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境内石燈篭の付近から石垣(礎石?)の一部かと思われる大きな石が顔を出しました。




お城山で発掘調査をしているようです。

田村大元神社境内の散策路からの登城は不可のようです。






境内の落ち葉掃除も本番を迎えています。

こまめに市場掃除に上がりますが、石燈篭の付近から石垣(礎石?)の一部かと思われる大きな石が顔を出しました。






石板かと思って掘り起こしてみましたが、文字は見当たりません。

三角形台形の石でした。


かつて存在した建屋「額堂」の遺構か?基礎か石垣?









三春城下御菓子三春昭進堂100年 菓匠蒼龍



| ryuichi | 03:56 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社) |
「寺社明細調」 三春町 ・「大志太神社」(現田村大元神社)編 旧三春藩領内総鎮守「大元帥明王」




明治初年の旧三春藩領の三春町の「寺社明細調」です。


その中の旧三春藩領内総鎮守「大元帥明王社」の項を見ますと・・・「大志太神社」です。


祭神は国常立命と記されています。






その中で、社殿の項を見ますと・・


神殿 縦に尺三寸 横に尺八寸

窟 縦二間、横二間

随神門 縦二間半 横六間半

そして、額殿 縦七間、横二間との記載がありました。

額殿・・・奉納した額を納めた社という意味ですが、神仏習合の江戸期にあっては「大元帥明王」の神式でいう所の「拝殿」に相当する建屋と思われます。


そして、小教院・・・学問所とでも言いますか・







益々調べる価値が高まった「田村大元神社」です。


ワクワクが止まりません!



三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 02:25 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社) |
田村大元神社明治30年社殿新築寄附受帳及同社昭和3年屋根銅板葺寄付受帳


田村大元神社明治30年社殿新築寄附受帳及同社昭和3年屋根銅板葺寄付受帳

20年くらい前になりますが、田村大元神社別火講中世話人当時、梅雨時のシトシト雨の降り続くしがない一日、祭典掛の準備のために社殿の方付けをしていました。
拝殿内の倉庫を方付けていたところ、天井板がずれているのに気が付きました。




直そうと、恐るおそる上がってて天井裏を見渡しますと、古い風呂敷包が出てまいりました。
ほこりを払いながら中を見てみますと古い帳面の束になって入っていました。




表紙を見ると、明治30年の田村大元神社社殿新築の時の寄付受帳約100冊と、昭和三年の屋根替え改築の寄付受け帳20冊でした。


当時はまだ、軍事色が強く戦意高揚としての神道が健在な時代でしたので、旧三春藩領六十六郷の村々からの寄付徴収でした。




県知事からの寄付集め許可証が添付され、神社檀信徒総代の発揮人名簿、賛同者名簿には三春町の時の名士の方々が名を連ね、三春領六十六郷にある各村長の方々の名前も明記されています。




筆頭は、三春藩秋田家当主秋田重季公です。






田村大元神社の現在の本殿、そして拝殿に新築にあたっての大工は、明治33年に天澤寺境内の地蔵堂新築を請け負った二本松長外路の大工で、その腕を見込まれて、旧三春士族、近内家に婿養子婿養子に迎えられ、三春城下新町にて建築業大工を開業しています。

明治38年には田村大元神社本殿と拝殿新築工事を引き受けます。

彫刻は、二本松の彫刻師のゲンさんです。

ゲンさんも同じく地蔵堂の彫り物も製作しています。



三春昭進堂 菓匠蒼龍






| ryuichi | 02:21 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社)::大元帥明王社(田村大元神社) |
田村大元神社仁王門 横綱「大の里」 仁王様 阿吽金剛力士像




田村大元神社仁王門には、その名の通り「金剛力士仁王様」が阿形と吽形が鎮座しています。


よくよく見ますと、大相撲横綱「大の里」関に似ています。





正面から見て右手に鎮座しています、阿形金剛力士像です。


似ていませんか?

他の金剛力士像とは違って、丸みを帯びたお相撲さんの様な体系が特徴です。


慶応4年、明治元年の作だと思います。







正面左に鎮座するのは吽形金剛力士像 こちらは若元春関!


こんなことを考えながら大相撲を見るのも一興です。




三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍











| ryuichi | 03:06 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社) |
塵壺420号 「田村大元神社 神輿渡御音も白天狗と青天狗」 令和8年7月発行




塵壺420号 「田村大元神社 神輿渡御音も白天狗と青天狗」 令和8年7月発行


田村大元神社夏季例大祭の御神輿渡御の際、町内を掃き清め魔を退治するかのように「白天狗」と「青天狗」が、長獅子の前方に睨みを利かせて闊歩しています。
これは、2年毎に奉仕する三春大神宮秋季例大祭神輿渡御に於いても同じ陣容です。




赤天狗は一般には「大天狗」と称し、お導きの神様である猿田彦命だと考えられますが「白天狗」と「青天狗」はいずこの神さまなのか?

明治維新前の大元帥明王の渡御では、神仏習合の仏教色が強く、神馬―槍持ち役人―世話人―母衣―万燈―お神楽(長獅子)に警護掛と使番が付き、―禰宜―笛―大小太鼓―木馬の跨った子供の行列―日天坊(にってんぼう)―月天坊(がってんぼう)―甲冑行列―太鼓台―ささら・三匹獅子と続き、その後に「通り者」と呼ばれる祭礼踊り一行が従い、扇子踊り、槍踊り、太平奴の三番踊り他などの通り踊りを奉納していました。



現在は、触れ太鼓、神旗、五色旗、白天狗、青天狗、長獅子、赤天狗、御神輿、神官、楽人、総代、字役員、各神社総代(於、三春大神宮祭礼)、三匹獅子、ささら、そして小若連等と続きます。


行列の陣容を、明治維新前後(後は昭和20年終戦以降か?)で比較しますと、日天坊(日天狗)と月天坊(月天狗)の存在が気になります。





神仏習合では、日天坊は「日之御碕雲速神」という神号を拝領した天狗で、お天道様(おてんとさま)の使いとされ、善業も悪行もすべてお天道様がお見通し!そして月天坊は「月之御碕風速神」の神号を拝領する天狗で、神力によって放つ光で、人々の煩悩の闇をも照らす神の使いとされています。

また、大儀で云えば神道では太陽の神様を「天照大神」、月の神様を「月読尊」としています。





明治末や大正時代の田村大元神社の長獅子掛をしている三春大神宮祭礼の写真を見ると、「赤天狗」と今の「白天狗」と思われる天狗が映っていますが、青天狗は映っていません。

この白天狗は、この写真や江戸時代の大元帥明王祭礼での長獅子掛りが、現八雲神社の荒獅子の前身の牛頭天王のお神楽(長獅子)ですので「素戔嗚尊」ではないかとも考えられます。





牛頭天王は、疫病を防ぐ神であり仏教的には薬師如来、そして神道における素戔嗚尊と同体であるとされており、明治以降の田村大元神社の御祭神である「国常立命(くにとこだちのみこと)」の分神とも解釈されています。

一方、青天狗は?と考えると明治以降、太元明王祭礼絵巻を参考にして月天坊の代わりに青天狗が追加されたとも推測されます。

尚、青天狗の面は青色に着色されていますが、白天狗の白とは明らかに顔料が違います。

この渡御の行列も明治以降に編成されたもので、祭礼の序列を編成する中で、神道系の神楽、能を題材として、赤天狗はじめ、白天狗、青天狗を取り入れたのではないかと考えています。






さらに、旧御祭神「大元帥明王」、そして現御祭神「国常立命」を含めて、天狗伝承や山伏、そして神楽や田楽、更にはお能(面)から探ってみました。

「白天狗」は、その形相から吽形(うんぎょう)の能面の大癋見(ベシミ)ではないかと考えています。





口を「へ」の字に結んだ表情の鬼神面ですが、能では鬼や異相の武者を表し、『是界(ぜがい)』や『鞍馬天狗(くらまてんぐ)』などで天狗の役に用いています。

そして「青天狗」は、吽形があれば開口している阿形(あぎょう)が居てもおかしくはありませんが、同じく鬼役の小癋見だと考えています。

この渡御の行列も明治以降に編成されたもので、御神輿渡御の序列で、神道系の神楽、能を題材として、赤天狗はじめ、白天狗、青天狗を取り入れたのではないかとも考えられ、謎が深まるとともに歴史のロマンを感じます。






いずれにしても、令和の田村大元神社祭礼絵巻に昼も夜も外敵から三春、そして日本の安寧を護るという御神徳、さらには祖先よりの氏子・崇敬者の皆々様の願いが込められていることなのでしょう。   


 “神威輝八紘徳風布四海” 









蒼龍謹白 さすけねぇぞい三春! 拝


| ryuichi | 20:19 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社)::明王様御祭礼 |
三春城下新町鎮守 田村大元神社手水舎改修工事



三春城下新町鎮守 田村大元神社手水舎改修工事


田村大元神社(旧三春藩五万石領内総鎮守大元帥明王)の境内にある手水舎の改修工事





参拝の方々にはご不便をおかけしましたが、これで手水舎の作法も滞りなく行えます。


寺社問わず、参拝参詣の際には、ハンカチは持参でお願いします。




今年、当三春昭進堂の名「昭進堂」と店名を付けてからから100年(昭和2年命名)となることの記念、そして皆々様への感謝の意を表し、益々の商売繁盛と家門繁栄を祈念して新町鎮守の氏神さま田村大元神社にある手水舎の排水を改修奉納しました。

嘗ては、排水のこともありますが、手水の作法が難しいと思います。

手水舎の水で両手を清め、口をすすぎます。このことを「手水を使う」と言いますが、心も洗い清めるという意味があり、この作法の定着の意味もあります。

これから先の百年も、田村大元神社の神様のご加護を受けながら、歩んでいけますように祈念いたします。






神社やお寺を訪れる際、まず最初に行うべき作法が「手水(てみず・ちょうず)」です。






手水の基本的な手順で、一回すくった水ですべての作法をこなします。

1、柄杓を右手で持ち、水盤から水をすくいます。

2、左手に水をかけて清めます。

3、柄杓を左手に持ち替えて右手を清める

4、再び右手で柄杓を持ち、左手のひらに少量の水を注ぎ、その水を口に含み、軽くすすぎます。

※柄杓に直接口をつけてはいけません。また、水は水盤に戻さず、排水所に静かに吐き出します。

5、口をすすいだ後、もう一度左手を清める

6,最後に柄杓を立てて、柄の部分に水を流して清める

 ※残った水で柄杓の柄を清め、次に使う人への配慮を示します。その後、柄杓を元の位置に戻します。








お参り参拝の作法


まず、鳥居をくぐる前に衣服を整え、一礼してから境内に入ります

参道は中央を避け、落ち着いて歩きます……中央は神が通るところなので避けた方がいいとされています。

手水舎で手水をとり、心身を清めてからご神前に進みます


賽銭箱に賽銭を入れ、鈴を鳴らして「二拝二拍手一拝」の作法で拝礼します


帰る際も、来たとき同様に中央を避けて参道を歩き、中に向かって一礼してから鳥居を出ます







境内掃除も良き心持が倍増しました!


各位の方々には大変お世話になりました。



ありがとうございました。








三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍





| ryuichi | 03:13 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社) |
田村太元神社境内の手水舎に手水の作法を記した案内板を設置奉納しました。




鎮守様 田村太元神社境内の手水舎に手水の作法を記した案内板を設置奉納しました。


手水舎について

神社にお参りをする前に、手と口を清めてから参拝をするのが神社参拝の正式な参拝作法です。

この手と口を清める所が手水舎(御手洗場)と言う場所です


ひとつひとつの所作に、心身を整え、清らかな心で 神様の御前に立つための大切な作法

皆様のご参拝を

心よりお待ちしております🌿








手水舎は、単に汚れた手を洗うための設備ではありません。

これには、神道における非常に重要な儀式である「禊(みそぎ)」を簡略化したものという深い意味があるとのことです。

古来、神様にお参りする前には、海や川に入って全身を洗い清める「禊」を行うのが習わしだったそうです。

これは、日常生活で知らず知らずのうちに身についてしまった「穢れ(けがれ)」を落とし、清らかな状態で神聖な場所(神域)へ入るための儀式的なものだったそうです。

手水舎自体は、江戸時代の中期以降あたりから手水舎が設置されはじめたものらしく、元来は、参道入口にある湧き水を引いた水盤や山中橋近くの川(現桜川)を利用して身を清めていたようです。








手水の作法

一、右手で柄杓(ひしゃく)を取り、水を汲んで左手を清める。

二、柄杓を左手に持ち替え、右手を清める。

三、再び柄杓を右手に持ち替え、左手に水を受けて口をすすぐ。

四、もう一度、左手を清める。

五、柄杓を立てて残りの水を柄に流し、清めてから伏せて元の位置に戻す。

注意事項
・柄杓に直接口をつけないでください。

・使った水は水盤に戻さないでください。

・一度汲んだ水で最後まで行います。

田村太元神社







三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍











| ryuichi | 03:09 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社) |