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本日火曜日は定休日となっています。




本日の火曜日は定休日となっております


又のご来店をお待ちしています。







梅雨の晴れ間に感謝して山内清掃








田村大元神社 社務所の奥に枯れ木の倒木がありました。


掃除の最中でしたが、幸いにも落葉や笹竹を捨てに行った後でしたので、何事もなく無事でした。

しかし、轟音とともに高い位置より巨木が倒れてきたので、一緒クマが現れたかと思って、空手のヒラキ構え猫足立の構えで身構えていました。





熊は鼻が弱点と勝手に思っているもので・・・・ 「戦う前に逃げなさい!」と家族やスタッフに笑われました~







他にも枯れ木が見られますの。


危険ですので、社務所の奥へは近寄らないでください。






三春城下御菓子三春昭進堂

| ryuichi | 04:04 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
三春城下御菓子三春昭進堂「御菓印」



三春城下御菓子三春昭進堂「御菓印」


三春昭進堂の「御菓印」を配布しています。

「三春昭進堂御菓印」
店頭にて3,000円(税込)のお買い上げで、ご希望のお客様に「御菓印」を1枚お渡しいたします。

「御菓印」のみをご希望の場合は、1枚300円(税込)にてお求めいただけます。

御菓印(ごかいん)とは、菓子店の御朱印です。

三春城下の寺社仏閣御朱印、三春城御城印、そして「三春昭進堂御菓印」を通じて、三春をより身近に感じて頂ければ幸いでございます


各和菓子店それぞれが趣向を凝らして作っていますので、個性あふれる御菓印を集めながら日本の銘菓を訪ねる旅はいかがでしょう。





御菓印のデザインは季節や在庫状況により画像とは異なる場合がございます。









三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 03:32 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯::季節のお菓子  |
当店の三春駒「梅太郎」が、舞台デビューしました。




当店の三春駒「梅太郎」が、舞台デビューしました。


先のまほらで行われた、バリ島の奉納舞踊劇『チャロナラン』 に特別出演でした♪

インドネシア・バリ島では寺院祭礼の際に演じられる舞踊劇「チャロナラン」です。





軽トラで、現場に臨場する姿は勇ましく、こちらも晴れやかな気分です♪


がんばって来いよ!



三春城下御菓子三春昭進堂


| ryuichi | 03:44 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
三春城下新町鎮守 田村大元神社夏季祭礼に準備が進んでいます。




三春城下新町鎮守 田村大元神社夏季祭礼に準備が進んでいます。

6月に入ると祭事委員会をへて夏祭りの準備が始まります。


夏季祭礼篤志寄附集め


境内掃除 祭礼旗立て・・・

 神社総代さんたちによる注連縄造り!


毎年、祭礼前のこの時期田村に大元神社の石造鳥居に掲げる注連縄を総代さんたちが手作りで造って奉納しています。






鳥居、本殿、拝殿、末社熊野宮・八幡宮、そして、仁王門、手水社、さらに・・・社務所


之だけの数を皆さんで仕上げています。






7月に入って、長獅子や三匹獅子の練習~



梅雨から真夏の風物詩となります。



三春城下御菓子三春昭進堂


| ryuichi | 03:02 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
三春昭進堂の定番 つぶあんの「ふぶきまんじゅう」




三春昭進堂の定番「おたりまんじゅう」の姉妹品、つぶあんの「ふぶきまんじゅう」


創業当初からの人気商品です。


小豆の風味豊かなつぶあんをたっぷり、国産小麦粉を使った薄い生地で包んだ三春の名物です。

もっちりとしたふくよかな形と透けて見えるあんが食欲をそそります。






あんがぎっしりですが、あっさりしていて幸せな味と満足感があります!

甘さも程よく、毎日のお茶菓子にぴったりです。

温かなものが好きな方は、軽く蒸していただくのもオススメです。






つぶあんとは、小豆をつぶさないように炊いた小豆(あずき)のあんこです。

小豆の皮は炊いているうちに破れやすく、熟練の技をもつ職人の手により炊き上げられたつぶあんは、皮に一切の破れもなく、美しい粒が整っています。

外皮がはいり、小豆本来の素朴な風味と、北海道産小豆の味をしっかりと楽しむことができます。



姉妹品と書くと「戦艦大和」と「戦艦武蔵」を思い出してしまいます。

あ、「航空母艦信濃」もありました・・・・



こしあん派?つぶあん派? 御一緒にどうぞ!




三春城下御菓子三春昭進堂


| ryuichi | 03:30 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
三春水まんじゅう 「逃水(にげみず)」 





三春水まんじゅう 「逃水(にげみず)」 



三春昭進堂の夏の定番水まんじゅうの「逃水」の販売を始めました。







「塩レモン」も好評に付き定番として販売いたします。



レモンの酸味に塩味でアクセントをつけました。






そして、抹茶小豆

女将が煉った抹茶を生地加えました。

中餡は小豆をよりいっそう感じられる当店特製つぶし餡です。












「逃げ水」というネーミングは、ご存知の方も多いかと思いますが、子母澤寛の小説「逃げ水」から頂きました。


幕末の徳川幕臣で、大政奉還後、徳川幕府十五代将軍徳川慶喜の護衛の任務を最後まで遂行した奥詰、髙橋伊勢守謙三郎泥舟を描いた小説です。









冷凍販売でご案内しています。

これからの時期ですと、お買い上げから約30分~1時間位で食べごろになります。

そのまま冷凍保存もオッケーです!









日持ちは冷蔵庫で2日間位ですので、宜しくお願いいたします。




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 03:27 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯::季節のお菓子  |
小布施訪問と野沢温泉外湯めぐり 温泉三昧!




所用があり、北陸まで行きましたので、折角ですから野沢温泉で外湯めぐりをしようかと、足を延ばしました。


途中、最寄りのインター近くの道の駅で「小布施町」のパンフレットを見かけまして、店員さんに所要時間を聞きますと隣町なので15分も掛からないんじゃないかということでまずは小布施の栗菓子屋「小布施堂」さんへ・・・






ここは約40年前に三春経営塾4班で視察研修に行った場所です。






街並み修景事業にて、北斎館の建設や小布施堂や信用金庫などの街並みを形成する修景事業の手本となった場所でした。





北斎館一帯の町並み修景が行われたのが、1982(昭和57)年。

地権者である小布施堂、信用金庫、高井鴻山の隠宅を持つ行政、そこに住む個人が共同し、「群居の姿勢」で創り上げたました。








北斎館開館を契機とした修景事業により、年間約120万人もの観光客が訪れる小布施町。



約40年前の「町並修景事業」開始時から、地域住民のまちづくりへの意識がかなり高く、画一的な都市開発の手法とは異なり、「小布施方式」といわれ全国的にも高い評価を受けるまちづくりを行ってきました。


そして、今、新たに動き出しているのが、人と車が共存できる道にしたいと町の基幹道路である国道403号の新しい道づくり。





小布施堂の界隈は、80年代に行われた「町並み修景事業」によって再構築されました。

味わい深く美しい町並みで、毎年多くの方が訪れます。






小布施堂の各店舗でのお買い物やお食事はもちろん、笹庭のベンチで休んだり、古い蔵や屋根瓦など眺めながらゆっくりと散策するのもおすすめです。







以前、研修の中でお話を伺った株式会社小布施堂代表取締役、北斎館理事長の市村次夫さんは、私たちへの講話でこう話されていました。

「人々の快適な暮らしが小布施の象徴的な空間をつくる」「町並み修景」というアイデアの根底には、主役はあくまでも住人であるという考え方です。






40年ぶりに伺って、「外はみんなのもの、内は自分のもの。暮らす人々にとっての日常が美しく幸せだからこそ魅力ある町が形成される」ということを再認識させられました。






とことん北斎にこだわった北斎館 


天保13年(1842)、北斎は83歳の頃に初めて信州小布施を訪れました。そのきっかけは、幕府による天保の改革によって江戸では絵の制作が制限されたとも、地元の豪農・豪商の高井鴻山(1806-1883)の招きに応じて訪れたとも、さまざまな説があります。

碧漪軒(へきいけん)
小布施では、鴻山の庇護を受け、アトリエというべき碧漪軒(へきいけん)を与えられました。二人の関係は「先生」「旦那様」と呼ぶほど親密なものでした。非常に恵まれた環境の中で、北斎は大作を残します。






    
嘉永2年(1849)、北斎は数え90歳。

この頃の北斎は、浅草聖天町(しょうでんちょう)、現・台東区浅草6丁目にある、遍照院(へんじょういん)という浅草寺の支院の境内にあった狭い借り長屋に住んでいました。

「天我をして十年の命を長ふせしめはといひ、暫くして更に謂て曰く、天我をして五年の命を保たしめは、真正の画工となるを得へし」 葛飾北斎


自分の死を迎えるに床で、北斎は悔しそうにこの言葉を残したと云います。


「あと10年、せめて5年長生きできたら、本当の画工になることが出来たのになぁ~」と・・・・


生涯現役の究極の境地ですね


北斎は、亡くなる3ヶ月半前まで、大作を手掛けていたと伝わっています。

しかし北斎はこれでも描き足りるということはなく、もっともっと絵を描きたいと思っていたことでしょう。


辞世の句は 「ひと魂で ゆく気散(きさん)じや 夏の原」 九十老人卍

絵師の道を追求し続けた北斎が、死んだ後は人魂[ひとだま]となって夏の草原をのびのびと飛んでゆこうと詠んでいます。

北斎のお墓は、誓教寺(東京都台東区元浅草4-6-9)にあります。







そして野沢温泉で温泉三昧!


外湯めぐりは13の湯屋があるそうです。


地域の管理組合が管理していて基本的には無料です。


御賽銭的な感覚で、50円から100円程度の寸志を賽銭箱に入れてはいります。
















それぞれ趣のある湯屋ですが、とにかく熱い!熊の手という湯以外はや大変です。


中にはやけどしそうなくらいのところもありますが、とにかく水をガンガン入れて、ぬるめて入ってくださいとのことです。



人を引き寄せる魅力あるまりとは何かということを再度認識させられました。



三春城下御菓子三春昭進堂

| ryuichi | 03:38 | comments (x) | trackback (x) | 🌸物見遊山諸国見聞録 |