2026-07-11 Sat
年に数回、群馬からご夫婦でご来店される客様から、毎回群馬県の資料をいただいています。
いつもありがとうございます。
今回は女将の好きな古墳派には関連から、2027年NHK大河ドラマ「逆族の幕臣」の主人公小栗上野介忠順関連の資料もいただきました。
そしてメモ書きが一つ・・・・
ご自身の菩提寺が、三春にゆかりのある方と関係しているというものでした。
早速、そのメモを頼りに調べてみますと、三春第3代藩主秋田輝季公の娘、勝姫(養真院、幼名大姫)が、上野前橋藩の第8代藩主酒井雅楽頭親本(さかいうたのかみちかもと)公の正室として嫁いでいました。
その菩提寺が、今の群馬県前橋市にある満珠山是字寺龍海院です。
満珠山是字寺龍海院の沿革を観ますと、岡崎城主だった松平清康公(徳川家康公の祖父)は、「是」の字を左手に握った夢を見ます。
翌朝、清康公は、竜渓院住職の模外惟俊大和尚にその意味を尋ねると、「この字は日下人に分けられ、これを握るということは、戦国の分裂の世が統一される吉兆。君公により実現しなくとも、孫の代までに実現する」との答えでした。
これを喜んだ清康公は、享禄三(1530)年、岡崎城下に模外禅師を開山とする満珠山是字寺龍海院を建立。岡崎城下には松平氏(後の徳川氏)には大樹寺という菩提寺があったため、家老の酒井正親公に外護を命じ、以降は酒井氏の菩提寺になりました。
徳川家康公の江戸入城に伴って、酒井正親公の子重忠公は武州川越藩主に任命。
菩提寺の龍海院も川越に移り、さらに慶長六(1601)年の前橋転封によって龍海院も前橋に移転しました。
さらに、寛延二(1749)年、九代忠恭公の時の姫路転封。龍海院は前橋に留まり、その後も龍海院は酒井氏の菩提寺であり続け、文政年間にも大規模な伽藍の再興整備が行われて現在に至っています。
当初、前橋で寺が建設されたのは岩神村でしたが、火災のため、現在地の柿ノ宮村(現紅町)に移転。元禄八(1695)年、五代藩主酒井忠挙公によって行われた大規模な造営で、御霊屋、本堂、御衛堂、書院、衆寮、庫裏、方丈が整備されました。
前橋に行った際は、龍海院さまへお参りしたいと思います。
輝季公の晩年、三春藩お家騒動の発端となる、長男の就季公の早世と重臣の荒木高村(藩祖・秋田実季の外孫)に政治の実権を奪われ、正徳5年(1715年)12月7日には高村の長男・頼季公(三春藩四代藩主)に家督を譲って隠居。享保5年(1720年)9月19日、享年72で死去します。
三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍
| ryuichi | 03:13 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春藩始末記 秋田氏五万石雑記 |
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