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令和3年度田村大元神社(旧三春藩五万石領内総鎮守大元帥明王)の夏季例大祭は新型コロナ蔓延防止の観点から、神事及びお札配布のみとなっています。




令和3年度田村大元神社(旧三春藩五万石領内総鎮守大元帥明王)の夏季例大祭は新型コロナ蔓延防止の観点から、神事及びお札配布のみとなっています。







疫病コロナ退散・終息の祈願をしてまいりました。





御神輿渡御、先払いの長獅子奉納、三匹獅子奉納等がないとやはり城下新町の夏は迎えられません。


早期のコロナ終息を願うばかりです。





磐梯造園三春さんによる斜面の草刈りです。

造園のプロの仕事はさすがです!




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍





| ryuichi | 04:26 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社) |
旧三春藩領内総鎮守「大元帥明王社」の旧仁王門の彫刻




旧三春藩領内総鎮守「大元帥明王社」の慶応4年竣工の旧仁王門の彫刻






正面には、二柱の龍が勇ましく刻印されています。






仁王様が収まる正面左側には麒麟が狂でお馴染みの「麒麟」が二柱






同じく、右側には唐獅子の二柱、和毬と戯れています。








梁と柱の結合部にある左右には「龍」の姿が・・・左右対称に設えられ口の開閉となれば「阿吽ノ龍」ということでしょうか?

こちらは口が開いているので{阿ノ龍}?





そして{吽ノ龍}



洋風な姿にめて仕方がありません。





田村大元神社随身門(旧三春藩総鎮守大元帥明王社仁王門)の裏右側

「海人/海士(あま)」です。

讃岐国(現在の香川県)志度の浦の海人が、藤原淡海 (不比等)と契って生んだ子(房前)を世に出すため、命を捨てて竜宮から宝珠を取り戻したという伝説。


我が子の立身のために死地におもむく、深大な母性愛、女の強さを壮烈に描いた物語が彫られています。

房前が大臣になった後、志度の浦へ行くと、海人が現れ、面向不背の玉を一人の海人が龍神から取り返した次第を物語って海中に姿を消し、房前が追善をすると母の亡霊が龍女の姿で現れ、「法華経」の功徳で成仏したことを示したという伝説にちなんでいます。






同じく門の裏 左側にあるのは、王佐の才をふるい、劉邦を皇帝にした名軍師「張良」の彫刻

中国漢の国の張良が、黄石公の落とした沓をささげて真心を示し、兵法の奥義を授かるという故事の一場面が彫られてあります。

漢の高祖の臣張良が黄石公から兵書を授けられた故事です。
馬に乗った黄石公、張良は沓を持って龍に乗っています。



三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍






| ryuichi | 05:27 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社)::大元帥明王社(田村大元神社) |
 田村大元神社境内御神楽殿 大林賢四郎氏寄進




三春城下 田村大元神社境内にある大阪市大林賢四郎三春町と刻まれた御神楽殿寄進記念石碑があります。



文字通り、昭和7年寄進の御神楽殿奉納を祈念した石碑です。






大林組の元社長・会長の大林賢四郎さんです。




賢四郎さんは、二代社長大林義雄氏にその際を見出され、元田村大元神社神官藤泉家から大林家へ婿養子に入ります。


副社長として、激動の大正13年12月〜昭和10年3月まで勤め、大企業大林組の発展に寄与されました。







藤泉家は、旧三春藩領内総鎮守「太元帥明王社」だった「田村大元神社」の神職を務められた家系です。



住居は新町にありました。

現在そのお宅は「大林文庫」として保存されています。








夏季大祭礼の際は、宵祭りには「歌謡大会」の舞台、そして、当日は御神楽が奉納されています。






御神楽殿の右に立つ大谷石で造られた「宝物殿」も、大林組寄進となっています。







そのような経緯がありますので、先の「平成の屋根替え」でも大林組さんにお世話になり無事工事完了となりました。












春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:34 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社) |
田村大元神社 (旧三春藩領内総鎮守大元帥明王社) 新型コロナウイルス感染症への対応について



三春城下新町 田村大元神社 (旧三春藩領内総鎮守大元帥明王社)


新型コロナウイルス感染症への対応について
2020.04.13

4月13日、福島県神社庁から県内神社への新型コロナウイルス感染症への対応について

通達がございました。

現在の対応をお知らせ致します。







・ご参拝について

現在は、通常通りお参りが可能ですが、手水舎の柄杓と、正面の鈴緒(鈴を鳴らすための綱)のご使用は当分の間ご遠慮ください。

現在は、ご覧のように上で止めています。



・ご祈祷について


お電話にて事前に予約受付を行っていただき、拝殿の換気、座席の間隔を取るなど対策をした上で通常通り行っておりますが、当方にてご祈祷の上、後程お神札(ふだ)をお引き取り頂く方法もございますのでお申し出ください。

なお、社殿にて昇殿しご祈祷をご希望の方は事前予約の上、マスク着用をお願い致します。








・お神札・お守りについて

現在は、宮司宅にて通常通り各種お守りを授与致しております。



・御朱印について

宮司宅にて受付ていますが、接触を減らすため、当分の間、御朱印帳への直接書くことを中止し置き書きの御朱印のみと致します。







・今後の対応について

今後、行政機関が発表する方針や神社本庁また福島県神社庁等の神社関係団体の通達事項により変更する場合がございます。


新型コロナウイルス終息を祈念申し上げます。







春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 03:55 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社)::大元帥明王社(田村大元神社) |
田村大元神社・三春大神宮 戦前のポストカード 初オークション



田村大元神社の古い写真のポストカードです。


西村商店発行、そして、三春名所の案内があります。









屋根は杮葺き(こけらぶき)のように見えます。


これが銅板葺だと昭和三年以降ですが、それ以前の写真が使われていると思われます。







また、大正14年発行の三春名所案内では今も残る境内の植木が写っていますが、これにはありません。


現社殿は明治32年再建ですので、再建直後の画像かとも考えられます。






常夜灯灯籠の位置も微妙に違うような~











同じく三春大神宮の古写真を使ったポストカードです。







お判りでしょうか、拝殿が茅葺のままです。

また、神楽殿が境内右にあります。


土砂崩れにより拝殿や神楽殿等が滑落崩壊します。


昭和6年に、その幣殿拝殿の再建が始めっていますので、昭和6年以降の写真が使われていると思われます。







西村商店発行、縣社三春大神宮の表記が見えます。


縣社の表記から戦前(昭和20年8月の終戦前)と判断しています。



実はこれらのポストカードは、ヤフーのオークションに偶然出ていたのを発見しまして、初めてオークションで買ってみました。










春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍






| ryuichi | 04:13 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社) |
田村大元神社の御賽銭箱 銀杏(オス)の花



田村大元神社の御賽銭箱です。



明治32年10月の年号があります。







発起人はじめ寄進した方々の名前には、三春町はもちろん、芹ケ沢、込木、楽内、滝、柴原の方の名前も見えます。






明治三十二年(1899) 本殿拝殿を建立を祝しての寄進だと思われます。





明治4年、政府は神道を国家的祭祀と位置付け、太政官布告「官社以下定額・神官職制等規則」により、近代社格制度を制定しました。

神社は国家の管理・保護下に置かれ、神社に関するあらゆる事柄が法制度で定められることとなりました。





同12年、内務省は各府県に、統一した書式(社格・祭神・由緒・氏子数等)の神社及び寺院明細帳の作成を命じ、管理しました。









田村大元神社境内のいい銀杏も初夏を向かえてスッカリと青々してきました。

よく見ると、銀杏の木の下に、白っぽいモサモサした種のようなものが大量に落ちて一面を覆っています。

ちょうど、晩秋に銀杏の葉っぱが落ちているている辺りです。







これはオスの銀杏の花が落ちたものだそうです。
  

この大銀杏はこのオスで、ここから花粉が風に乗ってメスの銀杏の花に移って受粉するということらしいんです。


秋に、銀杏の実を落とすのはメスの木だそうです。





春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:57 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社) |
旧三春藩領内総鎮守大元帥明王社 (田村大元神社) 縁起





旧三春藩領内総鎮守太元帥明王社 (田村大元神社)

本来、太元帥明王は四天王·二十八部衆を従え、悪獣や兵火の災難を除き、国を守り人々を保護する明王であった。

国常立命は記紀神話の神で、日本書紀では天地開闘の最初に出現した国土生成の中心的神として位置づけられている。


八幡神社、能熊野神社、神明宮、秋葉神社に対する篤い信仰を持ち続け、例祭には神輿渡御があり、長獅子、三匹獅子舞を奉納し祭礼を行う。






祭儀は一月元旦歳旦祭、四月二十八日春祭り、例祭は七月二十日(現在は第三の日曜日)、十月二十八日秋祭り、秋葉講祭が四月二十日と十月二十日、他に正月別火講祭奈が行われる。


別火講一番組と二番組が祭りの準備と執行に当たっている。


田村大元神社から勤請された神社と思われる大元神社が大越と船引にある。







坂上田村麿公は、坂上苅田麿公の子として天平宝宇二年(758年))に生まれている。成長して蝦夷征伐に関係し、延暦十六年(797年)には征夷大将軍に任じられている。

田村麻呂は、観音への信仰もあつく、同十七年(798)には京都に清水寺を建立している。朝廷や天皇からの信頼あつく、正三位まで授けられるとともに、参議や大納言などの要職に任じられている。





また、武門に対する信頼もあつく、右近衛大将や兵部卿なども歴任している。
弘仁二年(811)五月二十三目、都にて没している。






延暦年間(782~805)
坂上田村磨、征夷大将軍として征討の途上、磐城国岩瀬郡小山田村今明王壇に図常立命を安置奉斎、武運長久治国平天下を祈願したことに由来する。(社伝による)

永仁三年(1295)
社宝銅製松喰鶴鏡にこの年の墨書銘がある。

歴応年間(北朝年号1338~1342)
坂上田村麻呂・田村将軍の裔田村輝定、之を三春雲集山古城跡に遷し、祠官を置く。
(社伝による)

永正元年(1504)
田村麻呂から26代目の子孫とする田村義顕、居城を田村郡守山字山中(現郡山市)より三春大志多山に移した時、太元明王をも併せ移し、その社殿を同じく大志多山に建立、之を奉遷。

三春城の東舘(後の三ノ丸)の南麓に社地を定め、社地及び門前の町名を守山山中を模して山中とし、守山の泰平寺を移して別当寺とする。

天文年間(1532~1554)
境内末社、八幡宮、熊野宮を勧請。

天文十八年 (1549)
田村氏の変遷により、この年まで田村家領内六十六郷の総鎮守とする。

天文十八年(1549)~慶長三年(1598)
会津蒲生氏による三春支配、景仰奉祀する。

慶長三年(1598)~慶長五年(1600)
会津上杉氏による三春支配、景仰奉祀する。

慶長五年(1600)~寬永四年(1637)
再び会津蒲生氏三春支配、景仰奉祀する。

寬永四年(1637)~寛永五年(1628)
会津加藤氏支配、景仰奉祀する。

寛永五年(1628)~正保元年(1644)
三春城主松下氏支配、景仰奉祀する。

正保二年(1645)
秋田俊季、常陸国宍戸城より三春に移り、本神社を尊崇。
別当を真照寺とする。

寬文十年(1670)
仏殿、本堂火災により焼失。

元禄二年(1689)
秋田輝季、大般若経六百巻を奉献。

天明八年(1788)
秋田倩季、神号額を奉納。

慶応三年(1867)
秋田映季、仁王門(後随神門・表門・八脚門)を建造。
金剛力士像完成(石森の彫工伊藤光雲.同九賀之助の合作)







明治元年(1868)
神仏分離令布告。


明治三年(1870)
大志多山神社と改称。
三月、御神体·突鐘·金剛力士像を真照寺に移し、社殿を破却。
六月一日遷宮

明治四年(1871)
三春藩社詞方より国常立命を祭神として、三春町の鎮守とし、当屋制廃止を命ぜらる。
旧三春藩の総鎮守であった大元帥明王が明治四年の廃藩置県の際に無格社となり、一方三春町の一地域の信仰であった神明社が明治三十三年に県社に列せられた。

明治十二年(1879)
社名を田村大元神社と改称。

明治三十二年(1899)
本殿拝殿を建立。

昭和三年(1928)7月18日、
郷社に列せられる。銅板屋根にする。

昭和十六年(1941)
銅製松喰鶴鏡、国指定重要美術品に認定される。

昭和二十年(1945)
太平洋戦争終結・GHQ、神道指令を出す。

昭和三十六年
阿吽仁王像が氏子によって真照寺からこの随神門に戻された。








春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 04:35 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩総鎮守 大元帥明王(現・田村大元神社) |