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「続埋木」(ゾクウモレギ) 今泉恒丸著 柿壷蔵版



「続埋木」(ゾクウモレギ) 今泉恒丸著 柿壷蔵版



「参考にしてくださいと」鷹巣の歴史家橋本史紀様より、先祖伝来の蔵書である貴重な古書をお預かりしました。


今泉恒丸(今泉与右衛門) 雅号 石巌山人 葛斎 

宝暦元年(1751年)、三春藩領常葉中町(現:福島県田村市常葉町)出身で、父親は三春藩の土着給人今泉楢右衛門

今泉家は、三春城主田村清顕の重臣橋本刑部少輔貞綱(顕徳)の嫡男で、今泉(現船引町今泉)、後に常葉で給人格(食録100石)とする信綱(今泉岡右衛門)の末裔と伝えられています。







恒丸は、小林一茶と交流を深め、浅草の札差「井筒屋」五代目で俳人夏目成美の主催する成美亭に出向いて歌仙(連句)を開催していたようです。

恒丸は52歳の時に他所の奥方だった女流俳人もと女(恒丸没後、京都で髪をそり、素月尼と改名)と駆け落ちして江戸表へ出ます。

下総、常陸地方で四千人を超える門下生を従えたともいわれています。


今泉恒丸と素月松尾芭蕉の次世代では、夫婦で最も著名な俳人でした。



先に史紀さんから頂戴した『鴛鴦(えんおう) 俳人恒丸と素月』(歴史春秋社)矢羽勝幸・二村博共著にも詳しく記載。








寛政10年(1798年)、恒丸が、会津、江戸、名古屋を経て大坂まで旅をした折の記念句集。 寛政11年(1799年)、刊行。


如月の末高田なる二竹庵のあるじをとふに、かしらいたきとて臥ながら病る身にほかほか来たり花の風といゝ出、心よげに笑ひかたる。
扨とゞむるまゝに春も暮ん頃、別れを告て下つけの國にこゆ。
卯月の五日ばかり黒かミ山の奥にて

  夏霧に打濡て深山ざくら哉










笠はほつれて面を焦し草の枕も熱くるしきに何くれとなくつかれしを、むさしの成美おふぢがいたハるにいこひける。
それの別荘はかつしかといふ處にありてすミだの川風吹こゆるに夏も紙衣のほしきまでなり。

蓮のさくはヅミにうつる嚏かな 成美

石にからりと春せミの殻 恒丸

成美は、俳人夏目成美のことで、浅草蔵前の札差で、通称「井筒屋八郎右衛門」






三春の俳人平田掬明(三春城下荒町 平田治右衛門俊雅) 天保2年(1831年)没、83歳




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:14 | comments (x) | trackback (x) | 旧中妻村::宇賀石 福の神「宇賀神」さま |
「銘盡」江戸期の刀工名参考書 後鳥羽院御宇奉行鍛冶結番次第  論語解集




宇賀神様の御縁となる「田村の庄」の著者である橋本史記様より「銘盡」後鳥羽院御宇奉行鍛冶結番次第という料紙漉返風の書物をいただきました。

旧書名「刀剣書」(仮題)とする、江戸期の刀工名参考書です。





「後鳥羽院御宇番鍛冶次第」







「山城内京系図之事」(以下、古来の諸国鍛冶の系譜集)





「近代之鍛冶上手之分」

「諸国同銘其外頭字寄分」(同銘のある刀工名を頭字毎に一覧にしたもの)等のきさいがあります。


天保頃江戸版の後鳥羽院御宇奉行人并鍛冶結番次第です。

尚、国書総目録には、寛永2年刊『後鳥羽院御宇番鍛冶之次第』あります。



図はありません。








無刊記ながら、江戸末期~明治初期に本山修験権大僧都に在った鷹巣威徳院春晃で、後の田村春衛の名が記された「天保十五(弘化1年12月改元)甲辰年八月」の記載あります。


この威徳院春晃とは、橋本氏のご先祖様にあたります。








書名にある「番鍛冶(ばんかじ)」は、鎌倉時代、後鳥羽院の命により、1か月交替で院に勤番した刀工で、「御」という敬称をつけて「御番鍛冶」(ごばんかじ)とも称されています。

勅撰集『新古今和歌集』で知られる後鳥羽上皇は、「承久の乱」承久3年(1221)、起こり、後鳥羽上皇の軍勢が、鎌倉幕府執政北条氏率いる鎌倉御家人衆に合戦で敗れ、隠岐に流されます。
この承久の乱の後に、南北朝時代の内乱が展開することとなります。






後鳥羽院は刀剣の製作を好んだとされています。

院は京都粟田口久国、備前国信房にその業を授けられ、承元2年、諸国から名のある刀工12人を召して番鍛冶として、水無瀬において毎月、刀を作らせました。





正月 - 備前国則宗
2月 - 備中国貞次
3月 - 備前国延房
4月 - 粟田口国安
5月 - 備中国恒次
6月 - 粟田口国友
7月 - 備前国宗吉
8月 - 備中国次家
9月 - 備前国助宗
10月 - 備前国行国
11月 - 備前国助成
12月 - 備前国助延









こちらは、「論語集解」です。

「平安東厓先生孝訂 武江書林 千鍾堂藏版」とあり 版心に「千鍾堂藏版」と記されています。

江戸期の日本橋通一丁目にあった武江書林 千鍾堂蔵版です。






嘉永二甲寅年三月1849年 北野内 橋本忠吉絽軌と記されています。


172年前の書物です。


橋本様のご先祖様が学ばれ子供たちに教授された教科書なんでしょう。


大切に拝読させていただきます。







論語の中で大切にしている言葉があります。

「人知らずしてうらみず、また君子ならずや」

人に認められようが認められまいが、そんなことを気にしてはいけない。君子というものは、そういうことにこだわらない人のことである。と解しています。

そうありたいと願っていますが。それが一番難しいところです。

宇賀神様への奉仕等もその通りです。

何百年ものあいだそこに在ったであろう「宇賀神様」と「宇賀神桜」です。

人知れずい誰かが手入れをしてきたものなのでしょう。

人が生きてくうえで特に大切にしたい陰徳の教えに通ずるものだと思っています。

今回、ご縁があり宇賀神様とその周辺整備に携わらせていただいたお陰で、橋本様、高屋敷宮司様はじめご縁をいただいた全ての方々に、改めて大切にしなければならないものを教えられ学ばせていただいています。


貴重な本をありがとうございます。









三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:11 | comments (x) | trackback (x) | 旧中妻村::宇賀石 福の神「宇賀神」さま |
宇賀石「宇賀神」さまの宇賀神桜が開花しました




昨日、宇賀神様山内の側溝を詰まらせていた葉っぱを除去すべく、掃除に伺いますと、宇賀神様の桜が開花していました!


昨年の初夏の頃から、ご縁があり周辺整備等に拘わらさせていただいてきました。





宇賀神様、そして山内にある「宇賀神桜」と呼んでいますが、エドヒガン系の三代継承している子孫繁栄の桜が気にかかっていました。


高屋敷に集う方々の御奉仕により桑の木や雑草除去、そして、根っこの掘り起こし撤去、駐車場整備等~ 沢山の御縁をいただいてきました。





春を迎えて、その桜が可憐な花弁をのぞかせ開花と相成った次第です。

春に備え晩秋から厳冬期にかけて、周辺の状況把握を兼ねて、水路を掘って水を逃がし、側溝を掃除して泥水の流入を抑え、なるべく農道ができる前の状態を確保したくアレコレ画策してきました!

春が来て桜が咲くのはあたりまえの事なんでしょうが、紆余曲折の中で手をかけて来た事もあり、開花の喜びはひとしおです。

うれしくて、うれしくて涙が出ました~







宇賀石の福ノ神「宇賀神(うがじん)」様 
 創建は室町末期の戦国時代まで遡ると考えられています。近世では旧鷹巣村庄屋であった松崎氏が氏神としてお祀りし、近郷近在の福徳を祈願する人々から宇賀石の福ノ神「宇賀神」様、“うげいっしゃま”と称され、信仰を集めて来ました。近年では鷹巣や近在のご縁のある方々によってお祀りされています。
 諸説ありますが、宇賀神様は弁財天様の頭頂部に載っているとされ弁財天様と同一視されています。その福徳は「立身出世」を含む、金運、財運、智恵、五穀豊穣、芸能等の御利益をもたらしてくれると伝わっています。





当宇賀神様の御姿は、長い歴史の中で風化が進んでいますが、本来は「蛇神・龍神」の化身と伝わっているように、頭は若い女性か翁、そして胴体には蛇(龍)がとぐろを巻くという容姿であらわされています。
御縁日は、弁財天様と同じ「己巳(つちのとのみ)」の日で、その昔は所願成就の御利益を願う参拝者で溢れ御賽銭をカマス袋に入れて担いで降ろしたと伝わっています。





「宇賀神桜」
境内にある桜の巨樹は樹齢500年と目されるエドヒガンザクラです。一つの株から老若3本の幹が天に向かって生える姿から、お婆さん、お母さん、娘さんと3世代を紡いだ「家庭円満」「子孫(家門)繁栄」を象徴しています。
橋本史紀著「田村の庄 鷹巣に里を辿る」地名の由来について「宇賀神様」宇賀石地区参照
 令和三年○月吉日 宇賀神奉賛会

三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:09 | comments (x) | trackback (x) | 旧中妻村::宇賀石 福の神「宇賀神」さま |
春本番を前に宇賀神様の掃除!




春本番を前に宇賀神様の掃除をしてきました。


側溝の泥上げ、手水場の手直しと水路確保等、自分なりの掃除と整備です。






運動も兼ねて、せっせと金のシャベルを振るいます!


ここ一年の朝の散歩など、この宇賀神様周辺整備の準備運動だたかなぁと思えるくらいです。







湧き水を引いた手水場です。

蹲を置いてみました。





その水場の排水の確保も一仕事です。


水の流れを追い水末祖掃除をして水路確保!







累計ですと、もうなん10袋になったかわかリませんが、コレは今日のごみ回収の成果です。






今年は桜の開花が早そうです。

この宇賀神桜は、よく見ると幹回りの実測法が解りませんが、5メートルは越えています。


宇賀神さくらの開花が待ち遠しい今日この頃です。


「宇賀神桜」

境内にある桜の巨樹は樹齢500年と目されるエドヒガンザクラで、一つの株から老若3本の幹が天に向かって生える姿から、お婆さん、お母さん、娘さんと3世代を紡いだ「家庭円満」「子孫(家門)繁栄」を象徴しています。





昨年の五月の連休明けに、お客様からの問い合わせがある迄、この宇賀神様の存在を知りませんでした。


ご縁があり、整備等に奉賛させていただくようになりました。


ちょうどこの日、小原田で理容店「104」を営む高校の同級生がバイクで通りかかり、激励がてらお参りしてくれました。


その友人から、「神様に奉仕作業をさせてもらえるなんてすばらしい事じゃないか!」と・・・

そうなんです、中々寺社の掃除というのは出来そうで出来ないもので、こうして早春の晴れた日に泥と汗にまみれながら無心になって掃除をする~


心身ともに清々しい気持ちになります。


宇賀神様、そして、ご縁に感謝です。


心地よい筋肉痛と顔の日焼け、そして紫外線アレルギーのブツブツが、お土産についてきてくれました!






宇賀石の福ノ神「宇賀神(うがじん)」様 

 創建は室町末期の戦国時代まで遡ると考えられています。近世では旧鷹巣村庄屋であった松崎氏が氏神としてお祀りし、近郷近在の福徳を祈願する人々から宇賀石の福ノ神「宇賀神」様、“うげいっしゃま”と称され、信仰を集めて来ました。
近年では鷹巣や近在のご縁のある方々によってお祀りされています。


 諸説ありますが、宇賀神様は弁財天様の頭頂部に載っているとされ弁財天様と同一視されています。その福徳は「立身出世」を含む、金運、財運、智恵、五穀豊穣、芸能等の御利益をもたらしてくれると伝わっています。

当宇賀神様の御姿は、長い歴史の中で風化が進んでいますが、本来は「蛇神・龍神」の化身と伝わっているように、頭は若い女性か翁、そして胴体には蛇(龍)がとぐろを巻くという容姿であらわされています。

御縁日は、弁財天様と同じ「己巳(つちのとのみ)」の日とされ、その昔は所願成就の御利益を願う参拝者で溢れ御賽銭をカマス袋に入れて担いで降ろしたと伝わっています。







 





三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 04:19 | comments (x) | trackback (x) | 旧中妻村::宇賀石 福の神「宇賀神」さま |
「宇賀福神」さまが鎮座する境内に敷石を設置しました。




三春城下在鷹巣宇賀石にある「宇賀福神」さまが鎮座する境内に、御布施として敷石を設置奉納してみました。


かねてよりの、令和の宇賀石様周辺整備の中で境内の土質が粘土質ということで雪や雨が降るとぬかるんでいました。






それを改善して、大勢の方々に参拝していただこうと、思案していました。


そこで、当店女将の同級生で友人、中田町で石材業「MSコーポレーション」を営む佐久間氏に頼み込んで平らな切り石を分けていただきました。


おまけに、宇賀神様に配達も依頼して~ 

本当にありがとうございます。





当初は、茶の路地「茶室」へのアプローチのような丸い自然石での飛び石を考えていましたが、神様の社へ通じる参道です。

参詣に来られる老若男女の方々に参拝していただくのに足元の安心と安全を考えて、平らな切石をご覧のように敷き詰めてみました。


饅頭屋の私が見様見真似でしたもので恰好が悪いかもしれませんが、足元の安全を確保しました。







これも、”乗り掛かった舟”ではありませんが昨年の5月に宇賀神様の問い合わせがあったことから始まり、塵壺掲載やナニコレ珍百景に採り上げられ、三春町への珍百景採用謝礼金寄付、そして三春広報や、福島民報・福島民友にも掲載、そして、白岩高屋敷稲荷神社宮司様とも懇意にさせていただくようになったという、有り難いご縁がございます。






禅の師匠より「無一物中無尽蔵」ということを教えていただいています。
禅的な行為というものは、いっさいの果報を求めないことです。良い事、人のためになる事は自分自身のために行うものであり、功徳を求めての行為は布施ではありません。
心清らかな行為は、その行動の最中にすでに徳を積み幸せを感じているはずということだそうです。






先の駐車場整備に於いても三春城下で水道屋「吉村管工所」を営む吉村君にお世話になり駐車場整備もお世話になりました。

お陰様で、新型コロナウイルス感染拡大防止「コロナ禍」という昨今にあって、商売をさせていただけるのも、宇賀神様、そして高屋敷稲荷様のおかげと感謝しています。






高屋敷稲荷神社の鈴木宮司をはじめ、地主の橋本様、そして、隣の桑畑の地主の影山様、さらには迎えの空地の地主の佐久間様等々様々な方々の御縁と御奉仕、ご支援をいただき令和の宇賀神様周辺整備が進んでまいりました。





さらには、高屋敷稲荷神社に集う方々の様々な奉仕作業・・・・


そして、何かと奉仕していただいているLCサービスの佐久間君、根元看板店の根本君~


私はそれらの方々の少しでもお役にたてればとの思いで関わらせていただきました。



これで多くの方々に福の神「宇賀神」様に参拝いただき、その御利益が届きますようご祈念申し上げます。







ご縁と塵壺等での現代の皆様への紹介者の責任として、駐車場整備での交通安全確保、そして、ぬかるみ対策の石畳整備等々で参拝飲み仲間の安心安全に少しはお役立ていただければ幸いです。



この春には、樹齢500年と推測される「宇賀神さくら」も可憐な桜花を見せてくれることでしょう~

エドヒガンザクラの大きな桜です。

よく見ると一つの株から老若3本の幹が天に向かって生えています。

樹齢500年と目されるお婆さん、お母さん、孫娘と3代に亘る宇賀神桜です。








尚、宇賀神様の縁日は、弁財天の御縁日と同じ己巳(つちのとみ)の日で、60日に一回巡ってきます。


今年2021の初己巳は1月21日です。

2021年の己巳の日は、

1月21日(木)、3月22日(月)、5月21日(金)、7月20日(火)、9月18日(土)、11月17日(水)になります。

御賽銭もって商売繁盛、金運、出世祈願です。


尚、芸能の神様でもありますよ~


三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:27 | comments (x) | trackback (x) | 旧中妻村::宇賀石 福の神「宇賀神」さま |
宇賀神様の駐車場を示す看板が立てられました。




三春城下在、鷹巣の宇賀石にある宇賀神様の駐車場を示す看板が立てられました。


斜面になっていますが、自動車の方向転換もできます。


車3~4台は止められますので、ごゆっくりと御参拝くださいますようお願いいたします。


福ノ神「宇賀神(うがじん)」様 宇賀石
創建は室町末期の戦国時代まで遡ると考えられており、近世の記録では旧鷹巣村庄屋であった松崎氏が氏神として祀り、福ノ神の“うげいしさま”と信仰を集め、近年では鷹巣の方々によってお祀りされています。
諸説ありますが、宇賀神様は弁財天様の頭頂部に載っているとされ弁財天様と同一視されています。その福徳は「立身出世」を含む、金運、財運、智恵、五穀豊穣、芸能などの向上と、様々な御利益をもたらしてくれると伝わっています。
その御姿は、長い歴史の中で風化が進んでいますが「蛇神・龍神」の化身と伝わっているように、頭は若い女性か翁、そして胴体には蛇(龍)がとぐろを巻くという容姿であらわされています。
御縁日は弁財天様と同じ「己巳(つちのとのみ)」の日で、古には所願成就の御利益を願う参拝者で溢れ、御賽銭をカマス袋に入れて担いで降ろしたと伝わっています。
境内にある巨大な老桜は、「宇賀神桜」と親しまれるエドヒガンザクラで、樹齢は宇賀神様と同じく約500年と推測されています。
一つの株から老若3本の幹が天に向かって生える姿から、お婆さん、お母さん、娘さんと見なされる三代に亘る子孫繁栄の宇賀神桜です。
 令和三年○月吉日 宇賀神奉賛会

三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:07 | comments (x) | trackback (x) | 旧中妻村::宇賀石 福の神「宇賀神」さま |
福の神「宇賀神」さまの周辺整備竣工記念直会




福の神「宇賀神」さまの周辺整備竣工記念直会


先ごろ、鷹巣宇賀石にある宇賀神様の周辺整備が一段落を迎えました。

その竣工記念の直会を、高屋敷稲荷神社神主 鈴木廣一宮司様、吉村管工所代表の吉村剛様、CLサービス代表の佐久間政重様、根本看板店の根本康一様と共に、宇賀神様と御縁がある馬場の湯若松屋様で行いました。








今年、令和2年の5月ごろに、当三春昭進堂の塵壺やHPをご覧いただくお客様からの「あの祠は何ですか?」「鬱蒼としているので勝手に掃除をしてもいいのでしょうか?」がすべての始まりだったように思います。



様々なご縁を経て、高屋敷宮稲荷神社神主の鈴木宮司、そして、佐久間様、根本様と共に「ナニコレ珍百景」へ出演、当店塵壺にも掲載しました。


私も、様々の御縁の中で塵壺に掲載させていただいたという関係と、その責任の中で微力ながら関わらせていただきました。



その間、高屋敷稲荷神社様に集う方々の草刈りや掃除といった御奉仕があり、少しずつきれいに整備されていきました。








先には周辺整備工事安全祈願祭を行い、工事の安全を祈願。






「宇賀神様及び周辺がきれいになるなら自由に使ってください」と、宇賀神様はじめ周辺の土地を有する皆様方のご協力を得ました。




友人である吉村管工所代表の吉村様からは「亡くなった親父が言っていたんだけど、神社の事にはには協力すっぱい!」と御奉仕をいただきました。


お陰様で、無事一連の工事が終了することができました。









宇賀神様門前の広域農道は交通量も多く、急な坂道、その上S字カーブが連続する状況です。


さらに冬期間は日当たりが悪く、路面凍結が発生しやすい場所です。


これらを少しでも改善したいとも思いがあり、周辺の草刈りや雑木・桑木の伐採を行ってきました。


さらに、根本的に地形の整地を行い、地盤を下げて見通しの悪さを改善を試みました。







また、見通しの観点から、農道の宇賀神様の対岸側に3~4台収容・切り返し可能な駐車場を整備しました。


お参りの際は道路横断となりますが、こちら側は上下とも見通しが良く、安全に車の出入りができると考えました。







鈴木宮司を中心と維した宇賀神様周辺整備の会を、仮称「宇賀神様奉賛会」としました。


宇賀神様、そして、高屋敷稲荷神社さまの元で、奉仕した仲間です。



改めて、人と人の御縁や繋がり、そして感謝の心の大切さを学びました。







樹齢5~600年は経ているであろうエドヒガン系の「宇賀神さくら」

こちらも、周辺の桑の木を伐採しその根っこもとりのぞきました。

また、桜の絡んでいた太い藤や蔦を取り除きました。







この「宇賀神さくら」は、よくよく見ますと、子供と孫と寄り添うように3本の桜が共生しています。


来春の」桜の時節には、きれいな桜花を咲かせて、道行く方々の心を和ませることでしょう~







戦国時代末期より続く宇賀神様です。

その長い歴史の中で、長年に渡り衛伝えられてきた「福の神」を次世代へ伝えるべく、三春在の”無名の市井の衆”として関わらせていただきました。

皆さま、損得勘定なし

誰かのためというのではなく、ただ無心での奉仕作業です。


この世知がない世の中を、半世紀近以上を生きてきまして、何やら先の見通しがおぼろげながら見え始めた年代に到達したからでしょうか、今迄の生き方を振り返ってみるようになった気がいたします。

忙しい毎日を送っている私たちは、つい自分を見失いがちですが、そうならないためにも、意識して反省をする習慣をつけなければならないと思いますが、現実にはなかなかできません。

この宇賀神様の周辺整備は、自分を顧みる良い機会になったような気がいたします。

「宇賀神さくら」と呼んでいますが、この桜のようにしっかりと大地に根を張り、目立たなくても人知れず、可憐な桜花を咲かせるような生き方~

このいかにも愚直にも見える方法が、実は満足した人生を送り、幸せをもたらす一番の方法だと「宇賀神様」に教えていただいたような気がいたします。


そして、勧請以来500年は過ぎたであろうと考えている宇賀神様です。

その時々で手を加え補修や整備をして来たんだろうと思います。

世界的な規模のコロナ禍である令和2年に、この宇賀神様を整備させていただくのも何かの御縁です。

次世代へ、つなぐ役目をさせていただいているという感覚で奉仕させていただいています。



宇賀神様にかかわるすべての皆々様に感謝を申し上げ、ご報告とさせていただきます。


心より御礼申し上げます。


ありがとうございました。







福ノ神「宇賀神(うがじん)」様 宇賀石
創建は室町末期の戦国時代まで遡ると考えられており、近世の記録では旧鷹巣村庄屋であった松崎氏が氏神として祀り、福ノ神の“うげいしさま”と信仰を集め、近年では鷹巣の方々によってお祀りされています。
諸説ありますが、宇賀神様は弁財天様の頭頂部に載っているとされ弁財天様と同一視されています。その福徳は「立身出世」を含む、金運、財運、智恵、五穀豊穣、芸能などの向上と、様々な御利益をもたらしてくれると伝わっています。
その御姿は、長い歴史の中で風化が進んでいますが「蛇神・龍神」の化身と伝わっているように、頭は若い女性か翁、そして胴体には蛇(龍)がとぐろを巻くという容姿であらわされています。
御縁日は弁財天様と同じ「己巳(つちのとのみ)」の日で、古には所願成就の御利益を願う参拝者で溢れ、御賽銭をカマス袋に入れて担いで降ろしたと伝わっています。
境内にある巨大な老桜は、「宇賀神桜」と親しまれるエドヒガンザクラで、樹齢は宇賀神様と同じく約500年と推測されています。
一つの株から老若3本の幹が天に向かって生える姿から、お婆さん、お母さん、娘さんと見なされる三代に亘る子孫繁栄の宇賀神桜です。
 令和三年○月吉日 宇賀神奉賛会



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



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