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大雲山 龍安寺  臨済宗妙心寺派




大雲山 龍安寺  臨済宗妙心寺派

龍安寺(りょうあんじ)は、984年(永観元年)に創建され、四円寺(円教寺・円乗寺・円宗寺)に数えられた第64代・円融天皇の御願寺・円融寺があった場所で、その後左大臣・藤原実能(ふじわらのさねよし)が山荘を営み、徳大寺を創建した場所となります。

龍安寺は1450年(宝徳2年)に室町幕府管領・細川勝元(ほそかわかつもと)が権大納言・徳大寺公有(とくだいじきんあり)から山荘を譲り受け、妙心寺5世・義天玄詔(ぎてんげんしょう)を開山、玄詔の師である妙心寺4世・日峰宗舜(にっぽうそうしゅん)を勧請開山として創建しました。






しかし勝元が東軍総大将になった応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失し、1488年(長享2年)に勝元の子・細川政元(ほそかわまさもと)が中興の祖・特芳禅傑(とくほうぜんけつ)とともに再興し、方丈が再建・石庭が作庭されたと言われています。

尚、龍安寺には勝元夫妻と政元の墓が残されています。

石庭として有名な方丈庭園(史跡・特別名勝)は三方を築地塀に囲まれた枯山水の平庭で、「虎の児渡しの庭」とも呼ばれています。

方丈の東庭には龍安寺垣があり、その横に秀吉が賞賛したと伝わる侘助椿があります。

また、その東庭を隔てた東北隅にあるのが茶室「蔵六庵」で。







三春藩には、室町幕府の管領を務めた細川氏の嫡流である「細川京兆家(けいちょうけ)」を通じて深い歴史的繋がりがあります。



龍安寺の創建: 1450年、室町幕府の有力守護大名であった細川勝元(京兆家)によって創建されました。細川家の菩提寺であり、勝元やその子・政元の墓所もここにあります。

細川京兆家の没落と移転: 戦国時代、細川氏の嫡流である京兆家は勢力を失いました。

織田信長に仕えた昭元の代を経て、その子・細川元勝は大坂の陣で豊臣方に加わりましたが、落城後に親族である秋田実季(三春藩初代藩主・秋田俊季の父)を頼り、秋田家が当時治めていた常陸国(茨城県)宍戸へ身を寄せました。

三春藩での地位: 1645年に秋田家が三春(福島県)に転封されると、細川京兆家も三春へ移りました。元勝の子・義元の代から、細川家は三春藩の客分家老(上席別格年寄)として代々仕え、幕末まで続きました。






龍安寺は、三春藩細川家の先祖である細川勝元が建てた一族の象徴的な寺院です。

三春藩の細川家は、かつての管領家の正統な末裔(京兆家)であり、かつて京都で龍安寺を創建した一族そのものです。

三春における細川家の墓所は、三春藩主の菩提寺である高乾院にあります





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| ryuichi | 03:53 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春藩始末記 秋田氏五万石雑記 |