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戦国の世を生きて ~独眼竜政宗公正室 愛姫様の生涯~ 漫画版 小林克己著




戦国の世を生きて ~独眼竜政宗公正室 愛姫様の生涯~ 漫画版 小林克己著


歴史監修の伊藤さんより謹呈いただきました。

この漫画版は原作のガイドブック的感じに仕上がっています。

若い方にも入りやすくということで漫画版の製作となったということです。

なお、紙ベースでの販売は僅少となり、基本はkindle版での発売となり、電子版の案内はこの後になるとということです。





伊藤さんの愛姫の生涯(あらすじ)が添付されていました。

ありがとうございます。




愛姫の生涯(あらすじ)

伊達政宗は今も大変な人気があるようです。けれども、その正室・愛(めご)姫の生涯を知る人は多くはないでしょう。

愛姫は永禄11(西暦 1568)年、今は城山公園になっている三春のお城で生まれました。

父の名は田村清頭と云い、その一人娘でした。「めご」はこの地の方言「めんごい」に由来し、可愛いと愛しいの意を併せ持っています。

天正7(1579)年愛姫は数えで12歳のとき、米沢に住む伊達政宗のもと~嫁ぎます。父の清頭は婿を迎えて継ぎとすることも考えたことでしょう。

結果的には、愛姫を伊達家に嫁がせてその庇護を受けることを選択したのです。愛姫の第二子以後の男子を田村家の後嗣とすることは、伊達家と約束を交わし、愛姫も承知していたことでしょう。

この戦国時代、四周を敵に囲まれた清頭には危急の決断だったに違いありません。

政宗は天正12(1584)年18歳で家督を相続しました。一方、愛姫に願いを託した父の清頭は、天正14(1586)年、戦乱の渦中に突然亡くなってしまいます。

天正18(1590)年、政宗は北条攻めの小田原に参陣して豊臣秀吉との調見を果たします。けれども三春の領地は秀吉の没収するところとなり、愛姫の田村家も終には改易となってしまいます。

その年、愛姫は豊臣家の人質として上洛します。その楽屋敷に入った愛姫は、文禄3(1594)年には長女の五郎八(いろは)姫を産みます。

五郎ハと名付けたのは嗣子の誕生を前もって祝ってのこと、と伊達家の正史「治家記録」は政宗の想いを載せています。

愛姫が政宗の嫡男となる忠宗を授かったのは慶長4(1599)年、大坂城下にあった伊達家の屋形においてでした。

徳川の治世となった慶長8(1603)年には、愛姫母子もまた人質として江戸へ移ります。

その年愛姫は政宗の五男となる卵松丸(宗綱)を儲けます。

同じく政宗の八男になる竹松丸を挙げたのは慶長14(1609)年、愛姫 42歳の年でした。

しかし、この竹松丸は7歳で天折し、宗綱も16歳で亡くなり、田村家の後嗣を得ることは適いませんでした。

愛姫の宿願が叶うのは承応2(1653)年になってからでした。

愛姫は田村家の後のことを忠宗に託し、その86年の生涯を閉じます。

やがて、忠宗の三男が田村宗良と名告り田村家の再興が成ります。

その後、宗良の次男・宗永(改名して建頭)が延宝9(1681)年に一関藩三万石を幕府より拝領します。

寛永13(1636)年の政宗没後も、愛姫の威光はその時々の幕閣にも伝えられて行ったのです。


伊藤



| ryuichi | 03:38 | comments (x) | trackback (x) | 🌸戦国大名 三春田村氏 |