CALENDAR
S M T W T F S
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28    
<<  2018 - 02  >>
CATEGORIES
ARCHIVES
PROFILE
OTHERS




三春アンサンブル支援会第27回コンサート「マリンバによる名曲&チャイコフスキーの弦楽」
三春アンサンブル支援会
第27回コンサート
「マリンバによる名曲&チャイコフスキーの弦楽」



出演:マリンバ 柳沼 輝
  三春アンサンブル弦楽四重奏

日時:平成24年3月4日(日)
   開場 PM 2:30
   開演 PM 3:00
全席指定 1000円
  1月31日より一般発売
場所:三春交流館「まほらホール」
後援:三春町交流館運営協議会・三春町教育委員会・福島民報社・福島民友社
チケット取扱い
  三春交流館まほら   0247-62-3837
  こうの楽器(事務局) 080-6016-0218(井上)



柳沼 輝( やぎぬま てる )
郡山市行健中学校、福島県立あぶくま養護学校高等部卒業。
国立県営宮城障害者能力開発校修了。
現在、『あすなろ会』で就労。
幼少期より自閉症と診断されたが、中学生の時に授業での音楽の時間、テレビドラマのテーマ曲を聴いただけで、教室にあった木琴で演奏しはじめ、その演奏を聴いた担任の先生の勧めで、マリンバの練習に取り組むようになった。
郡山にじいろ音楽祭出演をはじめ、福祉施設の慰問など様々な場所で演奏活動を繰り広げています。
「第6回 ONE BY ONE アワードキッズ」個人賞受賞


コンサート風景

| ryuichi | 06:31 | comments (x) | trackback (x) | |
福島テレビ「サタふくー自転車でGO!三春昭進堂」^youtube
福島テレビ「サタふくー自転車でGO!三春昭進堂」を
youtubeで見れるようになりました。



福島テレビ サタふく「自転車でGO!」は、如何だったでしょうか?
番組終了と同時に、大勢のお客様のご来店とともに、電話が鳴り響きました。
「テレビ見たよ!」「ずいぶん長い放送だね」「これコマーシャルだったら幾ら係るんだろうね?」「饅頭発送ください!」等々、皆様方の声が届きました。
本当にありがとうございました。


| ryuichi | 10:51 | comments (x) | trackback (x) | 春陽三春歳時記 |
「三春城御旗立て作戦」


三春ウォーク2011が「勤労感謝の日」の11月23日(水)に開催されました。
10キロのハイキングコースでしたが、山間の城下町の寺社仏閣巡りの上に、集合場所が旧三春城(舞鶴城)のお城山公園ですので、トレッキングと呼んだ方が正確だったかもしれません。



第3チェックポイントの真照寺の参道入り口にある当三春昭進堂には、大勢のお客様がウォークの途中ご来店いただきました。
ありがとうございます。
また、お帰りの際もお土産等をお買い上げありがとうございました。

事前の昨日、三春城下のシンボル「お城山」に沢山の方が入城するというので、我らが親分赤井氏の数年来の念願だった「三春城御旗立て作戦」を実行しました。
赤井親分引率の元、いそいそと竹伐りからの旗竿つくりあら設置までと半日お城山で格闘していました。

初めてで、手さぐりの試みということで、試行錯誤を重ねながらの決行でしたが、何とか6本をお城山に、2本を真照寺参道に建立しました。
その後の反省会では、来年の成功を祈願し一献傾けました。

メンバーですか?あと一人「チャンチキ」がいます。

次年度に向けてメンバーを募集します!




| ryuichi | 05:50 | comments (x) | trackback (x) | 春陽三春歳時記 |
「小川ロン冬枯れコンサート」シジミのストラップ


真照寺阿吽講「小川ロン冬枯れコンサート」



先日、さすらいの吟遊詩人「小川ロン」さんのコンサートに行ってきました。
毎度ながら、心に響く歌と楽しいトークで会場となった菊川屋双龍ホールでは、お客さんがコンサートをおもいおもいに楽しんでいました。
ロンさんも、8月には大病を患い3週間にわたる入院生活をされたそうです。
今回の冬枯れコンサートも、東北復興応援と自身の病気回復コンサートとしていました。
MCで、大病しても尚ギター一本で、日本全国を旅しながら歌っていられる幸せのありがたさを話されていたのが印象に残りました。



コンサートの合間に、滋賀県野洲の「和裁ひまわり会」代表の新征子さまから東北の被災された方々のためにと預かってきた琵琶湖のシジミを加工した、和裁シジミストラップを頂戴いたしました。



新様ありがとうございます。




| ryuichi | 05:45 | comments (x) | trackback (x) | 「日暮硯」堂守ブログ |
三春物語700番「恵比寿講」商人の詩~三春昭進堂


明日、11月15日は、旧暦の10月20日に辺り、「えびす講」です。
新暦の七五三でもあり、日頃の感謝の気持ちを込めて、本日ご来店のお客様に「紅白まんじゅう」進呈いたします。
休まず営業です。
 

昭和30年代

商家が商売繁盛を祈念して、恵比寿神を祭る行事が恵比寿講です。
恵比寿講とは、商売の神様である恵比寿様と大黒様を奉り、商売繁盛を祈念するお祭りのことです。
我が家もこの日にはちゃぶ台に恵比寿様と大黒様の像を飾り、赤飯を山盛りにして、お頭付きの鯛、大きな五目玉の算盤、大福帳、お金等商売に関連する道具にけんちん汁等のご馳走を並べて祝っていました。
 



関東・東北では旧暦十月二十日に行うことが多いため、「二十日恵比寿」と言い、関西では正月十日に行うところから「十日戎」と言います。

 

商人の家で行う恵比寿講さまは、恵比寿様の像を飾った座敷に商品を並べ、座敷にある道具類も含めて、招かれた人々が買い方と売り方に分かれて売ったり買ったりするまねをします。
 双方が「千両」「万両」などと縁起をかついだ高い値をつけ、「売りましょう」「買いましょう」と言って手打ち式を行って締め、そのあとでごちそうを食べて祝うのです。ここから、とてつもないもうけ話のことを、「恵比寿講のもうけ話」などと言ったりするそうです。


昭和50年ごろ

神無月にすべての神が出雲へ行ってしまう中、出雲に里帰りをしないで留守番をする例外的な神様、「留守神」様も考えられました。
 例えば、農村の村境などに祭られている塞の神も、里帰りの費用もないほど貧乏で子だくさんだったから、などという理由がつけられ、出雲帰りをしない神と言われています。



 なかでも、一般庶民に台所の神、家の神として祭られる「恵比寿」さまは、留守神としてよく知られています。
 恵比寿さまは、「夷」や「戎」とも書き、異郷からやってきて、人々に幸福をもたらしてくれる来訪神(まれびと)としてあがめられ、もともと漁業の神として漁民に信仰されましたが、農村では田の神として信仰され、都市では商いの神、市神として、特に商人の信仰が厚かったと伝えられています。
 そこで、留守をあずかる恵比寿神を慰めるため、十月には「恵比寿講」を行って盛大に祭ります。







昭和57年の当店


昭和40年ごろ

| ryuichi | 12:56 | comments (x) | trackback (x) | 昭進堂店内案内 |
三春歳時記「七五三と鬼宿日」

北方守護古四王堂(真照寺境内)

11月は七五三ですね。
これから、七五三のお祝いをされるご家庭も多いのではないでしょうか。

七五三は室町時代から始まったといわれています。

七五三の祝いは十一月の鬼宿日に
 11/15 が七五三の日となったのは江戸時代のこと。
 それまで七五三の祝いは「十一月の吉日を選んで行う」とされていたそうです。


三春藩主菩提寺高乾院(荒町)

これが「十一月十五日」に固定されるようになったのは江戸時代、三代将軍家光が後の五代将軍綱吉の袴着(はかまぎ)の儀式をこの日に行ったからだと言われます。
 ちなみに、袴着の儀式と七五三の祝いの一つで、男児 5歳の祝いとされます。
 初めて袴という男子の公的な場での着衣を着けるというものです。

 将軍家の七五三がこの日となったのは、十一月十五日が「鬼宿日」と呼ばれ
 る吉日にあたっていたためです。

3・5・7といった奇数は、古くから陽数として縁起がよいとされていたため、
三歳・五歳・七歳の節目に、無事に成長したことを感謝し
成長をお祝いする行事が定着だといわれています。


七五三が庶民の間に広まったのは、江戸日本橋の呉服屋の宣伝効果によるもの伝えられ、元禄以降の話とされています。江戸中期に発信されたものが、昭和の三十年代になって定着しました。
行事そのものはあっても、着飾って寺社仏閣にお参りをするようになったのは高度成長期以降で現在に至っています。



尚、今年の七五三は、11月15日(火)です。
当三春昭進堂は火曜日定休ですが休まず営業いたします。



また、この日はえびす講でもありますので、ご来店のお客様に「紅白まんじゅう」をプレゼントいたします。
ご来店をお待ちしています。





| ryuichi | 17:55 | comments (x) | trackback (x) | 春陽三春歳時記 |
三春物語699番「三春藩領内総鎮守大元帥明王社の大イチョウ」(現田村大元神社)

旧三春藩領内総鎮守大元帥明王の大イチョウの木が見ごろを迎えました。



戦国武将田村義顕公三春入府の折に、旧領山中守山(現郡山市田村町守山)より遷宮した大元帥明王を祀った明王社は、田村氏から松下氏、そして江戸期の秋田氏まで三春領六拾六号の領内総鎮守として領民の崇敬を集めました。



このイチョウには、昔、母乳が出ない女性がこの木の皮を煎じて飲んだところ、乳の出が良くなったという言い伝えがあり、子授けのご利益があるといわれ、昔は子宝を願って大イチョウを抱く女性の姿も見られたそうです。

また、幕末には、夜な夜な田村三代の田村清顕の生首が飛ぶという話や、 丑の刻参りの妊婦が腹を裂かれて死んでいたという怪談話がありました。
世情が不安な時期には、この手の話が横行するものなんですね。
いまの、原発事故の風評に似ていますね。



この大イチョウの木をよく見てみると、釘を打ち込んだような跡に見えるところもちらほらあります。



三春城下は、これから秋本番を迎えます。
23日には福島民報主催の「三春ウォーク」が開催されます。
集合、スタートは三春城本丸跡です。

紅葉の城下町三春の真照る寺や福聚寺、三春大神宮、そして紫雲寺等を歩きながら秋の紅葉を楽しみながら、小さな城下町の歴史や文化に親しみながら7ヶ所のチェックポイントを廻ります。

三春城山公園をスタートし三春小学校をゴールとする10㎞のコース。

日  時:11月23日(祝・水) 
受付時間:8:30~9:30
スタート:10:00~
集合場所:三春町城山公園







| ryuichi | 06:11 | comments (x) | trackback (x) | 「洗心洞箚記」三春散歩 |
三春物語698番「三春城下の紅葉
三春城下の紅葉


役場脇自由民権記念公園

役場脇の黄色く染まった銀杏の葉が、あっという間に落ちてしまい、急いで街中を撮影してきました。
 

真照寺境内古四王堂と大イチョウ

今年は猛暑の日照が強かっただけに、紅葉・黄葉が平年より1週間か10日ばかり遅かったように思えます。
それだけに、赤や黄に美しく染まった木々にはばらつきがあり、ずいぶん長く色付いたままの木々やもう落ちてしまった木々など・・・
 



三春昭進堂

日本の秋の紅葉が特に美しいのは、気候や地形が紅葉に適した条件にあることは言うまでもありません。
 紅葉が鮮やかに発色するのには、温度・水分・光などが密接に関係し、昼夜の寒暖差が大きくて適度の湿度があり、なおかつ紫外線が強い、などの幾つかの条件が必要と言われています。
 
 
秋色に染まる「守城稲荷神社」とお城山


三春藩主菩提寺高乾院境内の地蔵がみる臥牛山刑部舘跡

まさに、春の桜以上に刹那という言葉が当てはまります。
今年は猛暑による悪影響がかなり懸念されたものの、結果としては、紅葉に好影響を与えたのだろうか。


三春城下大町鎮守王子神社

木々は私達が気付かないままに、いつか下の方の枝から紅葉します。


三春城下中町鎮守愛宕神社

 一日の時間的経過としては、日暮の「夕紅葉」が夕陽に朱色が一段と燃えて、まさに息を飲むばかりに映えて見える。


愛宕神社参道
もう少しすると落ち葉で赤い絨毯が敷き詰められます。

その少し前に、時雨があればなお美しいのだと思います。


お城山(三春城址)からみる三春小学校と城下の山並み


愛宕さまから見る錦秋の城下


| ryuichi | 11:56 | comments (x) | trackback (x) | 「洗心洞箚記」三春散歩 |
「山手のドルフィン」海を見ていた午後・・・
「海を見ていた午後」ユーミン

山手のドルフィンは 静かなレストラン
晴れた午後には 遠く三浦岬も見える
ソーダ水の中を 貨物船がとおる

今月、文部科学省主催の平成23年度「地域とともにある学校づくり」推進協議会が横浜の山下公園近くの横浜開港記念館で開催されます。
私も三春小学校運営協議会の会長という役目がら出席してきます。



横浜は久しぶりです。
数年前に、出張があった時以来の訪問になります。

前回は宿泊で、しかも、車での移動だったので、時間を取って山下公園付近の散策に行きました。
山下公園から外人墓地やら山手十番館やら、そしてお目当てはほろ苦い思い出のある「山手のドルフィン」でした。

1961(昭和36)年創業のカフェレストラン。
海を見下ろす夜景が楽しめるので、横浜ドライブの帰り道に寄るのにぴったりの、
デートスポットとして最適のロケーションにあります。
ユーミン(荒井由実時代)の「海を見ていた午後」で歌われています。

最後にお邪魔したのは、もう30年位前の茅ヶ崎での洋菓子修業時代(茅ヶ崎駅前サフラン洋菓子店)でした。
高校を卒業して福島の田舎から出てきたばかりのケーキ職人見習いに、休みのたびに神奈川在住の先輩方は、やさしくいろんな場所に連れていってくれました。
横浜山下公園や外人墓地、港の見える丘公園。
江の島や鎌倉、葉山マリーナとベンチャーズや、1978年にTBSドラマの『やあ!かもめ』の舞台にもなった「ラ・マーレ・ド・茶屋(金曜ロードショウのオープニングにも使われた)」、はたまた大磯ロングビーチなどなど・・・・

何故か、サザンやユーミンの歌を聴きながらです。
サザンではパシフィックホテルや烏帽子岩の解説を聞き、ユーミンでは中央フリーウェイなどなど・・・[山手のドルフィン]もこの類です。

その頃は、もっと小さい喫茶店で、平日の午後は割と空いていて、
修行先の洋菓子店の定休日に、ガールフレンドを誘って、デートでのドライブの途中に海を眺めに何回か行ったことがありました。

しばらく来ないうちに、お店は大型リニューアルが施されていましたが、青臭かったケーキ修業時代を懐かしく思い出していました。

夢や希望にあふれ、何もかも楽しく、煌びやかだったあの頃・・・
ここ「山手のドルフィン」が一番の思い出の場所です。
店の雰囲気や客層、景色までもずいぶん変わってしまって、何となく切ない、少し寂しいドルフィンでした。

あの頃は、若者特有の夢や希望であふれていたような気がしていましたが、アラ50’の年代になった今の方が夢や希望が多いように感じます。
若いころの夢とは、不安の裏返しで夢を探していたような気がします。
しかし、今は、経験値の中で自信が出てきたのでしょう、実現を前提にした夢が見れるようになった様な気がします。


矢沢永吉の語録は数知れませんが、その中一つでこう語っています。

「うぬぼれと言うといやらしく聞こえるけど、
考え方一つ変えていい取り方すれば
うぬぼれ屋ほど自分の主張を大切にしているんですよ。
前向きなうぬぼれならいくらうぬぼれてもかまわないんです。
それは言い換えれば自信だから。
自信ということは何かといえば責任なんですよ」

   永ちゃん最高! 


今回は時間がとれそうもないのでドルフィンにはいきませんが、やはり「思い出は綺麗なまま」がいいですね。


なんでハートカクテル?
それっぽいでしょ!




| ryuichi | 06:38 | comments (x) | trackback (x) | 春陽三春歳時記 |