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三春盆踊り考 DANCING WITH THE MOONLIGHT!




三春盆踊り考 DANCING WITH THE MOONLIGHT!

江戸時代までは旧暦7月15日がお盆の中心でした。この日は必ず満月で、街灯のない時代、祖先の魂が迷わずに家に戻れるように、真夏の明るい夜をお盆の中心に決めたようです。

もともと伝統ある盆踊りの多くは、戦国時代に戦死者の霊を祭るために始まったところが多いようです。

しかし、社会が安定するにつれ、一向宗門徒や時衆による念仏踊りや風流踊りの影響を受けて、共同体の楽しいイベントのひとつになっていきます。そして、盆踊りが今のような庶民の楽しみになったのは、江戸時代。

魂に響く太鼓の音や、魂を引き込む番楽の動きと同様に、流れるように様々に変化する踊りは、観客の魂と一体となって、清らかな祈りを捧げているように見えました。


江戸期の、三春盆踊りには、江戸時代の飢饉の際、越後や北陸から田村地方に流れてきた避難農民によりもたらされたと考えるのが妥当だと思います。


 八幡町末、城下境の三春城下黒門外に「踊り場」という地名が残ります。

江戸期にあった大桂寺の門前にあたります。

ここは、城下と農村の境目の所謂「隈(くま)」地域に当たり、江戸期享保や天明に発生した飢饉により、領内からの避難民受け入れ施設を設けて”施粥(ほどこしかゆ)”を施していた場所とは隣接します。

その際に、飢えや病で亡くなった多数の死者を供養した場所の近くでそ、の霊を慰めるための踊りが盛んになったことは容易に想像がつきます。


もう一か所、城下では新町の「競り市場」での盆踊りが有名でしたが、明治から大正昭和の初めにかけて庚申坂新地遊郭(江戸は新町末化粧坂)があったことに由来します。

元々新町は、寺社仏閣も多く神仏に仕える方々や大店の商人、そして半農の足軽が混在して居住していた町内というところでもあり、城下の中でも身分制度が希薄で、自由な感覚のあった風土に根ざしているのかもしれません。


盆踊りの時節になると、遊女たちは郭主から浴衣を新調してもらい、この時だけは、郭の外に出て自らが楽しめた行楽の一つで、最大の営業の場でもあったかと思います。

踊り手もその御女郎につられて多数集まってきたと伝わっています。明治期以後、特に大正から昭和にかけての盆踊りは、男女の出会い的要素が多分に多く含まれていました。

時代的に、老若男女よも不合法な男女の出会いを求めて、太鼓や踊りをするためにも編み笠をかぶって顔を隠すこともあったように思われます。


顔を隠すことでその人の個性や日常性から離れ「依代としての人」として、日本固有の精霊信仰と、仏教の孟蘭盆会が習合してできた行事で、踊り手の多くは、浴衣を着て踊っていたようです。浴衣とは、本来「ハレ着(晴着)」とされています。

ハレ着のハレ(非日常)、そして「湯帷子(ゆかたびら)」に由来し、神様にご奉仕の際や、物忌みをする者が、沐浴の後で着る物という意味があったそうです。


三春の盆踊りでも、古の写真を見るとみんな手拭いで“ほっかぶり“をして踊っているのが確認できますが、この手拭は“身を改める”という意味合いあったようです。

また、ほっかぶりをする手拭の効果は、各所で見られるように深い編笠などと同じように、盆踊りの「仮装性」を表すものだとも考えられており、顔を隠して誰かわからなくすることにより盆にこの世に戻った祖霊・精霊が現世の人と一緒に踊っているということを示しています。

もちろん、顔を隠すことで、誰かれ気がねなく思いっきり踊れるという解放効果もあったことでしょう。

現在の三春盆踊りは、参加も服装もまったく自由ですから、普段着のままで気にせず踊って結構ですが、手拭一本あっただけでいつもの自分とは違う自分になって盆踊りモードに突入するも一興です。


三春盆踊りのメイン会場となる大町お祭り広場では、月明りと提灯、そして世界的な照明デザイナー石井幹子(いしい もとこ)氏のデザインされた街路灯が配され趣ある雰囲気を醸し出していますが、伊藤寛(故人)元町長から「浴衣を着た女性(口紅)をよりいっそう美しくみせる仕掛けがあるんですよ」と伺った事がありました。


昨今の若い女性は、メイクや髪形もばっちり決めて、浴衣を着てお洒落をしている素敵な方が多く見かけられますが、上記の通りで手ぬぐいをかぶって顔を覆う女性はだんだん少なくなっている訳ですね。


蒼龍謹白 拝 さすけねぇぞい三春!


| ryuichi | 03:50 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::地域貢献 学校支援 |
三春小学校3年生の児童から、お礼の手紙が届きました。




先に学校に伺って「三春にお和菓子屋について」ということでお話をさせていただきました。

その三春小学校3年生の児童から、お礼の手紙が届きました。


このお便りが読みたくて学校の支援をしているのかもしれません~



児童の皆さんの手紙を読みながら、どのように伝わったか?

そして、皆さんの反応は?などいろいろ推測しながら読み返しています。






どの子供さんも真剣に聞いてくれていましたが、その思いが文面に表れていまして安堵した次第です。


自分たちがそうであったように、成長過程の中の時期、“人として人生を生きる上で必要な事柄”を学校の内外に於いて、町の人、先人からどれだけ教えてもらったことかわかりません。

私たち三春城下に住む者、地域に住んでいる者が、三春の先輩である先人から学んで受け継いできたものを、未来を担う次世代にどう伝えていくかということを常に考えています。


この様な小学生の学習場で、親とも違う大人と出会い、職業の話や三春の歴史に関する話や思いを聞くことによって、少しでも三春町を誇りに思う気持ちや町の人に対する尊敬の念を持ってもらえることが理想です。


そしてそれが私たちに様々な事柄を教示してくれた先輩方々への恩返しだと思っています。






少しでも自分に誇りをもって成長て、将来に向かって大きく羽ばたいていってくれればいいなあと考えています。


「三春で学んだことを誇れる教育」




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 03:37 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::地域貢献 学校支援 |
三春小学校 第3学年 総合的な学習の時間「三春町の達人に話を聞こう」 2025.9.4





2025.9.4三春小学校 第3学年 総合的な学習の時間「三春町の良さをみつけよう」 



「三春の達人」外部講師としてお招きを受けまして「三春城下の和菓子屋、おたりまんじゅう」の話をしてきました。







和菓子屋の仕事、三春で商いをする意義、そして、利点・・・・








事前に子供たちからは様々な質問が寄せられていました。


普段の教室とは違いプレイルームで、2組合同の授業にも関わらず、落ち着いた姿勢で真剣に話を聞いてくれました。


質問や感想なども適切に発言されており、御爺さん世代となる私などは頼もしく思えました。


先生はもとより、親御さんの教育の賜物ですね。



三春町で学んだことが誇れる教育!


このフレーズを垣間見た心持です。


かつて私たちが子供の頃に地域の方々に教わったように、今の子供たちの役に立てればという思いと恩返しで講師を務めています。



がんばれ三春健児!



吾が母校、三春小学校様へ「塵壺」を寄贈しました。


三春小学校学校運営協議会長を務めていたころの記載もあります。



「塵壺~春陽郷三春思ひ附阿津免草~」を出版した目的には、未来を担う子供たちへの提言もあります。

本書の郷土の歴史という内容もさることながら、本の出版という遠い存在のような感じもしますが、見たことのあるの身近な饅頭屋のおやじが本を出したということで、本そのものや出版というものを身近に感じて、生き方の選択肢のひとつに加えてもらえれば幸いです。

三春城下を故郷にする今を生きるものが、先輩から学んで受け継いできたものを、未来を担う次世代にどう伝えていくかということを常に考えて、様々な角度から実践していくことが、様々な事柄を教示していただいた先輩方々への恩に報いる方策だと思っています。 




子供たちにお話す機会の度に、その純真で間直ぐな姿勢に「裸の王様」の逸話を思い出して、己の戒めとして気を引き締めています。

そして先の寓話の戒めの真髄である「やましき沈黙」を、肝に銘じてきました。

これは、私自身の失敗から学んだ反省の意味も込めて、最も嫌悪し忌み嫌っていることです。

 間違っていると一人一人は心の中で思っていても,組織がその方向に進むと口に出すことはできず、組織の空気に飲み込まれて,自分の意志ではない方向に流されていく。これが「やましき沈黙」です。

私は周りに流されるのが嫌いです。

やましき沈黙に陥る要因の一つに周囲の顔色を気にしすぎがあります。

みんな、子どものころから人の顔色をうかがい過ぎなんです。

親や先生、長じて上司などの期待に応えようとして、自分の意志を貫くことに慣れてない。

私は、いくら周囲から嫌われても、結果が出るまで戦い続けるしかないと思っています。


後悔はしたくはないので、私は使命として大局を見極めた上で言わなければならない事を言い続けています。

今でも私は周りから嫌われていると思いますよ。でも、それは誇りとして胸を張って良い勲章の一つだと思っています。

受け売りですがね・・・・♩





ご縁があって、霞が関の文部科学省講堂にてコミニティースクールの研修でパネラーとして登壇し、三春小学校学校運営協議会の取り組みを紹介するという貴重な経験をさせていただきました。






文部科学省では異彩された平成23年度 学校運営協議会委員・学校関係者評価委員研究協議会に三春小学校学校運営協議会会長としてパレリスト登壇した模様です。

7分55秒から発言が記録されています。




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍


| ryuichi | 03:43 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::地域貢献 学校支援 |
総合学習の時間「町中探検」の授業で三春小学校2年生の児童にご来店いただきました。




可愛らしいお客様のご来店!


寒い中、総合学習の時間「町中探検」の授業で三春小学校2年生の児童にご来店いただきました。


三春の将来を担っていく三春健児です。


長い歴史のなかで様々な変化してきた激動の時代を乗り越えてきた三春。

この三春を発展させてきた原動力というのは、どの時代も私たち民衆の強い意志と行動であったことを”歴史”や”仕事”、そして”祭礼などの地域活動等々の中に在るんだろうと思っています。






この様々な成長の場を提供していくのも、私たちがこどもの頃に先人に学んだことへの恩返しになるんだろうと考えています。


さらには、こうした学びの世代交代・繰り返しが、地域の文化を作って行くんだろうという考えの下、私たち三春昭進堂は、そんな願いを込めて活動を進めています。


三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍


| ryuichi | 03:38 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::地域貢献 学校支援 |
三春町立中郷小学校  職業講話   2024.9.5  三春昭進堂店主  髙橋龍一




 三春町立中郷小学校 職業講話  2024.9.5 


三春町立中郷小学校第6学年の職業講話に三春の商人・和菓子屋として講師依頼があり、三春で商売をすることを話してきました。







・職業に就いたきっかけ

4代にわたっての家業 ひいおばあさんより 髙橋家 込木柳作 本家

商売の仕組み 材料を仕入れて 加工して、販売する セブンイレブン 仕入れ

和洋菓子屋・四季に応じて商品を変える 季節の先取り


・職業に就くための方法 (学校、資格、試験等)

製菓衛生師 調理師 現厚生労働省

食品衛生指導員・管理師 食品衛生法による営業許可  保健所

製菓・専門学校 コース料理のデザート

 商いの基本 情報(世の中の経済、マーケティング、マネジメント) アンテナ



・やりがい

お客さんに喜んでもらえる 三春での商い 

テレビ・新聞、雑誌など「春」 世界中から注目を浴びる 最高の営業マン 滝桜


・仕事とは、生きてる時間。

「近江商人の教」“三方良し”仕事お客さんに良、会社に良、そして地域に貢献する。

なんのために生きてんのかと言ったら、やっぱり楽しみたい。遊びたい。

しんどい仕事があっても、楽しいことあるなあと思うたら、頑張れます。

しんどいことばっかりやったらなんも意味ない。頑張りすぎないことも大事!

そら、しんどいこともありますよ。でも、そこをどう乗り越えるか。

なんべんやってもダメと思うたり、悔しいな、まだまだだなと思うたりもするけど、それがあるから続けられる。










・苦労 など   神社 お寺 お参り 感謝 責任

季節(春の花見・クリスマス)や歳時(お彼岸や月見)などの時節には早朝より

身体は疲れますが、儲かれば嬉しい・楽しい  売り上げが一番の栄養ドリンク

60になってもワクワクして朝目覚める

人生は長いよ、何回でもやり直しや修正が効く。

しかし、芯がブレちゃダメ、人間なんて、どっかでちゃんと 帳尻が合うようになってる。

10代は10代の青さとか未完成な部分がある。そこを恥ずかしがったり隠したがったり、うまくごまかしたりしてきた人は、あとで絶対しっぺ返しが来ます。

今の勉強とはその基礎作り。

大人って案外楽しいヨ!責任とのバランス。楽しいことがしたいなら楽をしてはダメ!禅の教え“照顧却下” しっかりと地に足をつけて勉強してください。

 とにかく 人生を楽しんで生きてください   





頑張れ三春・中郷健児!  




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂


| ryuichi | 03:28 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::地域貢献 学校支援 |
 令和 6 年 6 月 28 日 「福島県小学校長会会報」 第 259 号 (ふくしま人この道に生きる)





福島県校長会の発行機関紙

田村市校長会事務局様より取材がありました。



 令和 6 年 6 月 28 日 「福島県小学校長会会報」 第 259 号

1◦教育ニュース 令和6年度 県小・中学校長会合同開会式挨拶


2◦特集「福島に誇りをもち 多様な他者と協働しながら 持続可能な社会を創る子どもの育成」 3~6

◦支会だより 7~10

◦ふくしま人この道に生きる 11

◦表彰,役員・事務局員名簿 12


窓口には当家次男坊の恩師である田村市美山小学校校長です。


私が三春小学校学校運営協議会の委員長当時、協議会の運営や研修等でお世話になったかたです。










「前向きなうぬぼれ」 自他を大切にする

三春町 三春昭進堂代表 髙橋龍一 さん

三春町出身であり、同町にて和菓子店を経営する高橋龍一さんにお話を伺いました。明治時代より続く店を現代に至るまで守り、三春町を代表する和菓子店にまで繁栄させました。

田村、三春町をこよなく愛し、商いを通して人と関わり、地域の活性に日々尽力なさっています。
また、城下町三春町に係る歴史探訪を趣味と称する一面ももっていらっしゃいます。
和菓子店「三春昭進堂」の看板品は「おたりまんじゅう」。こだわり抜いた厳選小豆を丹念に煮込んでつくった餡を、地元三春の醤油と味噌を使った薄皮に包み込み仕上げる。

素朴な見た目とは裏腹に、ついついまた手に取り口に運んでしまう逸品です。これまでの経緯や思いについて伺いました。

一現在に至るまでの経緯をお聞かせください

高校を卒業後、湘南茅ケ崎で洋菓子、そして、バブル真っ盛り時期に郡山で和菓子と結婚式関連の営業職などを通じて師匠から商人道を学びました。

三春に戻ってからは町消防団や神社祭礼や三春盆踊り団体、商工会経営塾など各種団体に加盟して防災や防犯、祭礼、そして、街づくり等々に携り、それらの経験を生かして三春小学校学校運営協議会、同会会長も務めました。

現在観光協会副会長や福島県菓子組合理事などを務めています。




―信条としていることや活動の原動力を教えてください

三春は「春陽ノ郷」「東北の鎌倉」などと呼ばれる小さな城下町です。

三春滝桜のお陰で毎年、春先にはテレビ雑誌等のメディアの方々からの当店へ問い合わせや取材依頼が多数寄せられ、桜開花の時節になると全国、近年では世界中から脚光を浴びるようになっています。

当店のような地方の小さな饅頭屋の知名度を全国区にするのは途方もないお金と労力がかかります。

しかし、「三春滝桜」という最高の広告塔の力をお借りして「三春」をメインに宣伝すれば「三春の饅頭屋」として全国区に成り得るのではないかと考えて「三春の宣伝が9割、饅頭が1割」の情報発信を続けています。

例えば、三春昭進堂でもHP、そして平成3年より毎月発行の新聞折り込みチラシ「塵壺」(旧三春藩領内1万5千部発行)内に記載の三春の歴史関連や日常の事柄をつづったコラムなどを通じて三春の魅力を紹介しています。

最近は地方局の“三春町ふるさとリポータ”として時々テレビに出演して三春の名所や歴史、名店などを紹介しています。

また、これらに付随して“三春”をテーマに、町内の小中学校や経済団体、そして、高齢者学級などから講話依頼を受けて毎月のようにどこかでお話をしています。

これらの活動の経緯や商売柄もあって、三春滝桜や三春の歴史や寺社仏閣の恩恵を一番受けていると思っていますので、感謝と御礼の意も込めて片道4キロの滝桜までの道をウォーキングしながらごみ拾い、そして、当店が藩主祈願所真照寺の門前ということもありその参道石段を掃除しています。









―福島の子供たちへ伝えたいこと

表題の「前向きな己惚れ」矢沢永吉さんの言葉で、私の座右の銘としています。

「うぬぼれと言うといやらしく聞こえるけど、考え方一つ変えていい取り方すれば、うぬぼれ屋ほど自分の主張を大切にしているんですよ。
前向きなうぬぼれなら、いくらうぬぼれてもかまわないんです。
それは言い換えれば自信だから。自信ということは何かといえば責任なんですよ」

人生、立ち止まることも、涙することも、つまずいて、落ち込んで、自分自身がいやになってしまうこともあります。

しかし、みっともなくても、這いずり回ってでも“前を向いて生きていく“というそれ自体に意味があるんだということを伝えていきたいと思います。





三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍


| ryuichi | 03:38 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::地域貢献 学校支援 |
三春を旅するあなたに 2024


三春を旅するあなたに 2024

春・・・・

心のふるさとを求めて、旅に出たくなる・・・


春に梅、桃、桜の花が一時に開花し、それが地名の由来となったとされる「三春」の町は、その土地柄に、そしてその人情に、幼い頃に感じた母親のぬくもりにも似た、きっと温かな旅情を抱かせてくれるはずです。







すでにこの町をお歩きになった方なら、お気づきのことでしょうが、小高くうねる阿武隈の隆起準平原の谷間に沿った街並みは、そのここかしこに寺社の伽藍を抱き、蔵や武家屋敷のたたずまいとともに、歴史を秘めた古い城下町であることを偲ばせてくれます。








花を愛でる方には、ここは「「花の町」。

日本三大桜 の一つとされる紅しだれ桜の巨木「三春滝桜」の薄紅色の艶姿には誰もが驚嘆されることでしょうし、時同じ頃、真照寺境内に咲く可憐な水芭蕉は趣深い情緒を感じさせてくれるはずです。


紅しだれ桜が町の木なら、町の花にはさつきの名花である「三春松波」が、そして町の鳥には春告げ鳥とされる「うぐいす」が制定されています。






三春は古い城下町だけに、歴史的な文化財も多く、なかでも仏像や寺社仏閣の建造物など室町期から文化文政の頃に開花した仏教文化の数々。

戦国時代の画僧「雪村」の作品や三春駒、三春張子人形など、町人、農民による文化の遺産が、有形、無形問わず数多く遺されています。






また、ここは近世の自由民権運動発祥 の地となった町で、「三春町歴史民俗資科館」内に設けられている「自由民権記念館」には、その指導者、河野広中らの著作や書簡など資料が数多く集められており、新しい日本を目指して決起した旧三春藩の若者たちの熱い息吹きをとくと感じられることでしょう。

現代では、旅行も目的対応型の時代だとか、そのスタイルも人それぞれ異なります。





寺社を巡ってみたいという人、三春張子との出会の旅だという人、三春で何かおいしいものをという人、それに、ただばんやりと城山あたりで“お昼寝でも”という人もどうぞ、この心に残る三春の旅をお楽しみください





開店を 午前9時予定 (当日の注文製造工程により変更有)

閉店は 午後6時予定 予約の状況に依ります。









山内蒼龍櫻も開花しました。







そして、水芭蕉も見頃を迎えています。






坐禅草はまだ見当たりません・・・








当店前では桜が満開です!











三春城VR/三春城下ARのスタンプラリーも始まっています!







三春城下散策に持って来いの季節の到来です!








春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 03:31 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::地域貢献 学校支援 |