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新日本プロレス  「NEW JAPAN CUP 2024 郡山大会」




新日本プロレス 

「NEW JAPAN CUP 2024 郡山大会」


2024年3月18日(月) 17:30開場 18:30開始

郡山・ビッグパレットふくしま








ポスターを若干ですが店頭で配布しています。

先着順です。




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:10 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
令和6年 「初不動尊祭礼」 三春城下 郡守山法蔵寺 「不動様講中」




令和6年 「初不動尊祭礼」 三春城下 郡守山法蔵寺 「不動様講中」


毎年2月28日に初不動尊祭礼を厳修しております。

家内安全、健康祈願、商売繁盛、学業成就、厄除招福などを祈願します。















御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍 


| ryuichi | 04:55 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
還暦祝い会の写真アルバム  三春昭進堂御用人会



先の三春昭進堂御用人会が開いてくれた私の還暦祝い会の写真アルバム、いまいずみ写場の今泉さんに届けていただきました。






今泉さんから「うれしいない、35年来のこのようなメンバーで還暦祝いを開いてもらえるなんて・・・幸せだない!」とのお言葉をいただきました。


本当にそう思います。



改めて御用人会の皆様には、想いでの写真をいただいたこと感謝いたします。



ありがとうございます。





銀座スイングでお馴染みの昭和4年生まれの北村英二さんがnhk に出演され「活動を長く続ける秘訣は?」と聞かれると「嫌な人と付き合わないこと」とにこりと笑い、スタジオを後にした。まさに“絵になる”ミュージシャンです。

この生き方には共感します。

また、吞み会やろうぜ!




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍 

| ryuichi | 04:28 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春昭進堂菓匠蒼龍 ::三春昭進堂髙橋 |
三春藩主秋田氏の祈願所 真照寺 別当古四王堂毘沙門天「初寅会」令和6年




三春藩主秋田氏の祈願所 真照寺 別当古四王堂毘沙門天「初寅会」令和6年


令和6年の初寅(旧暦の日程)は、2月21日でした。

この日は真照寺古四王堂の毘沙門様で初寅会。


古四王堂のご本尊の一つである毘沙門天は、招福と勝負、鬼門を守護する神様です。






毘沙門天は、四天王の一柱、多聞天の別名です。

日本では財宝や福徳を与える神様としてお奉りされ七福神の一神としてお奉りされているのは皆さんもご存知でしょう。


また、吉祥天の夫ともされ信仰を集めました。

特に、戦勝を祈願する神として武士階級の人々の信仰を集めたようです。






寅の日を縁日とし、一年で最初の寅の日である初寅には、毘沙門天より大福を授かろうと多くの参詣者らが訪れます。





上杉謙信の旗印「毘」の旗は、文字通り謙信が信仰していた毘沙門天の一文字をとったものです。

謙信は、自らを毘沙門天の生まれ変わりだと信じていました。


戦の神である毘沙門天を自分の前世だとするも、戦国時代の最強の武将と言われていましたので、毘沙門天と自分自身を重ね合わせて見ていたのかもしれません。






古四王堂

古四王堂は、鎌倉期から戦国末期にかけて「日ノ本将軍」「蝦夷探題」として青森から蝦夷にかけて覇を唱えた海将阿倍安東氏の直系三春藩主秋田氏が、三春国替えの際に祈願寺真照寺とともに建立したものです。






本拠地である青森十三湊時代は、出羽柵(後に秋田城)に近く、城の守りとして創建されたと見られる四天王寺と習合し、中世を通じて古四王大権現として崇敬されていました。
三春藩主秋田家の祖安東氏の寄進も受けている。





真照寺は、古四王別当(管理長官)です。







護摩焚き祈祷に続いて、梵天のお祓いです。






この梵天は参拝者や役員の方が持ち帰り、福徳のお下がりとして檀信徒祈願者の配布します。






直会は真照寺名物の初寅うどんのふるまいです。






三春町仏教和合会 精舎の会さんが設置した能登地震見舞い募金箱








当店も商売繁盛祈願です。








三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:17 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春藩主秋田家祈願所 真照寺::節分会・初寅会 |
本日、火曜日は定休日となっています。
本日火曜日は定休日となっています。


またのご来店をお待ちしています。






令和6年 「初寅祭典」 三春藩主秋田家祈願所 日乗山真照寺



本年の初寅の日 令和6年2月20日(火)


 午後1時より祭典 護摩 所願成就祈願


寅年、寅月、初寅の日での祭日となります。

“寅の日”は「毘沙門天(多門天)」の縁日。

この日が、今春節、初めての“寅の日”と云うことで、「初寅祭典」となります。


商売繁盛、厄払い、合格祈願、コロナ退散等々の所願成就の祈祷は、三千円、五千円、一万円などから受け付けています。
前日までに申し込みください。




初寅会御祈祷申し込み世話人となっている三春昭進堂でもお預かりいたします。


問い合わせ・申し込み 真照寺0247-62-2705





込木の馬頭観音白梅が開花しました🌸



さくらの郷三春、小さな城下町三春、春陽郷三春等々懸命に三春のイメージを語ってきました。

また、私たち三春城下に住む者にとってはお城山の提灯は春・花見の告知であり、初の風物詩・三春が一番輝く“春・桜花のころ”季節の風情そのものです。

さらには、春にぼんぼり提灯の明かりが灯っているお城山を仰ぎ見ることによって改めて三春町が城下町であることを再認識する機会だったと考えていました。

花見のころ、当店にご来店されるお客様の中には、「お城山山頂のぼんぼりを見て、夜は無理なので昼間に花見に行ってきた」という方々にも多数来店いただいています。

「花見とは、複数で花を愛ながらお酒を酌み交わす宴会」というだけではなく、花を愛にその場所に出かけるだけでも「花見」だと思っています。






三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 06:57 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
令和6年 第 13 回魁春旗争奪全国高等学校選抜柔道錬成三春大会 



令和6年 第 13 回 魁春旗争奪全国高等学校選抜 柔道錬成三春大会 



三春昭進堂も広告協賛しています。






ガンバレ地元、田村高校柔道部!



ガンバレ日本柔道!



三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍



| ryuichi | 04:19 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |
”火の用心をお願いします!”三春町消防団三春分団 厳冬期三春城下の2月特別警戒




三春町消防団 三春分団 厳冬期三春城下の2月特別警戒 




例年、三春分団が、酷寒の2月16日から同22日にかけて、「三春分団二月特別火気警戒」と称して、7つの部日替わりで一週間、消防車両と徒歩にて、全町広報を実施しています。


この時期に実施している理由は、下記の資料が示すとおり、戦後三春分団が経験した大火を、防火の戒めとして後世に伝え、三春分団員のみならず町民の防火意識の高揚と共に、二度とこのような惨事を起こさないとの願いを込めて実施しているものであります。

1.県立三春高等女学校及び国民学校火災(現三春小学校)(三春町消防団史より抜粋)
 
出火年月日:昭和二十二年二月二十一日 午後11時ごろ
  当夜は、ほとんど無風状態で、午後10時頃より小雪が降り、約三センチメートル程積もっていた。 
最初に発見したのは三春郵便局員で、大声で急を告げ、付近の二~三人が関係機関に連絡し消火に協力したものであり、又、当夜の宿直は国民学校の教諭と常直小使夫妻がおり、午後六時三十分より巡視し、午後七時三十分頃就寝、何れも火災警報吹鳴によって目覚めたもので、その時は、職員室、二階教室、玄関等に火の手が回っており、重要書類、備品等の搬出の暇もなかったものである。
 
消火活動について見ると、当時校内防火体制は、防火用水(防火用桶?)も不完全なもので、中には満水していないものもあり、消火器が三本と他小学校と共用の「手押しポンプ」、「火たたき」、「とび口」等があつただけで又、同校は約10メートル程の高台にあり、周囲には小さな下水はあつたのであるが、消火に必要な水量はなく、大町通りの下水を堰き止め注水したものであるが、連絡を受けた近郊消防隊、郡山常備消防隊等、沢山のポンプ車が集まつたものの、非常に消火に手間取り、二十二日午前二時頃火勢も衰え延焼の危険は脱しとのであつたが、校内に重要書類を残したまま全焼鎮火したものであつた。



1. 三春中学校火災(三春町消防団史より抜粋)

  出火年月日:昭和四十年二月十六日午後八時三十分頃
 
三春中学校の火災は、十五夜の寒空を焦がす炎と、惨惨たる黒煙をともなって発生した。

十六日午後八時三十分頃、三春中学校校舎東側から出火、木造二階建校舎二棟を焼き、同十時頃鎮火した。

  火が出ると同時に三春町はじめ郡山、冨久山、船引町などから消防車が駆けつけたが、老朽校舎のため火の回りが早く校舎の三分の二を焼失した。


「八時四十分頃であった、ちょうどテレビでは、「お笑い三人組み」をやつていた。すると母が”火事でねえの?”と。・・・・母とぼくは、中学校近くの親類へ。・・・ぼくは、ねむれなかつた。」(当時の中学生の作文より)



      
蒼龍謹白 合掌

| ryuichi | 04:04 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |