
「年を重ねる」とは、様々な経験を経て人生の引き出しが増えるということ。
素敵な言葉ですよね。

いっぱい引き出しを作れば、作るほど、奥の深い魅力的な女性になるのではないでしょうか。
そして、美しさというものは外見だけではなく、内面から出てくるものだと思っています。
美しい人ってつねに前向きですよね。
それが笑顔にもつながり、外見の美しさにも結びつくんじゃないかと感じます。

心が美しい人は、笑顔が素敵です。
目が笑っている笑顔は、やさしさに包まれています。

自分を大切にしているからこそ、他人も大切にできる。
「自分を大切にすること」は、決してわがままや自己中出はありません。
しっかり自立するということなんだろうともいます。
自分を大切にできない人は、他人も大切にできませんよね。

今が幸せなのでしょう.
子供のころ、その時以上に輝いている、自信がある生活をしている。
そのように見えるからだと思います。

こんなことを書いていると、昔の彼女?と言いたいところですが、前記したように、同級生一同のアイドル的存在で、内気な私など、話しすらしたことがありませんでした。
今思うと残念です!

最近、斉藤和義の「ずっと嘘だったんだぜ」ではなくて、「ずっと好きだった」が耳に残ります。




せめて妄想だけでも・・・ん?
この曲は、懐かしくオーソドックスなギターがカッコイイシンプルな曲です。

往年のビートルズ「ゲットバック」を再現したCMも話題になりましたね。
学生時代の憧れの娘に同窓会で再開するという歌詞は、リアルに経験がなくても「ドッキッ」としてしまいます。

この歌詞を聴いて遠い記憶がよみがえる人もいるんじゃないですかね・・・
それが、余りにも切なくて、自分のことのように胸が痛くなります。
アラ50’男としては、今さら、「相変わらず綺麗だなぁ!」って言ってみるのも結構勇気ほしいものですよね。


楽しくって、切なくって、胸がキュンとなる、同級生との時間。
たまにはこんな大人の楽しみも良いなぁと思いました。
やはり、同じ三春に住む同級生というか幼馴染?まして憧れの君は、どんなに時間が経ていても何気ない話をするだけでも落ち着くもんですね。

え、誰だって?
それは言えませんよ!内緒です。
数分間の恋愛映画を見ているような、素敵な思い出です。
もう少し、甘くて酸っぱい「青い夢の世界」を独り占めさせて下さい・・・


美しい唇である為には、美しい言葉を使いなさい。
美しい瞳である為には、他人の美点を探しなさい。

オードリー・ヘプバーン

| ryuichi | 06:46 | comments (x) | trackback (x) | 「日暮硯」堂守ブログ |