2026-05-14 Thu
令和8年 大相撲五月場所「夏場所」両国国技館 観戦ツアー!
昨年同様、金弥大先輩のエスコートで両国国技館 大相撲夏場所に行って来ました。
今回は、火曜日に日程を合わせていただき、女房もつれての観戦です。
相撲、浅草、両国 大江戸博物館など等々、金弥先生の引率のお陰で、中身の濃い、そして本当に楽しい大人の修学旅行を満喫することが出来ました。
金弥さんならではの手配と気配りに、ツアーもそうですが、そのお人柄に溢れた本当に楽しい大相撲観戦でした。
女房も大変喜んでおり、次回を期待しているところです!
若いころは大相撲にそれほど興味はありませんでしたが、当店のマスコットボーイの悠大君が力士の豪栄道に似ているということが切っ掛けで、少しずつテレビ観戦をするようになったのでした。
それ以来、今ではこれがハマってしまい、大好きなボクシング以上にテレビに向かって声援を送るようになり、ラジオでも聞くような大相撲の大ファンになってしまい、「いつかは国技館での観戦を!」と願っていたのでした。
大江戸博物館
ちゃんこも食べて、若元春、ようやく初日が出ました!
若隆景、3連勝!
満員御礼!
常連のマダムに、チケットの取り方を伝授していただきました。
一回大相撲観戦、しかも本場所の両国で観戦しますと、日常のテレビ観戦やラジオでの放送が一味も二味も違ってくるのが不思議です。
春、そして端午の節句明けの私たち夫婦へのご褒美でした。
ありがとうございました。
三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍
尚、両国界隈には見どころがたくさんあります。
赤穂浪士の討ち入り忠臣蔵で有名な、本所松坂町の吉良邸跡 (墨田区両国本所松坂町公園)もその一つです。
両国国技館から歩いて10分くらいのところにあります。
この吉良上野介義央の屋敷は、テレビや映画でもご存じのようにとても広大で、坪数2,550坪(約8,400㎡)と記録されています。
吉良上野介が、幕臣松平登之助(一説では旗本退屈男のモデルとして有名な松平近藤登之介)の屋敷跡を拝領したのが元禄14年(1701)9月3日、義士の討入りがあって没収されたのが同16年(1703)2月4日ですから、実際に住んだのは1年半に満たない短期間でした。
吉良上野介の屋敷は、はじめ鍛冶橋の屋敷を拝領していましたが、刃傷事件のあと、赤穂浪士が吉良屋敷に討入るという噂があり、周囲の大名屋敷から苦情が幕閣へ提出されたと伝わっていますが、芝居のストーリーとの兼ね合いで定かではありません。
しかし、元禄十四年八月御用地として鍛冶橋屋敷を幕府に召し上げられ、一時、実施である上杉弾正大弼の米座は藩江戸屋敷に身を寄せ、その後、同年九月、ここ本所松坂町の松平登之助の屋敷を拝領し移り住みました。
説明文を観ますと、本所松坂町公園は昭和9年に地元両国三丁目町会有志が発起人となって邸内の「吉良の首洗いの井戸」を中心に土地を購入、同年3月の東京都に寄付されました。
| ryuichi | 04:25 | comments (x) | trackback (x) | 🌸物見遊山諸国見聞録::エンターテイメント |
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